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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
17/77

〜17〜かわいい伝達係

惟光との打ち合わせから数日が過ぎた。

俺は内裏(だいり)の自室がある淑景舎(しげいしゃ)でにやにやしていた。

麗景殿(れいけいでん)の様子は落ち着いたもので、何があったのか分からないままだったが、内裏(だいり)生活(ライフ)には影響ないのでよしとしている。弘徽殿(こきでん)へは徹底的に避けて通ることにしているので、そこも問題なしだ。

「それでは、行って参ります」

小さくトコトコ歩く小君(こぎみ)を見ていると、どうしてもにやけてしまう。

惟光(これみつ)のアドバイス通り、小君を連れて貞観殿(じょうかんでん)に行ったのが2日前。

小さい子は大人気で、連れて行った俺まで誉められた。そして山のように布地を見せられ、それだけでくたくたになったので、採寸は後日と言って帰ってきたのだった。

俺も一緒に行くつもりだったが、ちょうど惟光から文が届き、それを見た小君は気を遣ったのか1人で行ってくると言う。そう遠くはないし、恐ろしい弘徽殿も通らないので許可し、先ほどの見送りとなったのだ。

「さて、なんだろう、惟光の要件は」

2つに 折られた紙を開くと漢字が4つならんでいる。

【今宵方塞】

合図きた!

指折り数えて待っていたのだが、それがついに今夜なのだ。

小君は可愛らしく俺の前でちょろちょろしては目を癒してくれるが、文の使いは1度も成功していない。幼すぎるのではないかと思うのだが、相手が強情だからだと言うのは惟光の意見。

まあ、細かい文のやりとりは、惟光が小君を通してずっと続けているので、きっとそうなんだろう。俺にできる事など、この世界では皆無に等しい。

「よし。夜に向けて考えておかないと」

考える。

それくらいしか出来ない。

「先輩じゃない場合」

そう声に出してみる。

人違いの場合、外に出たいか確認する。囚われた人なのか、怨霊なのか、あるいは構築された世界の一部なのか、俺には判断できない。だから直接本人に聞くしかないのだ。

「先輩だが記憶がない場合」

これは問答無用で脱出だな。

俺はここ数日で、次に外に出れる日(元の世界といえばいいんだろうか?)が近いことを、感覚的に悟っていた。前回はまったく分からなかったが、今にして思えばこの感覚だと思うものがあった。車酔いに隠れて分からなかったが、恐怖を伴わない後ろに引っ張られているようなこの感覚。

なんの根拠もないが、近々やってくると感じていた。

正確にいつと分からないのが難点だが。

早いうちに、なんとしても、あの人の顔を確認しないといけない。

「よし!」

俺は少しの不安と、大きな決意を胸に夜を迎えた。






夕刻、牛車で移動しながら、迎えにきてくれた惟光と打ち合わせる。

「若様がお越しになる事は昨日の内に、お目当ての方に伝えてあります。小君には別口から昼のうちに伝えていますので、頑張ってくれるでしょう」

俺は頷いて答えた。

「惟光がいてくれるなら、なんとかなりそうだな」

「え?」

惟光はそう言って、首を横に振った。

「若様、残念ですが本日は……」

「な、何か用事でも?」

「実は母が病に臥せっておりまして。実家の方に様子を見に戻らねばならないのです」

惟光の母と言うと、赤ん坊の俺を育ててくれた人だ。

「病気なのか」

「ええ、もうすっかり病み衰えてしまって。神仏に縋ろうと、ついに出家してしまった次第でして。かなり気落ちしておりますので、少々心配なのです」

「それは、大いに心配だな。そんな大変な時にありがとう」

俺は惟光の手をとって、深く感謝の意を込めて握った。

「俺のことは気にせず、ゆっくり看病してきていいから」

「ありがたいお言葉です。あ、これは本日のお文です」

仕事きっちり!

「それと、これは奥の手です。(ふところ)にでも忍ばせておいてください」

「奥の手?」

「どうしようもない時は、この文をお使いください」

もう、本当に優秀だ。

「ありがとう。母君の事で必要なものがあったら、なんでも言ってくれ」

「はい」

その返事を聞いた直後、今夜にでも元の世界へ戻ってしまいそうな事を思い出した。外へ出たらこちらには戻ってこれるのだろうか。今から会う人が先輩だった場合、戻ってくる必要もない訳で……

「惟光、もし、俺がいなくなったら……」

ぎょっとした顔がこちらを見ていた。

「なんて事を言うのですか」

その顔があまりにも悲痛で、慌てて言い訳を考える。

「い、いや。例えの話だよ。そうだ、今度、俺も見舞いに行こう!」

「本当ですか!母も喜びます」

本当に嬉しそうに言うので、口から勝手に出たアイデアとしてはよかったのかも。会った記憶はないけれど、俺の乳母なんだから、それくらいはしないとね。

ここに残留している事が前提なのだが、そこは深く考えないでおこう。








惟光と別れ、1人紀伊守(きのかみ)と対峙する。

どうやら惟光は、小君や先輩かもしれないあの人(伊予介の奥方)には俺が来る事を伝えていても、紀伊守には何も伝えていなかった様だ。

「やっぱり、困ってる?」

「い、いえ、そんな!」

そんな困った顔で否定されてもな。ま、でも、先輩かどうか確かめるまでは、気のせいだと思っておこう。知らぬふりを決め込んで、紀伊守に頼んで小君を呼んでもらった。

紀伊守を含んだ他の者には下がってもらって、惟光に書いてもらった手紙を小君に渡す。

「これを姉君に届けてほしい」

優しくそう言うと小君はこっくり頷き、小さい手で手紙を受け取り、トテトテと足音を残して几帳の向こうに消えていった。

「本当にかわいいな。癒される〜」

小さな声でそう呟いていた。

そんな癒しの対象を、先輩を探すためとはいえ、文の伝達係にしているのだから心苦しい。

しかも相手は人妻。俺の中では、相当ヤバめな非常識。

この世界では普通なのだろうか。それとも俺がプリンスだから許されているのか?

てか、常識ってなんだ?

この世界での常識って、どこにある?

自分が生きてきた中で、圧倒的多数であることが常識?

ではこの世界の圧倒的多数をどうやって知ればいいんだ。

惟光頼み?

他に思いつかない。

「…………俺って……」

心の中だけでガックリと項垂れた。

しかしそれを表には出さず、涼やかな表情を忘れない。

本当は腕組みして、眉を思いっきり顰めて、う〜って唸ってやりたいところなんだが、離れているとはいえ、従者があちらで寝ていて、誰かがこちらを見ていないとも限らない。

こりゃ、ポーカーフェイスが上手くなりそうだな。

「ふう……」

あ、息を吐き出すのは、色っぽく見えるらしいので惟光判定で大丈夫です。

そう自分に言い訳してから、扇をパチリと畳んで辺りを見回す。

戻って、来ないな。何かあったのかな……心配だな。

もしここにも怨霊みたいなモノが潜んでいたら、小君は大丈夫だろうか。

いやいや、ここは彼のテリトリーのようなものだから、さすがにそれはないか。

でも……。

探しに行こうかな、そう思った時だった。

「ぐすん」

鼻をすする音に振り返ると、小君が戻ってきた。

「どうした」

おいでと手招きして、泣いている小君を足の上に座らせる。

号泣しているわけではないが、申し訳なさそうに、静かに泣いていた。

頭を撫でながら、何があったのか聞く。

「何も……」

ないと言いながらも、ぽつりぽつりと口をひらく小君。

聞けば、いつも寝ているところに行くと、姉はいなくて探し回ったとか。

探し回ってようやく、奥の方の部屋で見つけたが、手紙を渡そうとすると怒って説教されたようだ。

あ〜、それは……ごめんな。

ぎゅっと抱きしめて謝ると、小君は泣くのをやめて驚いた顔をした。次いで、照れたように顔を傾けて微笑む。

仕方がない。この子にこれ以上負担かけさせたくないから、今日のところは諦めるとしよう。

俺は小君を抱きしめたまま、頭を撫で続けた。

それにしてもどうしよう。

先輩かどうか確認しなきゃいけない。今は夫である伊予介が出張中だから良いものの、戻ってきたらどんな危険があるのか分からない。夫なんだから、迫られたら拒否しずらいだろうし。

先輩が他の男に襲われるなんて、洒落にならない。

「はぁ」

どうしよう。

首元をもぞもぞとくすぐる小君の髪を感じ、どうしたのだろうかと見下ろす。

心配そうな顔がこちらを覗いていた。

「大丈夫ですか」

「大丈夫だよ」

そう微笑んで見せると、小君が俺の胸元に手を置く。紙の音に気が付いたのだろう。

「あ、そういえば」

俺は胸元からその紙を引っ張り出した。

『どうしようもない時は、この文をお使いください』

そう言って惟光に渡された文を入れていたのだ。すっかり忘れていた。

「せめて、こちらを姉上に届けて参ります」

少し迷ったが、惟光が用意してくれたものだ。俺はそれを開いて、書かれている歌を読んだ。


【帚木の心を知らで園原の 道にあやなく惑ひぬるかな】


「……それでは、お願いしようかな」

小君がこの場を去るのを待って、俺は扇を広げた。誰も見ていないが、扇で顔を隠して思いっきり眉を寄せた。

「惟光、今日は失敗するって知ってたな」

そうとしか思えない内容ではなかったか。もっと深読みすれば、違う内容が隠れているのか?

さっきの歌の内容だと、その心を知らずに、迷い込んで言葉もないって意味だよな。

箒木については、今度惟光に詳しく聞いてみるとして、会えなくて拗ねてる歌みたいじゃないか。

なんだか恨み言を送ったようで少し恥ずかしい。

それともこれも何かの作戦?

頭を少しだけ捻って悶々と考えていると、小君が戻ってきた。その手には、俺が送ったものではない別の文が握られていた。

「返事?」

珍しく返事が来た。

小君はお使いが成功したというのに、申し訳なさそうにしている。

「ありがとう」

ふっと笑って受け取ると、小君はポッと頬を染めて下を向いた。

照れてるのか、モジモジしていて可愛い。

俺はその頭を撫でてから、受け取った文を開いた。


【数ならぬ伏屋に生ふる名の憂さに あるにもあらず消ゆる帚木】


「……」

謙遜しているように見せかけているけど、これってつまりはオメーの前には姿を現さねーぜって事だよな。

ちょっとムカつく。

「隠れているところに、連れて行って」

ムカムカしたままそう口に出すと、小君は焦って首を横に振った。

「女房もたくさんいて、ぎゅうぎゅうに詰まっている場所です。とてもご案内できるようなところではありません」

このビビリよう。よほど怒られたんだろうな。

手紙の主はムカつくが、小君をこれ以上困らせるのもなぁ。

「ふう」

仕方がないので、直衣の襟元を緩めて息を吐き出す。小君を手招いて、楽な姿勢で横になった。

「せめて、お前だけでも見捨てないでくれ」

「はい」

ふわふわの髪が首に触れてくすぐったい。こんな小さい子に頼んだ俺がいけないんだな。

自分にそう言い聞かせて目を閉じる。

小君は俺の胸元をぎゅっと掴んで、頬を寄せている。

「本当に、ごめんなさい」

そう謝ってくる小君を撫でながら、首を横に振って優しく聞こえるように言った。

「大丈夫だよ」

「恥ずかしさのあまり、死んでしまわないでくださいね」

「ぉ……」

やっぱり恥ずかしい事なんだな。

ん〜、わざわざ言わなくても良いんだぞ、そういう事は。

「なかなか思い通りにならないものだ。会って話せるよう、次は頼むね」

今日はもう寝てしまおうと、その頭を撫でながら再び目を閉じた。

惟光も予想していた通りになったのだから、今日は無理だろう。すっかり諦めると、すぐに眠りに落ちた。

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