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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
11/77

〜11〜妻の実家で大人気

夕方、左大臣家に着いた俺は、初めて認識する(しゅうと)のもてなしを受けていた。

舅のもてなしと言っても、麦茶みたいな飲み物と煎餅みたいなお菓子を勧められつつ、ひたっすら話を聞いているだけなんだけどね。

内裏(だいり)で見たことある顔だっただけに、今更その人が舅と知って一瞬焦ったが、当の本人は特に何も異変を感じ取っていないのか、今のところおかしな事は何も言われていない。

思わずバレないように安堵の息をついた。

溜息増えたなぁ、平安(ここ)に来てから。

また一つ、ほうっと小さい息が漏れてしまった。すると世話を焼いてくれる女房達から、感嘆の息が漏れ、小さく囁き合う声が聞こえる。

「はぁ、今日も本当にお美しいのね」

「少し暑いのではないかしら」

「あら、お世話なら私が」

「いいえ、私が」

こんな感じの内容だった。主に世話を焼いてくれるのは2人いて、【中納言の君】と【中務(なかつかさ)】というらしい。

先程のやりとりで中務が勝ったのか、スッと近寄って俺の襟を引っ張る。フワッと風が生まれて、汗ばんだ肌を少しだけ冷やした。

中務は離れ際にアイコンタクトを送ってきたが、その意図を全く理解できない俺は何も返せない。仕方なく目を伏せてその場をやり過ごした。

次に飲み物を交換するために中納言の君が近寄ってきた。器を俺の横に置いた中納言の君は、床に投げ出していた手に自分の手を重ねると、するっと近寄って首元に息を吹きかける。

飛び上がりそうになるのをグッと堪え、ついでにニヤケそうな頬をかろうじて動かさず、何食わぬ顔をして器を手に取った。

その後も中納言の君と中務は、競うように世話を焼いてくる。構われるごとに少しずつ服が乱れていく。まあ、暑いからいいんだが、なんだろう?やたら親しげというか、馴れ馴れしいというか……

この2人も怨霊だったらどうしようかと、少しだけ考える。今は中務のターンのようで、はだけて顕になった鎖骨に触れようとしている。

怨霊だろうかと確かめるように、その目をじっと見つめていると、ふわりと頬を染めてはにかむ表情。

うん、可愛いから怨霊ではないな!

それにしても女性にチヤホヤされるなど、さっぱり経験のない事だ。

皇子だと知っているから、必要以上に魅力的に見えているのだろうか。いや、もしかすると外見もいつもの自分ではなく、色気のようなものを纏った存在に見えているのかもしれないな。

特に欲している事ではないが、悪い気はしない。

そして欲していないのに、あるのがもう1つ。

布の仕切りである几帳(きちょう)ごしとはいえ、すぐ側にずっといる舅だ。舅の気配がなければ、悪戯され放題なんだけど。

あ、いやいや。ここへきた目的はまだ見ぬ妻なのだが……

う〜ん、どのタイミングで会えばいいんだ?

ここって確か、頭中将の実家だよな。

妻に会えないなら、せめて中将出してくれないかな。

もしくはこの2人と一緒に……

いや、それはいかん。

まだ見ぬ妻が先輩だったら目も当てられない状態になりそうだし。

それにしてもこの舅さんの言葉、中将より聞き取り難くて、話が半分も入ってこない。

けっして、可愛いお姉様2人に悪戯されているからではない。

妻に会いに行けと言われたのに、左大臣の舅とずっと話しているなんて、これぞ政略結婚って感じだな。会話が成立しているかは疑問だが。

ふうっと何度目か分からないため息が口から漏れる。几帳越しとはいえ、ずっと話を聞いているのは疲れるのだ。俺のその態度は、近隣に控えている女房達の笑いを誘ったみたい。

くすくす笑う声が聞こえるんじゃないかとヒヤヒヤするが、慌てるところを見せてはいけない。時々静かにするように(たしな)めつつ、ゆったりと見せかけている。それがよかったのか、女達はひそひそとその態度を褒めては艶やかな溜息を漏らす。

そして褒めながら、交互に触りにくる。鎖骨などはすでに全開で、胸元が大きくはだけていた。ふいに中納言の君が俺の着ているものを直すふりをして、鎖骨あたりに顔を近づけてきた。鎖骨と胸の間くらいに、一瞬だけ柔らかいものが触れて離れる。

あ、もう中将いらないや。そう思ったのがいけなかったのか、

「おや、本日はこちらにおわしますのか」

と、舅の後方から知ったような声が聞こえてきた。

頭中将だ。中将が来たからなのか、舅は立ち上がってどこかへ行ってしまった。それと同時に女達の動きも止まる。

「さては、昨日の恨み言を聞き入れてくださったのですね」

恨み言の覚えはないが、納得しているようなのでそのままにしておこう。

残念な気持ちを心の奥に押し込んで襟を正した。

そろそろ誘惑にも負けてしまいそうだったし、妻のことも聞かねばならないし、よかったのだろう。

そう、自分に言い聞かせる。

「物忌でなかなかこちらに来れないでいたら、拗ねてしまったようです」

頭中将にそう言って苦笑してみせた。見えていないだろうけど。

実はここへ来てから、御簾と几帳の奥に妻がいると聞かされていた。

しかし人の気配を全く感じない。これは逃げられたのか、もしくは噂通り仲が良くないのか。

色気を実践で身につけるチャンスだと思って来たから、下心が漏れすぎて引かれたのかも?

いずれにせよ、妻を見ることはできないようだ。

「なに、照れているだけですよ」

頭中将はそう言うが、本人がいないのでは確認しようがない。このまま昨日の話の続きでもと思ったのだが、その直後、惟光からの伝言を受け取った。

そこには方角がよくないので、左大臣邸には泊まれないと記されている。

なんのこっちゃとは思ったのだが、惟光の事。俺の知らない常識を書いて寄越したのだろう。

惟光が用意してくれた断りの台詞を、中将に告げる。

セクシーなお姉様方の悪戯に泣く泣く別れを告げた俺は、惟光の指示通り牛車に揺られるべく屋敷を出た。

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