〜28〜雅楽部の遠征
藤沢から横浜経由で新横浜まで、荷物を持っての乗り換えが少し面倒で、なんだかんだで50分もかかった。
そのせいだろうか、2時間の新幹線の旅、新横浜から新大阪まではすぐに感じる。
「ここが大阪かぁ。こんな感じなんだね」
美里先輩は新幹線のホームで、大きく伸びをしながら独り言のように言う。
「いや、まだ新幹線のホームじゃん。品川とか新横と変わんねえって」
「大阪に来たからって、調子乗って突っ込んでんじゃねえよ」
空田部長と岳斗先輩が、コンビ芸のように交互に言う。
二人は特に感動した様子もない。それに合わせたように葵も無表情だった。
引率の得満先生もまた、慣れた様子で行き先を指示している。
「乗り換えるぞ」
俺と美里先輩は移動中もきょろきょろして、たこ焼きの店だとかお土産物店を見ながら移動する。
「お〜い、お前ら〜、はぐれるなよ〜」
はぐれかけていたのは、俺と美里先輩だけだった。
「左だ、左。地下鉄の方行くぞ」
得満は主に、俺へ向けてそう説明する。宿泊先まではメトロで一本だそうだ。
「みなさん、大阪初めてじゃないんですね?美里先輩は、初めてみたいですけど」
俺の疑問に部長が答える。
「オレら難波にバイト先の支店があるからな。何度か来てるよ。オーナーこっちだし」
「そう言えば、琥太郎達のバイトってショップ店員だっけ?何売ってるお店なの?」
美里先輩が部長にそう聞いた。
「ん〜、ちょっと特殊な道具屋かな」
「簡単に言うとオカルトショップだ」
岳斗先輩が補足したところで改札に到着した。
メトロの改札を入って、エスカレーターで上がる。ホームに向かうと、そこは地上だった。
「地下鉄なのに地上に出た」
俺が驚いて顧問にそう言うと、横浜だってそうだろ、と言われてしまった。
「あ、言われてみれば」
「地上に出る地下鉄は東京にもあるだろう。場所が変わるとなんでも新鮮に映るっての、あるよな」
うんうんと頷いた空田部長。顧問が続いて言う。
「先に言っておくが、心斎橋で降りるぞ。人の多い駅だからはぐれるなよ」
主に俺と美里先輩に注意が飛ぶ。
「で、そのオカルトショップどこにあるの?」
電車に乗り込んですぐ、美里先輩は部長に続きを聞いていた。
意外な事に、葵も興味ありそうに聞き耳を立てている。
「どこって、どっちのだよ」
ああ、と美里先輩は顎に人差し指を当てて首を傾げた。
「どこで働いてるのかなって」
かわいいなぁ、今日も。
「あぁ、八重洲南口から10分くらい歩いた雑居ビルの中」
岳斗先輩がそれに答えた。
「藤沢から東京までバイト行ってるの?」
俺も同じことを思ったので、同意して頷いておいた。部長も岳斗先輩もアルディ寮生だから、学校の敷地内に住んでいる。うちの学校は駅からも遠いから、バスで駅まで行ってバイトに行くのはちょっと大変そうだな。
しかもアルディは敷地の奥の方にある。
「寮って選べないんですか?」
せめてもう1つのクレール寮なら、バス停も近いし少しは通いやすいだろうにと思って質問した。
「選べないな。学校からの指定で入寮して、どうしても合わないとか、何かトラブルがあれば変えてくれるみたいだけど、俺はやだな。クレールってなんか不気味じゃん」
岳斗先輩の言葉に首を捻る。近くを通ったことくらいはあるが、不気味だった記憶はない。
「不気味、でしたっけ?」
それには1年の葵が答えた。
「なんか分かります。入口にお札貼ってるの見ました。裏庭には神社があって、鳥居の先に狛犬まで設置されているけど、小さすぎて何のために置いてあるか分からないって、寮の子が言ってました」
ふうん、初めて聞いたな。
「それより、大阪の支店はどこにあるんですか?」
葵が岳斗先輩に訊ねる。
「難波駅から7分くらいのとこ、だっけ?」
岳斗先輩は確認するように部長を見た。
「ああ、そんなもんだろ」
部長がそう答えたので、葵が今度は部長に顔を向けて聞いた。
「行ってみてもいいですか?」
「え、お前、興味あんの?」
そう言ったのは岳斗先輩。葵は岳斗先輩に顔を向けた。
「はい。こっちが難しいなら、東京のほうでもいいですけど」
そう言われて、岳斗先輩と部長は顔を見合わせた。
しばらくして、部長が顧問に確認する。
「いいですか?」
なんで得満に確認するんだ?
そう疑問に思っていると、美里先輩と目があった。
美里先輩も不思議に思ったらしく、何事か目配せをしてくる。
「チェックインだけしたら、今日は自由時間だ。大阪観光にでも、京都観光にでも好きに行っていいぞ」
あ、スケジュールの確認だったのか。
そう言えば明日の本番のこと以外、何も聞いていなかったな。
なあんだ、と思っていたら、美里先輩の目配せがまだ続いている事に気がついた。
直接確かめたかったが、先輩の側に行けるほど、電車は空いてもいなければ、俺には度胸もない。
どうしたもんかと思案している間に、目的の駅に着いてしまった。
ごった返す駅を抜けても、まだまだ人が多くて移動も一苦労だった。
そのどさくさに紛れて先輩へ近づこうとしたが、タイミングが合わず宿泊先についてしまった。
チェックインのため、フロントに向かった得満と部長を待っている間、ロビーで岳斗先輩と葵はオカルトショップに行く話を進めていた。
お?
こ、これは!
別行動とるなら、俺は美里先輩と出かけるチャンスがあるのでは?
誘うチャンスと度胸が俺にあるのなら、だけど。
チラリと離れた場所にいる先輩を見る。チェックイン手続き中を見守っていて、こちらを向いてくれない。岳斗先輩と葵の間を割ってそちらに行く勇気がない俺は、仕方なく2人の会話をぼんやり聞いていた。
「”すえつむはな”って事は赤が基調なんですか?」
「赤紫だな。暗めで落ち着いた感じ」
美里先輩の事で気が逸れていたため、スエツムハナがなんの事か分からない。
「で、大阪のほうは”わかむらさき”って支店名で、青紫が基調だな。両方ひらがな表記なんだ」
「すえつむはなが東京店で、わかむらさきが難波店ですね」
バイト先の名前と内装の話だったか。真剣に確認する葵を見ながら、意外だと思う。
オカルトとか興味なさそうなのに、人の趣味って分からないものだな。
「二店舗しかないんですか?」
「実店舗はな。基本ネット販売だしな」
「……オカルトショップに置いてるような物も、ネットで買うんですね」
ものすごく嫌そうな顔をしている葵に、岳斗先輩は分かる分かると頷いている。
「やっぱさ、口コミ見て買うっぽいよ」
「えぇ……」
めちゃくちゃ嫌そうな葵。
そこへ顧問と部長が部屋の鍵を持って戻ってきた。
「俺と光屋が4階、空田と都久川は5階、花散見と藤原は6階だな。俺はこの後、明日の会場で打ち合わせがあるから、ホテルにはいないが夜には戻る。明日の集合時間までは自由時間だ。多少は目を瞑るが、演奏会が中止になるような羽目の外し方はするなよ」
得満の説明後、全員でエレベーターに乗り込んだ。
6階で顧問と一緒に降り、それぞれの部屋に向かう。
部屋に入って荷解きをし、楽器のチェックや演奏会で使う小物をチェックした。
しばらくすると顧問の部屋の方から扉の開閉音が聞こえ、足音が俺の部屋の前を通り過ぎていく。
葵達はもうオカルトショップに出発したのだろうか。
美里先輩を誘えなかったし、俺も着いていけばよかったかな。
ま、とりあえずこの周辺でもぶらつくか。いい感じの店見つけたら先輩に教えてあげよう。
そう思って部屋を出ようとした俺は、扉の前に美里先輩がいて固まってしまった。
「よかった!光くん、まだ部屋にいて」
「先輩。どうしたんですか?」
「あ、あのね。もしよかったら……」
頬をうっすら染めて言う先輩に、俺は要件も聞いていないのに返答していた。
「もちろんいいですよ!」
「え……」
「あ……」
気まずいと思ったが、美里先輩は安堵の息を吐いて笑った。
ほわんと白い花が咲いたような笑顔。美里先輩を見る時には、自動的にフィルターがかかっているのかも、俺の目は。
「あのね、京都に行ってみたくて。みんなも興味あるかなと思ってたんだけど、なんかオカルトショップの話してたし、言い出せなくて。光くん、話に参加してなかったから、オカルトショップには興味ないのかなって……」
「京都いいですね!」
詳しくないけど、そんなに遠くないと聞いた事がある。
「京都のどこに行ってみたいんですか?」
「祇園とか、東山のほうを散策してみたいの。私もあまり詳しくないんだけど、一人じゃ心許ないし……」
「いいですね、行きましょう!先輩、もう出かける用意終わってます?」
「あ、ま、まだなの。光くんも出かけてしまう前にと思って。葵ちゃんはすぐに出かけたみたいだし、みんな早いかもと思って慌ててきたの」
これって頼られてる?
う、嬉しい。
ニヤケそうになる顔をなんとか取り繕い、美里先輩と10分後にロビーで待ち合わせる事にした。




