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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
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〜2〜プリンス オブ ヘイアン

次に目が覚めた時、同じ男が食べ物を運んできてくれた。

寝所で食べるのは嫌だったし、布の外で待っているので慌てて外へでようと布を捲る。

ふと狛犬が目に入って驚き、布で頬を叩く様な形になった。

男は板間に直接置かれた畳の上に、正方形のペラッペラの座布団を置いて指差す。

そこに座れという事だろうか。

戸惑いながらも、座布団の上にそっと座ると、男は小さなテーブルに乗った食べ物を俺の前に置き、自分は板の上に直接座る。

「足、痛くないか?畳に乗ればいいのに」

そう言ってみたが、もちろん通じない。そこで、ゼスチャーで足を指差し、次に畳を指差す。ここに座ればと声にも出して言ってみたが、男はニコニコしているだけで動かない。

どうにも会話が成立せず、俺はとりあえず出された物に手をつけた。

箸を手に取り、米を口に運ぶ。

「……固い」

次におかずの様なものを口に運ぶ。

「味がない」

空腹をさほど感じていなかったため、そのまま食べる気力を無くして箸を置いた。

お湯が注がれている器を手に取り、それを啜ってにこやかな男を見る。

すると、男は何やら語り始めた。

何を言っているのかわからないが、そのまま耳を傾ける事にする。

「…………」

じっくり言葉を聞いていると、なんとなく意味がわかってきた。

日本語にかなり近い。

ゆーっくり話す、かなり訛った日本語。

イントネーションもリズムも激しく違ったが、時代が遡ればそうなのかもしれない。

平安っぽいし。

ざっと千年前だと思えば、同じ日本でも言葉が通じない可能性はあるよな。

外来語レベルで、時々同じような言葉もあるし、あとは単語を覚えて会話できるようになるしかない。

そう覚悟を決めた俺は、若い男に向き合い事情を説明しようとした。

まずは名前を聞き出す。

若い男は『コレミツ』と言った。

コレミツは俺を「若様」と呼ぶ。

コレミツから名前を聞いた直後、俺も「光」だと名乗ったが、知っていると笑われた。

う〜ん、なぜ知っている。

「コレミツ」

「はい」

「俺の先生になってくれ!」

「?」

通じてないなぁ……

先行きが不安すぎて深く深く溜息をついた。






二週間もすると意思の疎通は、なんとなくできるようになってきた。

惟光(これみつ)(つたな)い言葉で記憶が曖昧であることを伝えたところ、丁寧な教育が始まった。

この世界の常識や、今まで俺がやってきた事なんかも惟光が教えてくれる。

そして惟光の教えてくれた知識は、引くほど現実離れしていた。

まず俺は帝の子供だと言われた。

まじ?プリンスじゃん。全然ピンとこないけど。

まだ庶民だと言われた方がしっくりくる。

まあそのプリンスだが、今は王位継承権みたいなものはなく、臣下のひとりとして(みなもと)の姓を与えられたんだって。

源で光なんて俺、光源氏みたいだな。

ふふん。

ただし、言葉の全てがわかるわけじゃないから、なんとなくのニュアンスで理解している部分も大いにある。盛大に勘違いしている可能性も……否定できない。

親身なって色々教えてくれる惟光は、乳母(めのと)の息子らしい。

「めのと」ってなんだと聞いたら、説明を聞くに「うば」の事だそうだ。育ての親というほどじゃないけど、母の代わりに世話してくれる人なんだって。母親がすぐそこにいても、金持ちってそうらしい。

惟光とはそんな感じで小さい頃から一緒に育ったのだとか。

幼馴染のような兄弟のような存在。同じお乳を飲んで育ったので、まんま乳兄弟(ちきょうだい)というらしいのだが。

ただし乳母は一人ではないらしい。何人いるか知らないが、俺の幼少期は大勢の人に支えられていたんだな。

さすがプリンス。


…………本当にピンとこない。


次に読み書き。

崩さない文字と崩しながら続けて書く文字。

俺は何故か文字を書く事は得意のようだった。頭では理解していていないのに、体に染み付いた記憶なのか、筆が指に馴染む。

文字は漢字が主流のようだが、それは男だからなんだそうな。知ってる漢字と少し違うようだが、こうなったら徐々に覚えていくしかない。

女性は「ひらがな」みたいな文字を主として書くらしい。

まあ、確かに「ひらがな」は柔らかい印象あるもんな。女性が好んで使っているのかも。

後は文字と言葉が一致すれば、なんとかなりそう……な、気もする。自信はないけど。

ただ、面と向かって会話するより、解読に時間をとれるだけ文章のほうが安心する。

歌を詠まれると困るんだが。まあ、これは惟光に助けてもらうとしよう。

マジで頼りになる、惟光、最高!

口で言うより、かなり多めに感謝している。

で、俺のことなんだが、すでに仕事も持っているらしい。

働いた経験なんてないような気もするが、記憶がないので強く否定できなかった。

仕事に行くことを出仕(しゅっし)と言うらしいが、会話が人並みにできるまでは危険ということで、惟光が物忌(ものいみ)という理由で誤魔化してくれた。

仕事どころか、マナーすらも覚えていない。本当に覚えていないのか、知らないのかすら分からない不安な状態。

だってさ、生活習慣からダメ出し食らったなんて、信じられる?




最初に戸惑ったのは食事。

朝食は11時くらいからだった。くらいというのは太陽の高さからなんとなく、感覚でそう思っているだけだったから。

時計みたいなものは探してみたが、見当たらない。

時刻をどう管理しているのかと思っていたが、時々聞こえる鐘の音を合図にしているようだった。

そして夕食がわりとすぐ来る。

たぶん夕方の4時とか5時とかその辺りから食べ始める。

食べ方も順番があって、ご飯、汁物、おかずの順にちょっとずつ順に食べていく。調味料を自分の碗にいれ、調節しながら食べないと旨くない。

というか、すべてが味気ない。まさに言葉通り、味の気配がない。超絶薄味だ。

ご飯は炊かずに蒸しているからちょっと硬いし、汁物は味噌汁じゃない。味噌みたいな物はあるけど、どちらかというと酒のツマミっぽい。

よく言えばお吸い物だが、現代人の舌ではお湯に近い。

そう、俺はこの一週間で自分は現代人なのだと結論づけていた。

現代が何かは分からないが、現代と呼べる場所が存在し、自分はそこの住人である。

たぶん……

何かを理解しようとした時に、自分の既知(きち)のものと比較するその癖や考え方、行動パターンを考察すると、過去のものとして理解することで納得している自分に気がついたからだ。

時間を知ろうとした時に、この事に気がついた。

正確に時を刻むモノが存在し、1日は24時間に分かれている。そのモノは持ち運べるくらいの小さいモノもあって、誰でも気軽に手に入れることができた。

これは俺の中でとても重要な事だった、と思う。時間がなぜ重要なのかは思い出せないが、そこが現代人だからかもしれない。そこまで考えてふと口をついた言葉。

「ビー……ピーエム……」

なんだそりゃ。

ま、そんなわけで生活の中で感じる違和感のうち、いくつかはこの時代では不可能だろうと思えるモノだ。

それ以上のことは分からなかったが、身に染みついた常識はこの時代のものじゃない。

なぜここにいるのか、どうやって来たのか、どうやったら帰れるのか。

そんな諸々は、最初の3日間で深く考えることをやめた。

生きていく方が先決だったし、閉じ籠っていては何も進まないと思ったからだ。だが、外に出るためには、最低限の常識を身につける必要がある。

「味にも馴染まないとな」

そう呟いたところで、ふと記憶の一端が見えた。


『甘味やカフェインはきっと貴重になるから、じっくり味わいな』


マグカップと誰かの声が記憶を掠める。

すらりと長い指にウェーブのかかった髪……気後れしそうなほど美形の男が、マグカップを手にこちらを見ている。

誰だこの男?知っているような気もしたが、すぐに記憶の波間に姿を消した。

カフェインって、なんだっけ?

テンション上がる響きだな。

食事中だという事も忘れて、しばし記憶を辿る。

その人はコーヒーをブラックで飲んでいた。俺は砂糖もミルクも入れた。たぶん……。


『……呪ってあげる』


あ、もう一人!

これ、夢で見たような……唇が魅力的な女性。なんか、猫もいたような。

思い出そうとすると、波がその景色を消してしまうように、モヤのようなものが頭を覆う。

いや、ここで意識を逸らしてしまうと、また忘れてしまう。

どっちが思い出しやすい?

記憶をチラつく巻毛。それを邪魔するように猫を抱いた艶やかな唇が出てくる。

思い出したいのは女性だけど、ここはあえて逆をやってみようかな。

……よし、男からだ。

「巻毛で……猫に嫌われてて……うっとうしいくらい男前で…………し、しー、白、シランス、シブースト、し、し、獅子舞、しし、し…… 師匠?」

「若様!」

「うお!びっくりした」

いつの間にか惟光が目の前にいた。

声をかけられたことで思い出しかけの記憶は遠のき、何を考えていたのかすら忘れてしまった。

心配そうな表情の惟光が、手紙のようなものを差し出す。

勅使(ちょくし)にございます」

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