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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
16/77

〜16〜すばらしき従者

5日ほどして、紀伊守(きのかみ)小君(こぎみ)を連れてやってきた。

改めて話す小君は、ガサツなところがまるでなく、本当に良いところの坊ちゃんって感じだ。

記憶の片隅にある師匠のように、形容し(がた)いほど美しい訳ではないけど、目を引く優美さと可愛さを併せ持っている。

俺、もしかすると小さい子が好きかも。なんか父性本能みたいなものが発動する感じ。

助けてあげたいし、守ってあげたいって、変かな?

緊張からか、小君はずっと肩に力が入っている。惟光の算段により、この子には文の伝達係になってもらわないといけない。頻繁にやりとりするのだから、ここで緊張は解いておきたいな。

そう思って、俺は小君を手招きした。

お菓子とか、好きかな?

そう思って、自分の近くにある菓子を差し出すと、彼は目を輝かせて俺を見ている。

恥ずかしそうにしている様子も、なんだか抱きしめたくなるほど可愛い。

ペットを可愛がる気持ちに近いかも。

わしゃわしゃしたくなるし、なでなでしたくなる。

女の子が可愛いを連発するのって、こんな心境なのかな?

小君の可愛さに夢中になっていると、いつの間にか紀伊守の姿は消えていた。

見送ってきたのだろうか、惟光が奥の方からこちらへ歩いてくる。

「こちらの若様は、あなたの姉君と恋仲でいらしたのですよ」

茶を飲んでいたら吹き出していただろう事を、平然と言ってのけた惟光。しかし小君はぽかんとして惟光を見ていた。

「ですので若様のお手紙を、こっそり姉君へ渡していただきたいのです」

「はい、わかりました」

そんなあっさり!

分かったの?

本当に?

どこまで分かっているのか微妙な顔つきの小君は、手紙を渡す事だけはしっかり理解しているようだ。そして手紙は惟光が代筆してくれており、内容を確認できぬまま小君へと渡された。







その次の日、来ると思っていた小君は姿を現さなかった。

惟光もオカシイと言いつつ、理由を図りかねている様子。まあ、小さい子だし、荷の重いお使いだったのかも。





その翌日、惟光が小君を連れてきたのは夕方頃だった。

「よく来たね。お菓子はいるかな?」

笑顔を作って側へ呼び寄せる。文の使いの事など忘れ、ただこの子が目の前にいることが嬉しかった。緊張しているのか小君の目は潤んでいて、頬はほんのり赤くなっている。ぷるぷる震えている様子が小動物のようでなんとも愛らしい。

「昨日は一日待っていたんだよ」

そう言うと小君は頬を一層赤く染めた。菓子を差し出すと、ごまかす様に口に含める。

やぁ〜、やっぱり可愛い。

お菓子、口にあったかな?あのお菓子はどうかな、気にいるかな。あれこれ考えて小君が菓子を食う様子を微笑ましく見ていたが、惟光の咳払いではっとなって目的を思い出した。

「いづら」

どうだったと聞く時によく使う言葉。食べている小君に向かってそう聞くと、困った顔をこちらに向けて、運んだ手紙の事をあれこれ言い訳し始めた。どうやら上手くいかなかったらしい。

黙って聞いていた惟光が「不甲斐無い」と溜息混じりに言うと、小君はしゅんと項垂れた。

俺は慌ててその背を撫でた。大丈夫だと言いながら、ゆっくり撫でていると、惟光があれこれ言い始める。

「うちの若様は、ずっと昔から恋仲でした。あなたの姉君は、まだ若すぎると若様を頼りなく思ったのでしょう。気がついた時には伊予のご老体と一緒になっておいででした。だからって返事も寄越さないとなると、少々侮りすぎではございませんか」

惟光の言葉に、小君は蒼白の面持ちで俺を見てくる。

脅しすぎだと惟光を見る。素知らぬ顔の惟光を見て、俺は小君に慌てて笑いかける。

「気にしなくていいからね」

その言葉に惟光の声。

伊予介(いよのすけ)は老い先短いですし、こちらの若様を父と思っておいた方がいいのでは?」

く、口が悪いよ、惟光。びっくりしてんじゃん。

まあ、でも……あながち間違っていない。惟光からはそのうち隠居するのではないかと聞いているし、それなりに年齢を重ねていそうだ。それがあんな若い妻を持って、さぞかし嬉しい事だろう。顔見てないけど。

俺だって彼の立場なら、姫のように祭り上げるかもしれない。俺が伊予介に共感力を発揮していると、惟光はいつの間に用意したのか、新しい文を小君にすっと差し出す。

「こちらは必ずお届けください」

強めの口調に小君は肩を竦める。大丈夫だと言い聞かせる様に、俺はその背をずっと摩っていた。






「頼りないですね……」

小君が退出してから、惟光がぽつりと漏らす。

「惟光、少し脅かし過ぎなのでは?」

「怖がったぶん、若様に懐くでしょう?」

はっとして惟光を見る。

本当に、なんてできたやつなんだ。

「惟……」

「あ。あの子連れて殿上なさいますよね。いつからにしますか?」

惜しみない賛辞を送ろうとした時だった。惟光がそう言った事で俺の動きが止まる。

「突然連れて行って大丈夫かな……」

素直な不安を口にしてみた。

「そりゃあ、まあ、いきなり帝にお目通りって訳にはいかないでしょうが、色々内裏を案内してあげてはどうです?」

案内は俺がしてほしいくらいだ。色々バレちゃまずいと思って、探検などしていない。

御匣殿(みくしげどの)などで衣装を作らせると良いですよ」

「みくしげどの?」

首を傾げそうになったが、惟光が書いてくれた内裏案内図を懐から出して眺める。しかしそれらしき記載はない。

「どこ?」

紙を指差して惟光を見る。

「北に貞観殿(じょうがんでん)があります」

そう言って惟光が指差したのは、最北部にある貞観殿と書かれた場所だった。

これでそう読むのか?

「この貞観殿の中に、裁縫などを行なっている御匣殿があります。気の良い女房が揃っておるようですし、若様が小さい子を連れていくと、懐かしがって作ってくれますよ」

俺が小さかった頃を思い出すってことか。

勝手に使っていいのかとも思ったが、惟光がそう言うって事は、いいんだよな?

改めて地図を見ると、俺のいる淑景舎から続く宣耀殿を抜ければすぐ貞観殿はある。弘徽殿にはかすりもしていないし、大丈夫そう。

「不安そうなお顔ですね。もし場所を覚えておられないなら、あちらの女房に案内させれば大丈夫です」

「わ、分かった」

なんでもお見通しだな。素晴らしくできた従者だぜ。

「あれ、若様。場所が不安なだけじゃないって顔してますよ」

なぜ分かった。惟光恐ろしいやつ。

弘徽殿(こきでん)麗景殿(れいけいでん)にちょっと気になる事があってさ」

惟光の顔がさっと青くなる。

「まさか若様、弘徽殿に迷い込んだのですか」

「あ〜、まあね。でも1回だけ」

「何があったのですか?」

尋ねられるまま、呪いのような言葉が着いてきた時の事を話した。

「怖いですね。予測と致しましては女御様だと思いますが、1度帝にお尋ねになるのがよろしいでしょう。それで、麗景殿でも嫌な思いをされたのですか?」

「いや、こっちはなにか騒がしかったが、悪意とかじゃない。悲鳴みたいなのも聞こえていたから、何があったのか気になっただけだ」

惟光はその言葉に少し考え、はやり帝に聞いた方が良いと言った。

「またしばらくは内裏に逗留になりますから、今のうちに打ち合わせしておきましょう」

俺は大きく頷いて惟光を見た。縋るような目だった事は秘密でお願いします。

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