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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
19/77

〜19〜平安*夏のお着物

柱の側で横向き加減で碁を打っている人が、先輩だろうか。

濃い色の着物を着ている、髪の長い人。碁を打つ手がほっそりとしていて、弱々しい印象を持った。

先輩って、髪、長かったっけ?

ガリガリだっけ?

ピンとこない。全然ピンとこない。

思い出そうと頭を捻ったせいで、その奥の人に目がいった。

「ん!?」

見えてる。顔もすっかり見えているが、知らない顔だ。

だが、しかし、俺の目がその人から外れない。

袴は普通だからいいとして……

白いメッシュのような着物に、薄い藍色のシースルーを羽織っただけの女性。

乳が、乳房(ちぶさ)が見えている。あれ、着ている意味あるのかってくらい、体の線が見えている。

透けてますが、色々と。

メッシュにシースルーなんて隠しようがない上に、俺から丸見えのその人は、ダメ押しのように前を大きくはだけている。

胸の辺りがガバッと開いていたら、そりゃもう、目が釘付けである。

万歳!

いや、喜んでいる場合か!

あぁ、でもふっくらしてて、抱きしめたら気持ちよさそうな……

可愛らしい顔をしているし、もしかして、こっちの方が先輩かも!

そうだったらいいな。

違うような気もするけど。

「先輩か否か」

囲碁とか得意だっけ?

記憶にない。

ちょっと大雑把な感じに見えるけど、先輩はどうだったかな?

覚えてない。

あんなキャーキャー言う感じの人だったかな?

「なんて、たわわな」

メモリー捜索に没頭したいのに、目がそれを邪魔してどうしようもない。

もういっそ、あの人が先輩でいいんじゃないかな。


パチン


碁を打つ音で我に返る。

いかんいかん。どっちの人もきちんと確認しなくては。

乳から泣く泣く目を離し、向かい合っている人の、見えそうで見えない横顔を目を凝らして観察する。

向かい合っている乳……あ、西の姫とやらにも、扇を開いて顔を隠している。

用心深いのか?

いや、慎み深いってことか。

あ、もしかして、俺がここにいるのバレてるとか?

チラリと見えた印象では、かなり年上の様に感じる。1つや2つ年上って感じじゃないな。

勝ちや負けやとはしゃいでいる乳房(おっぱい)女性(ひと)と、落ち着いた様子の彼女。

時々声は聞こえてくるものの、どちらの声もピンとこない。遠いからなのか、乳房(おっぱい)に気を削がれているからなのか不明だが、この場にいても判断できない。

う〜ん、いかん。

視界から乳を追い出すべく、俺は神経を総動員して目を引き剥がした。

またすぐに見たくなるだろうから、少し離れる必要があると思い、渡り廊下のほうへ移動する。

「ふう」

思考から乳とシースルーを追い出した俺は、大きく息を吐き出した。

覗き見では目的の人物かどうか分からない。

でも、なぜか怨霊ではなく、助けなければいけない人という認識だった。

先輩だからなのか、もっと別の理由があるのかは不明だが。

「こちらにおられたのですね」

ふと気がつくと、小さな顔が下から俺を見上げている。心配そうな小君の顔は、あの晩に見た顔と同じだった。

え、と言うことは。

「今日もダメ?」

「い、いえ!」

慌てた様子の小君。

「いつもはいないはずの人が来ているので、きっとそのうち帰ります。帰ったら、きっとなんとかしてみせます」

真剣に言うので、俺は頷いて小さな頭を撫でた。

無理させるのは少々心苦しいが、今日を逃すと後がない。気のせいでないなら、なんとしてもここから出してあげないと。






渡り廊下の入り口に座り込んだ俺は、ぼんやり空を見上げたまま小君を待っていた。

聞き耳を立てていると、いつの間にか碁の音は止んでおり、しばらくすると衣擦れの音が聞こえてくる。自分の部屋に戻っていくのだろうか、数人が移動しているような音だ。

それに合わせた様に小君が戻ってきた。

小君は俺に何事か言いかけたが、女房の声で慌てて口を閉ざす。

「小君はどちらにおられます」

そう聞こえてきたが、返事を待たずして同じ声が言う。

「おられませんね。まあ、開けっぱなしで。仕方がない、こちらで閉めてしまいましょう」

そう呟いて、小君が開け放した格子が閉められた。視界は完全にシャットアウト。これでは先輩かどうか確認しようがない。なにより、胸も一緒にシャットアウトで残念すぎる。

「西の姫というのは……紀伊守(きのかみ)の妹にあたるのか」

「え?あ、はい。そうです」

何故そんな事を聞くのかと小君の顔が言っている様だったが、それを無視して訪ねる。

「顔を確認することは……」

人を探しているから、色々な顔を見ておく必要があると、小君に思わせたかった。

「ええ!無理でございます。格子に沿う様に几帳も立ててありますのは、見えない様にとの配慮でございます。それを垣間見るなんて……」

「わ、わかった、わかった。すまない」

てっきり、小君が格子越しに見える様にしてくれたのだと思っていたが、この慌て様では違ったようだ。こっそり見ていたなんて言えない……。

こそこそと会話をしていると、聞こえていた衣擦れの音も消え、静けさが場を包む。

「……静かになりましたね。それでは中の様子を見て参ります」

そっと俺から離れる小君は、両開きの扉をノックして中に声をかけている。

「もうみんな寝ているの?」

小さな手が扉を開けた。女童が扉を開けてくれたようだ。扉近くにいるようで、小さな声がなんとか聞こえる。

「今夜はこの障子の前で寝ようかな。風が通るといいな」

おお、うまい言い訳だな。そう思いながら聞き耳を立てて、小君の様子を伺っていると、しばらくして小君の声。

「くーくー」

ん?もしや寝たふり?

くーくーって言ってしまっているのだが、さすがにそれはわざとらしくないかな。

笑いを噛み殺しながらじっと待つことしばし。

ごそごそ動く音だけが聞こえ、灯りがゆらりと揺れている。漏れている灯りが陰ったので、障子を動かしているのかもしれない。

そう思って灯りを見ていると、小君がひょこっと顔を出した。手招きしているので静かに近寄る。

中を覗き見ると、そこかしこに女が寝ている。全員、寝入っているのかは不明だが、小君は気にせず手招きしている。

ここ、入って行って大丈夫かな。

騒がれたりしない?

寝息なども聞こえないほど、シンとしている。

俺は何か蹴り倒さないように気をつけながら、小君の先導でそっと部屋に足を踏み入れた。

自分の着物が擦れる音ですら大きく聞こえる様な静寂の中、この先に先輩かもしれない人がいると教えられて足を進める。

すると、大きくはないが女の会話が漏れ聞こえてくる。

ここに泊まってしまおうとそんな事を言っている。この声は、さっきの乳房(おっぱい)の人だ。

すると話し相手は先輩かもしれない人だろう。

しかしどうしよう。

2人いるのなら、話しかけようがない。

几帳の影でしばし固まっていると、物音がなくなった。

寝たのだろうかと思い、布をそっと押し避けて様子を伺う。

御帳台(みちょうだい)の下に2人程寝ているのが見えた。側仕えの女房だろうか。そちらに気づかれぬ様、そっと布の波を抜け出して御帳台に近づく。

するりと御帳台の中に滑り込むと同時に、逆側の布が揺れた様な気がしてそちらに目を向ける。

しかし何も見つけることはできず、風かもしれないと自分に言い聞かせて、寝ている人に近づいた。暗すぎるために、寝ている人も闇が積み上がったように見えていたので、声を落として言う。

「先輩」

小さく声をかけて、その肩に手を置いた。

前回、抱えた時の感じよりも少しがっちりしている様に思ったが、肩だけだし気のせいかもと思い、その体を揺さぶった。

「先輩、先輩ですよね」

ぐっすり寝ているのか、まったくこちらの問いかけに反応しない。うつ伏せで寝ている人をどうしようかと思い始めた頃、う〜んと唸った女が寝返りを打つ。

「え?だ、誰?」

驚いた様子の女の声。この声は、あの人ではない。乳の方だ!

人違いですと言いたかったが、あまりの事に声が出ない。焦って何か言わねばと思っていると、女の方から声がする。

「これは、なんと良い香りなのでしょう」

うっとりした様な声色に聞こえた。暗闇にうっすら見えている、白い肌が俺の両頬に伸ばされる。

頬を撫でる様に手が通り過ぎ、首に腕が巻き付けられる。

「光君、方違(かたたがえ)と称してこちらに度々来られていたのは知っています。まさか、私のためだったなんて」

え?

なんの事?

戸惑う俺、嬉しそうな女性の声。その表情は薄暗くてよく見えない。

なんか、こんな展開、前にもなかった?

「こうやって、こっそり逢瀬を楽しむ行為は、愛情が増すとご存じですか」

首に絡められた腕が、俺の顔を女の顔に近づけた。

キスの距離!

ど、どうしよう。

焦っていると、唇が頬をかすめて耳に囁きが聞こえる。

「あなたには身分の高い妻がおられます。妾にしかなれないのなら、私の親もお認めにはならないでしょう」

耳の下に唇が押し当てられる。

嬉しい様な、いけない様な心の鬩ぎ合い。

「あ、あの」

突然、背後から小君の声。艶やかな雰囲気が一気に崩れ落ちる。

小さな子にこんな場面を見せてはいけないと思い、絡んだ腕を振り解いた。

「ごめんなさい。姉上はあちらから……」

小君がそう言った時だった。

腹の下がずっしりと重くなり、後ろに引かれる様な感覚に襲われる。

まずい、先輩らしき人はこの場にいない。

どうしようかと思った瞬間、女が再度腕を絡めてくる。胸元に柔らかい感触。

巻き込んでしまう。とっさにそう思ったが、振り解くことができない。

俺の体はすでに動かせる状態ではなかったからだ。どうしようと焦っていると、どんと腰回りに何かがぶつかってくる。

首も回せず、目だけを動かして確認すると、視界の端に小君の髪が見えていた。腰にしがみついているようだ。

それと同時にぐいっと力がかかって、重みと共に引っ張られる。

明るい光に向かって引かれている。余りにも強い引く力に気を失いそうになりながらも、なんとか抗って意識を保とうと腹に力を入れた。

明るくなりつつある周辺に、はっきり見えてきた己の状況。

胸にはほとんど裸の女。腰には必死にしがみついている小君。

そして徐々に鮮明になっていく記憶。

先輩にこの光景を見られたら、なんて言われるかな……





***




ぷっ、と吐き出される様にして床に転げ落ちる。

「光!」

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