〜30〜京都デート
俺はフォカッチャを手に取りながら、先輩と降り立った京都駅を思い出す。
***
「着いた!」
電車から飛び降りるようにしてホームに着地した先輩。京都の空気を吸い込みたいのか深呼吸をしている。素直でかわいいな。
ホームから階段を登って移動する。登り切ったところで左右を見回し、先輩に声をかける。
「清水寺に行くにはどっちの出口でしょうか?」
先輩とあれこれ迷いながら改札を出るのも楽しかった。
バス停に進み、またちょっと迷う。
「清水寺行き、何個かありますね」
「う〜ん、経路が違うだけでどれでも着くんだろうね。他に目的もないから、一番早く来たものにしよ」
美里先輩の意見に賛成し、今到着したばかりのバスに乗り込んだ。
「先輩が大阪駅であの人に聞いてくれたから、思ってたよりずっと順調ですね」
「うん。もっと色々迷うかと思ったけど、よかったね」
景色を楽しみながら言う美里先輩。俺はその横顔を眺めていた。
なんて幸せな時間なんだと、この瞬間を噛み締めながら。
***
「いや、全然記憶ありませんけど。本当に同じホームにいたんですか?」
こんな目立つ人が近くにいたら気がつきそうなものだけど。
「見つからないようにしてたし、光は先輩とやらに夢中だったからじゃないのか」
言われてみれば、先輩と行き先掲示板しか記憶がない。
「ま、見知らぬ土地なんてそんなもんだろ」
俺は気恥ずかしく思いながら口を尖らせて言う。
「その見知らぬ土地でもたついていたので、師匠が俺たちを見失うはずないと思うんですけど」
***
「あの、すみませんでした。おかげで助かりました」
「いえ、大丈夫そうで何よりです」
にこりと微笑んだ巻毛の男は、片手を上げてその場を立ち去るための一歩を踏み出した。
京都駅の人混みに、追っていた二人を見失いそうだ。
「あ、あの!」
強めに呼び止められた男は、足を止めて振り返る。
呼び止めた女はモジモジしながら、男の顔色を窺っていた。
チラリと追っている二人に目をやった男。二人はエスカレーターで登っている。
上で改札探して迷うだろうし、行く先はバス停のはずだから多少は大丈夫だろう。
「お礼をしたいんですけど、この後お暇ですか?」
「あぁ、すみません。ちょっと急いでまして」
男にとっては日常的によくある事なので、またかとは思ったが、いつものようにサラリと断る。
「じゃ、じゃあ連絡先だけでも!」
断りたい意図を汲み取ってもらえなかったようだ。
「あ、それは彼女に悪いから、ごめんね」
「え、彼女……そっか、そうですよね。やっぱりいますよね、彼女」
呟くようにそう言った女性は、ボロボロと泣き出した。
「ごめんなさい。ちょっと色々あって、勇気出して声かけてみたんですけど、やっぱり彼女が……そうですよね、ご迷惑かけてしまって……ご、ごめんなさい」
顔を手で覆って泣く女性に、巻毛の男は頭を掻いて小さい声で呟いた。
「急ぐんだけどな……」
エスカレーターに目を向けたが、もちろん見えなくなっている。
小さなため息を漏らした男は、泣きやまぬ女の肩にそっと手を置いた。
「そんなに泣いたら、せっかくの綺麗な目が腫れてしまいますよ」
あやすように撫でながら言う。
「とりあえず、ホームから離れましょうか」
邪魔そうな視線と、興味ありそうな視線を周辺から感じながら、その背をそっと押した。
***
「災難でしたね」
「ま、よくある事だ」
よくあるんだ。
え?やっぱりモテ自慢?
美形も大変だなと思いながらコーンスープを飲む。
その頃はすでに、清水寺行きのバスに乗り込んでいたはずだ。
俺には楽しいデートの記憶に戻る。
***
バスを降りた俺達は、坂道を登りながら清水寺までの道のりを楽しんだ。
着物姿の人がちらほら歩いている。
「やっぱり京都って着物姿で出歩いている人多いんですね。普段から着物なんでしょうか?」
辺りを見回している美里先輩に、そう聞いてみた。
「あの人達は、あれじゃない?」
先輩の指差した先にある看板には、着物レンタルの文字があった。
「着付けもしてくれるんだね。へえ、カップルプランだって。ちょっと安いのかな?」
カップルプランだって。
ほんのり自分の頬が染まっている事を無自覚な俺に、先輩は振り返って言った。
「今度ゆっくり回れる機会があったら、着物で京都見学したいね」
「そ、そうですね」
それって、改めてデートしてくれるって事ですか!?
声に出して問う勇気はないが。
「平日だけの特別サービス!この龍笛を鳴らす事ができたら、抹茶ソフトが1つタダになるよ!」
2人同時に声の主を見た。
笑顔の親爺が笛を手に、こちらを見ていた。
「そこの学生さん、修学旅行かな?やっぱり京都に来たら抹茶ソフト食べなきゃね」
「1つは買わなきゃダメですか?」
美里先輩が体を傾けて可愛く聞いている。
「2人で1つだけなんて、やらしいなあ。龍笛チャレンジは1つ買ってくれた人だけだよ」
「そうですよね」
あははと笑って誤魔化した先輩の、顔が少し赤く見えた。
2人で1つを想像したのだろうか。
……俺も想像してしまった。
「か、買います!」
顔が赤く染まる前に、慌ててそう言った。
「毎度あり!で、どっちがチャレンジする?」
笛を差し出しながら聞く親爺に、俺は迷わず手を伸ばした。
「龍笛チャレンジって、どれくらい成功するんですか?」
1つ分の代金を渡しながら聞く。
「う〜ん、成功率は半分以下かな。フルート経験者なんかは、音出せる人も多いけど、原始的な楽器だから難しいんだよ。まあ、失敗してもいいから、楽器に触ってみたいって人にはウケがいいんだ」
龍笛経験者ですけど、いいのかな。
「兄ちゃん、いけそうだな」
構えでバレたのかも。
「あ、はい」
「一節吹いてくれよ」
はい、と頷いて笛を構える。
使い込んだ笛は、手に馴染みが良かった。
指孔に指の腹が吸い付くような感じがして、少し嬉しくなる。
スッと息を吸い込み、短い独奏を吹いた。
「おぉ〜!小乱声だな。若いのにいい音出すじゃないか!」
いつの間にか足を止めて聞いていた人もおり、観客7人が拍手喝采だった。こんなに喜んでもらえると、こちらも嬉しい。
「いい演奏のお礼に、多めにしておくよ。いい宣伝にもなったしね」
後ろを見ると、拍手をくれた何人かが、買うために並んでいた。
「お詳しいんですね」
高く盛られたソフトクリームを受け取りながら、そう声をかける先輩。
「おう、昔ちょっとかじっててな」
もう少し話したかったが、演奏のおかげで後ろがつかえている。
お礼を言ってその場を立ち去った。
「ここが、清水寺ですか!」
なんか写真で見る景色とは違うような気がする。
朱塗りの潜り抜けできる門のような建物の前に、大勢の人が撮影したり、立ち止まって話したりしていた。
「仁王門ね、きっと」
清水の舞台ってやつとは別……だよな。飛び降りるところないし。
「先輩、詳しいんですね」
「これくらいよ、知っているのは」
「チケットと一緒に、マップもらえるでしょうか?」
「うん、あると思う。なくても順路ってどこかに書いてあるだろうし、きっと大丈夫」
まだ明るいし、と空を指差して笑う先輩。
溶けかけのソフトクリームの残りを、二人で急ぎ食べてチケットブースへ向かった。




