〜29〜イケメンの目力
合流した俺達は、またメトロの駅に戻ってきた。
着替えようか相談したが、京都には修学旅行生も多いだろうし、学生服の方が色々教えてもらえそうだと言った先輩の意見に同意した。
「何かで調べてから行きます?それとも、観光ガイドみたいなやつ、買います?」
「ガイドを買っちゃうと、あれもこれも行きたくなるから、行き方だけ調べない?現地で良さそうなお店探すの、好きなんだ」
そう言って路線図を見る先輩。俺は手に取りかけたモノをそっとポケットに戻し、先輩と同じように路線図を見た。
「心斎橋からメトロで梅田ってとこですね。梅田からは……地上線みたいです。京都へ行ってるのは2種類あるみたいですよ。うん?駅名に清水がついてるって事はここが一番近いのかな……。あ、でも、梅田からじゃなくて、1駅先からしかいけないのか。う〜ん、わかるかな」
自信ない声色を先輩は感じ取ったようで、俺を覗き込むようにして言う。
「楽しいね。昔の人はこうやって現地で調べてたんだよね。迷って、失敗して、苦労した事って、ずっと思い出に残るんだって、お母さんが言ってたの」
ふわりと笑った先輩が眩しすぎて、俺はちょっと目を細めてしまった。俺と過ごす時間を思い出にしたいと言われているようで、照れ臭くもあり、ニヤついた顔を微笑くらいに留めるのに苦労する。
「とりあえず、梅田ってとこに行ってみる?」
お店の人にでも聞けば教えてくれるだろうしと、先輩。
俺達は3駅ほどメトロで移動して梅田に出る。
改札を出て、人の流れに乗って行動していたら、いつの間にか地上に出ていた。
行先標に出た2つの線を見て、どちらが分かりやすいのだろうと思案していると、先輩が少し離れた所にある、円柱に佇んでいる高身長の男に声をかけていた。
「すみません〜、ちょっと教えてください」
タブレットに目を落としていた男が、顔を上げて先輩を見る。
巻毛が揺れて眉間にかかり、同性の俺でも見惚れるような顔立ちだった。
その端正な顔が、先輩を通り過ぎて俺を見ている。
射抜くような視線に耐えきれず、思わず目を逸らしてしまった。
え、なんだろう。
心臓が大きく脈打つ。
先輩が何事か質問しているが、声は聞こえるものの、会話までは分からない。先輩の元へ行きたいのに、一歩も動く事ができなかった。
なんだか分からない動悸に、胸を抑えて耐えていると先輩が戻ってくる。
「梅田ってここらへんの地名なんだね。どっちの線でも京都まで行ったら、清水寺とか東山の方はバスが確実だって。歩いても行けるけど、土地勘ないならバスがわかりやすいだろうって教えてもらったよ」
先輩がそう説明してくれているうちに、動悸はすっかり落ち着いた。
「土地勘ないってすぐ分かったんですね、こんなに軽装なのに。制服が関西っぽくないとか?」
そう言いながら、先輩が声をかけていた男を見ようとした。
しかしその人はすでにいない。
「光くん、中学の修学旅行で清水寺行った?」
「いや、俺は沖縄でした」
「じゃあ、行ったことないよね。清水寺目指すのでいい?」
「もちろんです」
そう答えると、先輩は嬉しそうに微笑んだ。
「周辺もお店、色々あって面白いんだって」
先を歩きながら、時々振り返ってはそう言う先輩が可愛い。
一緒に路線図を見て、切符を買って(持ってるICでも行けると後で知った)、一緒の電車に乗り込む。
ああ、幸せ。
幸せを噛み締める。
そんな感じに浮き足立っていた俺は、こちらを観察している目があることに気が付かなかった。
***
「今にして思えば、梅田で先輩が道聞いてたのって、師匠でしたね」
コーヒーのカップを下ろした師匠は、ゆっくり頷いて答える。
「あそこから予定キャンセルして京都まで着いていったからな」
「え!そうだったんですか?」
師匠は頷き、足を組み直すと口を開く。俺はクロワッサンを頬張りながらそれを聞いた。
***
「…………ああ、若月?ちょっと気になる子がいてさ……キャンセルし……。……ん、いや、ただの直感」
巻毛の男はタブレット越しに会話しながら、先行く学生を見ていた。
自分の直感に従い、駅での待ち合わせを放棄して、2人を追いかけようとしている。
「は?女もいるけど気になるのは男の方。……冬香に変なこと吹き込むなよ」
最後に釘を刺すように言って、有無を言わせぬ素早さで通話を終了させた男は、顔を2人の学生に向ける。目を細めて男子学生の方を見ると、薄く赤い煙が見えた。
本人が恨まれて纏う怨嗟とは、何かが違う。
そしてどこかで見たような既視感。その原因が気になって、隣の車両に乗り込んだ。
(瓊樹の学生か?)
学生服に見覚えがある。女子学生の方は、冬香が昔着ていた制服と同じだ。
同じ学生服の男子生徒を視認しながら、京都までの電車に揺られていた。
部活か修学旅行で来ているのだろうと当たりをつけ、観察を続けていると、メッシュのように見える薄赤い煙は、男子生徒の周りを浮遊している。
体に定着する事が出来ないのか、細くなったり、太くなったりしながら、近づいては離れるを繰り返し漂う。
(やはり怨嗟ではないな。外見通りの性格とは限らないが、あの男が誰かに恨みを買っている感じじゃない)
電車に揺られながら観察を続ける。隠れるようにして立ちたいが、人より背が高いため時々顔を背ける必要があった。
隣の車両を観察する弊害がもう一つ。隣に立って吊革を持っている女性が、時々こちらを見上げてくる。彼女を見ているわけではないが、頻繁に横を向くので誤解を招きかねない。
ちらりと確認するように見上げてくる女性に、愛想を振りまいて観察に戻る。
(呪いか?いや、それにしては薄い。それにしてもなんだ、あの色は)
目を凝らして見ようとした瞬間、電車が少し跳ねて体制を崩す。
吊革を持つ手に力を入れて耐えたが、隣の女性が耐えきれなかったのか、ワザとなのか、もたれ掛かってくる。
「大丈夫ですか」
「は、はい!」
頬を赤らめた女性をそっと押して元に戻し、にこりと微笑んで隣の車両を見ると、あちらも体制を立て直しているところだった。
(黒いのはよく見るんだが赤とは……網目状も珍しいし。もしかするとマーキングか?)
京都府に入ったあたりから、男子学生の纏う赤い煙が濃くなったように見える。
(本体付きの呪いっぽいな。近づいてるから濃くなったのか……放置しておいても大丈夫か?ヘタすると取り憑かれるんじゃ……)
赤いメッシュは頭に集中して纏い、寄っては離れてを繰り返している。
しばらく観察していると、次は首元に纏わり付き、また寄って離れてを繰り返している。
まるで取り憑く場所を探しているようだ。
(上から弱いところを探しているような動きだな。へえ、色が濃くなっているのに、寄せ付けていない。ふうん…………素質あるな、あいつ。全然能力あるように見えないのに、不思議だ)
面白い、そう思った時だった。隣の女が寄りかかってきた。
なんだ?
「あ、すみません。気持ち悪くて……」
(ちっ、こんな時に)
心境とは裏腹に、にこりと笑う。
大丈夫ですかと囁き、その肩をそっと支えるようにして、元の場所に押し戻した。
***
「それってモテ自慢ですか」
「どうしてそうなる」
思い出しているのか、嫌そうな顔で言う師匠。
「いや、だって……」
「光が世にも珍しい呪いを連れていたって話なんだが……」
ええ!
俺が?
「呪いに纏わりつかれていたんだ。上から順に入る隙間を探しているみたいにな。しかも特殊な色と形状をした変わり種。気になるだろう?」
嬉しくない。それが自分に纏わりついていたなんて。
その時点で気がついていたら、追い払ったり逃げたりできたのかな?
俺はフォカッチャを手に取りながら、先輩と降り立った京都駅を思い出す。




