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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
32/81

〜32〜邂逅

結局、俺たちは清水寺(きよみずでら)の散策を、ほとんど手繋ぎ状態で終えた。

日が傾き暗くなり始めた頃、俺たちは清水寺の敷地を出て、周りをゆっくり散策する。

人気(ひとけ)のない坂道をのんびりと下っていた。

平日だからか、前にも後ろにも人がいない。

「あ、あそこのカフェ素敵だね」

先輩の声に指差す方向を見ると、大正時代の雰囲気が漂う古風なカフェがあった。

「少し、休憩していきますか?」

そう聞くと、先輩はう〜んと考える仕草をする。

「とっても興味あるんだけど……やっぱり、本番前だから宿泊先に帰らない?晩御飯は大阪でって思ってたから、少しホテルの周辺調べたてきたんだよね」

「わかりました。じゃあ駅に向かいましょうか」

「うん。確か、坂の下にバス停あったよね」

来た時の風景を思い出しながら、先輩の問いに頷く。

ほとんど閉まっている土産物屋を横目に、坂道をゆっくり歩く。

しばらく歩くと店は減り、住宅地のような場所が出てきた。

「あれ?」

先輩がそう呟いて立ち止まった。

「どうしたんですか?」

「何か、あそこに……」

目を凝らすように前屈みになる先輩。

その目線の先を追って見る。

暗くなり始めた街の中、一際暗い部分があった。

()り始めの墨を吐き出したような薄っぺらい暗闇。そんな印象だ。

ちょっと嫌な感じ。

「ねえ、あれ、人じゃない?(うずくま)ってるの。体調悪いのかな?」

人?

俺には人らしきものは確認できなかった。

そんなに目は悪くないんだけどな。

そう思って隣を見る。

先輩はハッキリ見えている様子だ。

念の為、目を(こす)って暗がりを見つめる。

しかし、俺には暗い夜の(かたまり)が落ちているようにしか見えない。

「あの、大丈夫ですか?救急車呼びましょうか?」

迷いなく暗がりに進む先輩。

俺も後を追うが、まだ何も見えていない。

先輩の錯覚か、俺の角度からは見えない所に蹲っているのか。

足を止めた先輩はそのまま屈むようにして、何もない空間に手をかざした。

「あのー、聞こえてますか?大丈夫ですか?」

「え、先輩。その人どこにいるんですか?」

美里先輩は上体を起こして、驚いたような顔をこちらに向けた。

「光くん、目、悪かったっけ?暗くて見えないのかな」

そう言われて2〜3回瞬きをした。暗い部分がさっきより広がっているように見えた。

「え?」

目を擦ってもう一度みる。

黒い塊のようなものが見える、ような気がした。

「先輩には、何が見えてるんですか?」

「着物の女の人。苦しそうだよね」

着物の女の人?

「もしかしたら着物レンタルした外国の人かな?着慣れなくて苦しくなっちゃったとか」

「外国のかた、なんですか?」

「ウィッグだからそうかなって。言葉も通じていないのかも」

ウイッグ……?目を凝らしたら見えるのか?

先輩と同じように屈もうとしたその時だった。

「そこから離れろ!」

警告めいた声。

反射的に上体を逸らした俺の目の前に降り立つ誰か。

何事かと思って見ていたが、降ってきた人物に胸を押されて尻餅をつく。

「くそっ」

そう言ったのは、降ってきた人物。

暗くてよく見えない。いや、暗闇が先輩を覆い隠してしまった。

目前にある長い足を下から見上げ、巻毛の後頭部を見て呟く。

「だ、誰……?」

呟きはその耳に届かなかったのか、男の手元が徐々に青く眩しくなり、俺は目を開けていられなくなる。

ほんの僅かな間だけ目を閉じて開いたが、その時にはすでに消えていた。

広がっていた光も、暗闇も、先輩も。

あまりの事に、思考が追いつかない。

「先輩……」

自らの口からこぼれた言葉を、耳がキャッチして思考が動き出すまでしばらく時間がかかった。

「せ、先輩!先輩は!?」

暗闇が広がっているように見えた場所には、電柱とコンクリートの地面が、オレンジの街灯に照らされてはっきり見えていた。

地に手をついたまま巻毛の男を見上げる。

昼間の駅で遠目に見た男かもとは思ったが、それを確認する前に先輩だ。

俺はキョロキョロと辺りを見回し、先輩を探した。

どこにもいない。隠れるような場所もない。

何だこれ。

アスファルトに手をついて、先輩を最後に見た高さで見渡してみた。

それでも何も見つけることができずにいると、目の前に手が差し出される。

おずおずとその手を取った。

その瞬間。

「っ!」

ビリっとした電撃が全身を駆け巡る。

「いた!」

俺の言葉に、不思議そうな男の顔。

静電気?

もしかして痛かったのは俺だけ?

「大丈夫か?」

そう言われて手に向けていた顔を男に向ける。

遠目にも思ったが、近くで見ても美形だ。

その美形が目を細めて俺を見ていた。眉間に落ちてきた巻毛を指で跳ね除けると、

「あれ、見えるか」

そう言ってただの暗闇を指差す。

俺は訳もわからず、首を横に振って答えた。

「そうか。おかしいな」

呟くように言った男は、俺に顔を近づけて目を覗き込んでくる。

巻毛が俺の鼻を掠めてドキッとした。

「じゃあ、ちょっと実験だな」

顔を離しながら言った巻毛の男は、胸元からチェーンを引っ張り出す。

見慣れたY字の金属『音叉(おんさ)』だった。

こんな時に演奏でもするのか?

チューニングされても困るんだけど。

「俺、先輩を探さないと」

「ああ、大丈夫。その先輩はここにいるから」

そう言って、いつの間に持っていたのか、小箱を()つく。

青い洋風のエレガントな小箱だった。

「はい?」

首を傾げる俺を無視して、巻毛の男は指で音叉を弾く。

キンと鳴る高い音に続いて、ポーンと響く丸い残響(ざんきょう)

耳馴染みのある、あの音。

この状況にまだ思考が追いついていないし、何をしているのかは分からないままだが、大丈夫だと言われて落ち着いた自分がいる。

だから、だろうか。

音叉の残響に身を委ねるようにして、目を閉じた。

「よし……じゃあ、あそこ見てみな」

男の声に目を開く。

指差す方に目を向けてみた。

「うおっ!」

そこにはぼんやりと白く光る女が、俯いて立っていた。その頭上から白い煙が、ゆらりゆらりと上に伸びている。

なんだこれ?錯覚か?

目を見開いてしばし、これはオカシイと思い、目を擦って再度見た。

「消えない。何だ、あれ……?」

「見えるんだな。あれはまぁ、わかりやすい言葉で言うと、幽霊ってやつだ」

「はぁ?ゆうれい??」

化学の快進撃を知らないのか?

幽霊なんて、子供でも信じているか怪しい世の中だというのに。

「いつから見えるようになった?」

巻毛の男がそう聞いてくる。

「いや、たった今からです」

正直にそう答えると、巻毛の男は俺の背中をドンっと叩いた。

「へえ……いいな!」

親指を立てて、ウィンクまでしてきた。そして再び背中をドンっと叩かれる。  

何がどういいのか分からないが、何となくその人の真似をして親指を立ててみた。

愛想笑いも忘れず。

そして再度、幽霊の方を見てみる。

「やっぱり見える」

「なんだ、まだ信じられないのか」

「どこかに何か仕込んであるんじゃ……」

「心ゆくまで探しな」

そう言われてしまうと探しにくい。この人が何かしている様子もないし、助けてくれたような雰囲気がある。

「あっちの方なんか怪しいんじゃないか」

「え?」

白い女のその先にある暗闇を指して言う男。その指を追ってみるが、暗いばかりで何も見えない。光源があるわけでもなく、機械のようなものもない。


ポーン……


また音叉を鳴らしたようだ。なんかの合図?

「ほら、その先だよ」

白い幽霊の後ろかな。

近づくのが怖かったので、その場で目を凝らす。音叉の残響が耳に(くすぶ)っているのを感じる。

耳の奥に残響が吸い込まれていくような感じがした直後、視界の違和感に気がついた。

「んん?」


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