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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
3/71

〜3〜帝からの呼び出し

勅使(ちょくし)?」

それって何?

「帝から使者でございます。いよいよ誤魔化しがつかなくなって参りました。とにかく顔だけでも見せるようにと。ご心配なのでしょう」

「心配って言われてもな……。ところで、物忌(ものいみ)ってのは聞いたけど、具体的にはなんて言ってあるの?」

単に物忌です、で通じるものなのか疑問に思って聞いた。

惟光の説明によると、今回の物忌は俺が物の怪に襲われ、その時受けた穢れから奇病にかかり、治療と穢れを祓うために、精進潔斎(しょうじんけっさい)している事になっているのだそうな。

精進潔斎の意味はわからないが。

「そ、そうか。なかなか壮大な言い訳だな」

物の怪に襲われましたが、言い訳になるのか。

すげえな……。

それが原因の奇病とか、自分の子がそんな目にあったらどうだろう。

「帝って言っても、父親なんだもんな……」

自分の子が得体の知れない奇病とやらで、長期間仕事を休んでいたら、そりゃあ心配もするか。

「だけど、どうしよう。仕事の内容なんて、なんにも分からないぞ。惟光は付いて……」

「いける訳ないでしょう……」

がっくりと肩を落として溜息をついた。

「だよな…………」

「とにかく、病み上がりなんですから、色々と無理なことはおっしゃらないでしょう。内裏(だいり)にも御座所(おましどころ)はあるのですから、そちらでしばしごゆっくりなさってください」

「おましどころ?」

まだ所々分からない言葉があるため、頭の中でうまく変換できなかった。聞き返すと、母が昔住んでいた、現在俺が拠点にしている場所だと教えられた。

惟光が言うには、今いるこの場所も母の実家なのだそうだ。

「荒れ果てたお屋敷でしたのに、宣旨(せんじ)がありスリシキやタクミリョウのおかげで、こんなに立派なお屋敷に改められて」

擦り式?匠の量?

感慨深く言う惟光に、スリシキ、タクミリョウについて聞いた。

スリシキは修理職と書いて、大工のような仕事だった。

タクミリョウが内匠寮だから、内装屋って事かな?

それをつまり、リフォームしてねって帝の名前で依頼してくれたって事?

めちゃくちゃ愛されてんじゃん。

俺が?母が?

どっちにしろ、ありがたい話だ。

しかし問題は明日からの事だ。こんな風に言葉のすり合わせも出来なくなるんじゃ、迂闊に会話もできない。

単語がわからなければ意図を読み取るなんて不可能だ。

「顔見せしたら、なるべく早くこの家に帰ってくるよ」

そう惟光に言ったのだが、それはならないと止められた。

淑景舎(しげいしゃ)にお顔をだされて、しばらくあちらでもお過ごしになられますよう」

シゲイシャ?ってなんだと首を傾げる。

「先ほどの御座所のことで、内裏での若様のお住まいですよ。ここと同じく、お母上存命のころのお住まいです」

説明するのがすっかり当たり前になってしまった惟光。首を傾げただけでも説明してくれる事がある。今のように。

住まいがあるとなると、すぐに惟光のところに帰ってくるわけにもいかないらしい。

「なんだってあちこちに家があるんだ……」

最近よく出るようになった深いため息。

「女房たちのためだったのでしょう?若様からそう伺っておりますよ」

「え?俺から?」

はい、と言って惟光は説明してくれた。

なんでも母が早くに亡くなったため、淑景舎に仕えていた女房達は集団リストラの危機だったらしい。

そこで俺が父帝に頼んで部屋を貰い、従業員をそのまま使っているとのこと。

育ててくれた人達を、助けたかったのかな?

もう、ここまでくると絶対に自分の事じゃない確信があった。

そんなトコまで頭まわんねぇよ、絶対。

あぁ、帰りたい。

「…………………………」

でも、自分の世界がどこか分からない以上、ここでなんとか生きていくしかない。

……腹をくくって参内(しゅっきん)してみるか。

そう思ったが、ダメ元で惟光に聞いてみた。

「そこに、惟光くらいにきちんと教えてくれる人いない?」

いませんよ、そう言われるのを覚悟していた俺は、お任せくださいと言われて驚いた。

「若様は物の怪に取り憑かれ、こちらの屋敷でご祈祷され、ようやく快癒(かいゆ)されました。しかしながら、後遺症のようなものがおありで、記憶が曖昧であると、淑景舎の女房に陰陽師(おんみょうじ)経由でお文を渡してあります」

な、なんと!

なんて素晴らしい出来る男なんだ!

「うわ、若様!」

気がついたら、惟光に抱きついていた。

「ありがとう、惟光、ありがとう!」

不安がなくなったわけではなかったが、体調が悪いとかなんとか言って、そこに篭ってしまえばなんとかなるかも。

「ちなみに若様。淑景舎は麗景殿(れいけいでん)側の奥ですからね。くれぐれも弘徽殿(こきでん)へ行かないように」

まて、すぐに発見できない場所なのか。そんなところ、辿り着く自信ない。

不安げな表情に気がついたのか、惟光は困ったように眉尻を下げて言った。

「後で図を書いてお渡しします。後宮は広いですから」

え?

「後宮?俺の住まいは後宮?」

そうですと惟光は頷く。

ええ!

それって……。

「若様、お顔がゆるみきっています。その表情はここに置いて行ってくださいね」

呆れたように言う惟光の声に、伸びていた鼻の下を隠す。

でもゆるんだ顔が戻るわけもなく、明日が少し楽しみになってきた事を自覚した。

気分も上がってきたし、なんとかなるだろう!

「全力で顔色を伺う、空気を読む、それでダメなら物の怪とやらのせいにしてやる」

「そうです、その意気です」

惟光のファインプレーと応援、多少の開き直りと後宮への期待感のおかげか、その日はゆっくり眠る事ができた。




***




「はなちるさとを探しなさい」

「はな?な、に……?」

顔は分からないのに、口元はくっきりと見える。

「はなちるさとよ。きっと貴方の助けを待っているわ。彼女と合流して力を合わせて一緒に戻ってきなさい」

唇しか見えていないのではなく、俺が唇を夢中で見ていることに気がついた。

視界を引くと、黒い襟の合間に見える鎖骨。艶やかな黒髪に白い肌。だから、より鮮明に唇が赤くなまめかしい。

「頑張ってねー。失敗したら死ぬからねー」

その声でふと横をみると、巻毛のイケメンが俺に手を振っていた。

死ぬってなんだ?

焦りを感じるが、手を振るイケメンはどんどん遠くなる。


「ほー♪ほけきょ♪」


……


…………


……………………


「上手くなってやがる」

そう呟いた自分の声で目が覚める。

「今の夢、なんだっけ……誰、だ……?ええっと……」

考え始めたところで、惟光から声がかかる。起きている事を伝えると、身支度のため数人が塗籠と呼ばれる寝室に入ってきた。布の外で待機している気配を感じ、俺は布を捲り狛犬を左右に見て、今日は驚かなかったと安堵しつつ外へ踏み出す。

「っつ!」

また静電気。

ただでさえ不安なのに変な刺激で驚かせないでほしいよ、まったく。

俺は小さい溜め息を落として、着替えのために控えている従者の前に移動した。

全裸は落ち着かないので、最近では寝巻きのようなものを羽織って寝ている。

「……」

それすらも勝手に脱がされ、肌が外気に触れる。羞恥はまだあるが、早く慣れないとな。

「……」

それよりも今日は出勤だ。

帝かぁ、緊張するなぁ。

「……」

知ってる人、いないだろうし、不安だなぁ。

「……」

う〜ん。

「……」

やっぱ、やだな……。

「惟光」

「はい、若様」

「緊張してきた」

「はい、大丈夫です」

「やっぱり今日は……」

「はい、もうご用意できています」

なにが!?

惟光を見ると、ニコニコ笑っていた。だが、有無を言わせぬこの感じは、ちょっと怖い。

「不安」

泣き言が口をついて出る。

それでも惟光はただ笑っている。

「何か良い誤魔化し方ない?」

笑っていた惟光は思案顔になり、ややして口を開いた。

「それでは若様、扇を開いて顔をお隠しになり、適当に溜息をついていればなんとかなりますよ」

いや、それ感じ悪いだろ。

「お(かみ)の前ではできませんが、世話を焼いてくれる者や、雑談に来た者なら大丈夫です」

ホントかなあ?

「困ったらお試しくださいね」

「……わかった」

なされるがまま身を任せていると、いつの間にか身支度は終わっていた。

「それでは牛車(ぎっしゃ)を待たせてありますので」

惟光はそう言って先導する。

外に出ると牛が待機している。

「ぎっしゃって……牛?そうか、牛車ってそうか」

図柄で見た事あるが、車を思い出すばかりで、牛の印象がない。

でも名前からして牛が車を弾くのは当然だろう。

馬車も見た事がない自分が牛車に乗るのか。不思議な感じだ。

「不安だ、色々と」

しかし、今朝の夢……と言っても、すでにほとんど忘れてしまったけど、唯一覚えている事がある。

誰かを探す。

名前も顔も覚えていないけど、そのためにここにいる。

そんな気がしていた。

不安は無くならないけれど、目的のようなものが出来たのだし、頑張って行ってみよう。

気を引き締めた俺は、緊張した表情のまま牛車に乗り込んだ。

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