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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
33/81

〜33〜霊と礼

「ほら、その先だよ」

白い幽霊の後ろかな。

近づくのが怖かったので、その場で目を凝らす。音叉(おんさ)の残響が耳に(くすぶ)っているのを感じる。

耳の奥に残響が吸い込まれていくような感じがした直後、視界の違和感に気がついた。

「んん?」

また目を(こす)る。

ぼんやり見えたのは黒い煙。

いや、男がそれを(まと)っている。

黒い煙を出している男は、壁に額を打ち続けて、何やらブツブツ呟いていた。

そして見間違いじゃなかったら、腕が折れて変な方に向いており、顔は血みどろだ。

「ひえっ、ぐろ……」

「よしよし」

引いている俺の横で、満足気な声が聞こえた。

巻毛の男を見ると、ばっちり目が合う。

「名前は?」

突然、会話が普通に戻って動揺する。

白い女も黒い男も消えていないが、名前を聞いてきたこの男が警戒していないので、怖いものではないのかも。

たぶん。

きもち悪いけど……。

光屋(みつや) (ひかる)です」

「光ね。オレは”安堂寺(あんどうじ) (れい)”。光はさ、どこまで状況解ってる?」

「どこまでって、たぶん何もわかってません」

そうか、と呟いた安堂寺さんは、少し考えるようにしてから言った。

「ものすごく簡単に説明するとだな。一緒にいた子は取り憑かれたうえに呪われたから隔離した」

「はい?」

「助けるために、結界に閉じ込めたから、今から専門家のところに持っていく」

「結界?」

「そ、これだな」

小箱を指差して言うが、さっきも聞いた。

意味がわからないから、それ。

「専門家って?」

「心配なら一緒に行くか?」

「はい」

「即答だな。じゃ、とりあえず移動しようか」

そう言って、安堂寺さんは白い女と黒い男の横を通る。

俺は少しヒヤっとしながら後について行った。

「おっと」

黒い男が不意に動いた。安堂寺さんは軽く回避したようだったが、そのせいか俺の方に血みどろ男の手が伸びる。

「うわっ!」

前のめりに覆いかぶさってきた男に動揺して手で振り払おうとしたが、振り払えず触ってしまった。

その見た目から想像できる、血のぬるっとした感触に悪寒が走る。

ぎゃー!

キモすぎる!

慌てて手を振って、血みどろ男から距離をとった。

「ん?」

安堂寺さんが気がついて振り返ると同時に、血みどろ男が消えた。

「はぁ〜」

脱力と共に漏れる溜息。

よかったぁ。安堂寺さんが何かしてくれたのだろう。

「お〜。光、やるじゃん」

「え?安堂寺さんが何かしてくれたんじゃないんですか?」

「いやいや、オレは振り返っただけ。眼からレーザー出せるわけでもなし、振り返ったくらいじゃ何もできない。へえ、やっぱ面白い」

そう言いながら、安堂寺さんはタブレットを取り出し、どこかに連絡し始めた。

「あ、冬香(とうか)?近くに若月(わかつき)いる?なんかすっごいルーキー見つけたかも」

ご機嫌な感じで話しながら、坂を降り始める後ろ姿に、躊躇(ためら)いがちについていく。

「ああ、若月。カシェット案件。ちなみにさ、オレの現在地で依頼ない?え、住所?冬香に聞いて」

坂を降りてバス停に向かうのだと思っていたが、安堂寺さんは別方向に歩きだす。

「へえ、観光協会からの依頼だったのか。まあ、波長合せに行くタイプだったから当然か。え?ああ、うん。ルーキーが祓った。いや、カシェットとは別件」

少し歩いただけなのに、いつの間にか街は人で溢れていた。人の気配が全くなかったのが嘘みたいに。

さっきとは別世界のように感じる。

坂も消えて平地で、繁華街のように賑わった街並みだ。

「ここで休憩……と言うよりは、晩飯かな。さっき電話してた若月ってやつの店。ここでスタッフの到着を待つ事になった。食べながら色々教えてくれ。明日の予定とか、連絡先とか」

黒い扉の前で立つ安堂寺さんを見上げ、その上にある看板を見た。

『Analyse』と書いてある。

「アナリーズ……アナリーゼ?楽曲分析の?」

「詳しいな。何か楽器をやるのか?」

合ってたようだ。

「はい、部活動で笛を少々」

龍笛(りゅうてき)とか雅楽(ががく)とか説明が大変そうだったので、ざっくりと答えておいた。

「ふうん、音叉に聞き馴染みありそうだと思ったら、なるほどね」

そう言いながら扉を開ける安堂寺さんに続く。扉は金の装飾に囲まれた黒い大理石だ。オシャレすぎて飲食店には見えないと思いながら店内を見ると、すぐにまた同じような扉がある。

壁は暗めの赤で、絨毯は黒で端の方には黒い大理石。落ち着いた、と言うより重厚感がある印象だ。俺にとっては圧迫感と言ってもいい。

どうやらこの小部屋は受付だけで、飲食店というよりはホテルのロビーのようだ。

「礼さま!」

入ってすぐ、安堂寺さんは黒い服の女性に飛びつかれていた。

よろけて髪が大きく揺れ、巻毛が俺から見える目を隠す。

それでも男前だし、顔半分隠れた横顔までイケメンだ。

「あたしに会いに来てく……」

「いや、若月の指定」

女性の顔を押して、自分から遠ざける安堂寺さん。女性はそれに抵抗するように顔を近づけていく。

「それでもいい」

そう言いながら、安堂寺さんの腕をすり抜けて、首に腕を絡ませている。

「ね、絶対に言わないからキスして。魔法をかけて」

うわ、人前でそんな事言える人、初めて見た。

キスしてと言いながら、奪いに行ってないか、あれ。

すげぇ……

他人事なのに、赤面してしまったが、安堂寺さんは顔色一つ変えずに言う。

「今日はかわいい弟子がいるから、積極的なアプローチはほどほどに」

弟子って俺のこと?

「彼女がいなければ良いって言ったのに」

とびきり甘い猫撫で声。冷静でいられる安堂寺さん、凄いな。

そう思って見ていると、安堂寺さんは溜息を漏らした後、

「ほどほどに」

と、声のトーンを落として言う。

一瞬、空気がピリついた。

「はい」

女性は背筋を伸ばし、すぐに安堂寺さんから離れた。

俺をチラリと見て、店員の顔に戻る。

白いシャツの襟を正し、(うやうや)しくお辞儀すると、さきほどの印象がたちどころに消え去った。

改めて観察すると、女性は白いシャツに黒のベストを着用し、お洒落なタイをしている。腰から長いエプロン(タブリエって言うんだっけ?)をしていて、 高級感を演出していた。

ソムリエとかこんなイメージだが、案内の人だろうか。それとも本当にソムリエ?

ふと見ると胸に金のブローチ。どこかで見たことある文様だ。

ワインとかソムリエとか文字を探したが、特に見当たらない。胸元を長時間まじまじ見る事もできない俺は、気になりながらも視線を外す。

姿勢良く立つ姿は先ほどとは別人のようで、出来る女って感じ。

「それでは、こちらへどうぞ」

纏う空気すら切り替え可能な、その凄さに驚きながら背についていった。

金縁の白扉を開けると、複数の円卓と長卓があった。

うわぁ、高級店だぁ。

ちらほらお客さんもいる。

円卓のどこかに座るのだろうと思ったが、奥に同じような金縁の扉があり、俺達はその扉の向こうに案内された。

「こ、個室……」

高級店の個室なんかに入ったのは初めてだ。俺は渡されたメニューを開けもせず固まっていた。

「まかせる」

もちろん、そう言ったのは安堂寺さんだ。

注文らしき注文もないまま、運ばれてくる見慣れぬ料理。

何料理かも分からなかったが、言われるまま箸をつけて食べ始める。

「……」

お、美味しい!

昼に食べたソフトクリーム以降、何も口にしていない事を思い出して、しばし夢中で食べた。

だけど、ふと思ってしまう。

本当なら先輩と帰って、大阪でご飯を食べていた。

それを思うと、不安と寂しさが押し寄せてきて、そのせいで箸が止まる。

「フレンチは嫌いか?奢りだから遠慮なく食べな。夜は長いぞ」

あぁ、これフレンチなんだ。

箸しか出てなかったから、分からなかった。言われてみればそんな気もするし、安堂寺さんは赤ワインを飲んでいる。

ところで、夜は長いってなんだろう。

じっと目の前のイケメンを見る。

「ん?」

俺の視線に気づいた安堂寺さんは、ワイングラスを置いて質問してきた。

「フレンチっぽくないか?ま、オレも詳しくないから、説明してやれないけど、料理の詳細聞くか?」

無言で首を横に振る。

「ま、ポワレかポシェか分からなくても、美味(うま)ければ良いよな」

今度は首を縦に振った。

「ところで光はさ、藤沢にある瓊樹(けいじゅ)の学生だろ」

え?

突然学校名を言い当てられて顔を上げる。


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