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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
10/77

〜10〜雨夜に品定め?

『怨霊は(はら)うのよ』

冬香(とうか)さんの声。

だから、祓うってどうやるんですかー!

『チューニングと一緒だよ』

冬香さんではない、誰かの声。

男の声だ。

『まず、見るためにチューニングする。見えたら後は感覚でなんとかしてみな』

なんか思い出したけど、情報が少なすぎる。

感覚でなんとかできるものなのか?

もう見えているから、その次を知りたいんだけど。

頭を捻って考えていると、掴んでいるモノが激しくうねり始めた。


ヒィイ!きもいきもいきもい!


鳥肌!

鳥肌がヤバい!


『光はさ、腹だろ?』

これヒント!?

はら?腹……腹、腹!

集中しろ、よく分からないけど、腹に集中!

ビチビチ動き回る黒いモノを離さないよう、手に力を入れ直した。

頭のてっぺんから指先まで、波打つように鳥肌が立っているのが分かったが、それを振り切るように腹に意識を向ける。

「腹……」

すうっと息を吸い込んで、倍の時間かけて吐き出す。

全ての息を吐き出したら、今度はゆっくりと息を吸い込んだ。

その瞬間、何かが頭を過る。

長身の男が左手で右手を覆うように立っており、そこから立ち上る青い煙。

その煙は右手から発生しているようだった。

これはきっと、さっき思い出した声の男の人だ。このイメージを再現しろって事かな。

緊張が高まり、腹に温かいモノが集まっていくような、そんな感覚が生まれる。

力が収束していくとは、こんな感じなのだろうか。

腹の辺りで力を練っているような気もする。

きっと、これで正解なのだろう。

練り上げられた力は、それを解放したくてウズウズしている。

黒いモノの動きが、ますます激しくなった。

逃げようとしているのが分かったが、自然と逃さないための力が手に宿る。

腕力で抑えているのではない。

これだ、という感覚があった。腹に集まった力を手に流し、放出せずに留める。

ぐっと手に力を込めてみる。

じゅっと溶けるような感触が伝わってきたので、手元を見るとキモいのが少し溶けていた。

抵抗する力を感じたが、そのまま千切るつもりで力を込める。

「くっ……!」

激しい抵抗を感じるが、こちらも負けじと争う。力を緩めるのも恐怖だし、負けるわけにはいかなかった。

少しずらして逃さないようにしたかったが、その余裕が俺にはない。

留めていた力を、黒いモノに放出するイメージで解放した。

「きゃあぁあぁぁ!」

断末魔がだんだん小さくなって行くと同時に、蒸発していくように消える黒いモノ。目が最後まで俺を見ていて、ゾワリと悪寒が走った。

最後の目が消えたのを確認すると、大きな安堵の息が口から漏れる。

そして急激な意識の浮上に、はっと瞳を見開いた。

「そこはかとなく気色ばめるは……」

も、戻ってきた!

まだ語っている男の肩には、何も乗っていない。

独演状態で話しをしている男に、頭中将(とうのちゅうじょう)は身を乗り出して真剣に聞いている。

この男は左馬頭(さまのかみ)なのか?藤式部丞(とうしきぶのじょう)

よし、とりあえず呼び方短い方で。

「左馬頭!」

「は、はい」

あれこれ語っていた男が、驚いた表情でこちらを見た。

なるほど、こいつが左馬頭だったか。

「肩は……」

肩を見ながらそう言った俺に、首を傾げた左馬頭の表情が返ってきた。

「肩?」

「いや、なんでもない。続けてくれ」

聞き返す左馬頭に手を振ってそう答えた。

今起きた事を整理しようと考える。

この時代の理想の女についてなど、今はどうでもよかった。

俺にヒントをくれた男の声。

あれはそう、師匠だ。

俺はこの場所に誰かを探しにきている。

誰を?

思い出したはずの記憶が消えている気がする。

まるで2歩進んでは、1歩後退だ。

いや、場合によっては、2歩進んだのに3歩後退している事もある……ような気がする。

モドカシイ。

誰を探している?

それは俺にとってどんな存在なんだ?

耳から入る左馬頭の話は、琴がどうとか笛がどうとか聞こえてくる。

楽器の話に気が削がれそうだったがその話題にふと、琴の音色と共に、ある人の声を思い出した。

『光くん』

俺は窓際に座ってコーヒー牛乳を飲んでいた。

いや、呼ばれたのは『ひかりや』だったような。

『俺はみつや、です。先輩わざと言ってるでしょ』

『光くんの達筆を見込んで、ひとつ仕事を頼みたいの』

先輩、先輩……女性であることしか思い出せない。

でも、この会話の時、俺は締まりのない顔で笑っていたような気がする。

「先輩……」

思わず声に出ていた。

頭中将の目線を感じたので、しまったと思ったが時すでに遅し。全員がこちらを見ていた。

何か言わないと、次の話に進みそうになく、俺は内心焦って考えた。

扇で顔を仰ぐようにして隠し、上の空で聞いていた話をうっすら思い出しながら口を開く。

「どちらにしても……」

藤式部丞は話したのか、左馬頭だけが数人の話をしたのか?

左馬頭の話にしたって、浮気されたのか、浮気したのかよくわからない。

そうか、浮気だったらされてもしても、よくないよな。

「人聞きの悪い経験談ですね」

なんとかそう絞り出すと、みんなが笑うので一緒になって笑った。

訳もわからず正解を引いたようだと、人知れずほっと息を漏らす。

笑いが収まると、左馬頭に変わって、頭中将が自分の話を始める。

人目を忍んで通った話だと話し始めた頃、雨の音が途絶えた。

ようやく止んだのかと、目線を外に送る。

これで行動できそうだな。明日は先輩を探してみよう。

話を聞くふりをしながら、何から行動しようか考える。

(まずは、惟光だな)

頼りにできるのは惟光だけだと思い、明日は二条の屋敷に戻ろうと心に決めた。






結局、女性談義は尽きる事がなく、話は謎の盛り上がりをみせて夜が明けた。

これと言って結論めいたことは何一つなかったけど、この世界の萌えポイントはなんとなく分かった気がする。

墨の薄さにときめくなんて考え、思いもよらなかったし、結婚観も身分で随分違うように感じた。

全部の話が理解できた訳でもないから、なんとなくの感想なんだが。

ただ一つ、催馬楽(さいばら)の【飛鳥井(あすかい)】が話題に出てきたのだが、その時、脳裏を過ぎる顔があった。ただその人は男で、俺の探し人ではない。時々思い出すイケメンでもないが、身近な人である印象だ。

なんと言うか、エロい事をこっそり教えてくれる先輩って感じ。ま、それ以上思い出せなかったので、早々に諦めたのだが。

「ん〜!」

誰もいなくなってから、鷹揚(おうよう)な態度とやらを解除すべく、大きな伸びをする。

雨は完全に上がり、朝焼けが綺麗に見えている。

「ふわぁあ……」

大きな欠伸。

さすがに眠たくなってきたなと思い、柱にもたれて座ると、すぐにウトウトし始める。

そのまま仮眠をとっていると女房に起こされた。

身支度がいつの間にか始まっており、それを寝ぼけ(まなこ)で身を任せていると、唐突に左大臣宅へ行けと言われる。

「左大臣……」

なんだっけ、左大臣の処に何かあるんだったかな?

「首を長くしてお待ちですよ。昨晩、頭中将からは何も言われませんでしたか?」

「頭中将……」

左大臣家、頭中将、この符号から連想する何か。女房が何か言ってくるのを、聞き流しながら考えていたが、ふいに言葉が耳に入ってくる。

「……北の御方がお待ちで……」

キタノ……はっ!

そうだ!

いつの間にか結婚していて妻がいるんだった。

まさか、その妻に先輩がなっているなんてことは……

ないない。そんな都合の良い話、さすがにないわ。

……でも、可能性がゼロじゃないなら、確認しないといけないな。

「今日、行くから心配しなくても大丈夫だ」

眠気を振り払うように首を左右に回し、女房に力強くそう言って安心させた。

二条の屋敷に戻って惟光と話をしたかったが、左大臣家の妻が先輩でないことを確認してからだ。先輩だったら、しばらく左大臣家を拠点にするもよしだな。

見知らぬ場所に行くのは勇気のいることだが、幸い自分で歩いていかなくても良い身分だ。

経路は牛車を走らせる者達の方が詳しい。自分で移動しない事で助かったと思ったのは、この時が初めてだった。

自分よりも自分に詳しい者がいるのは不思議な感じだが、一刻も早く先輩と合流する必要があるため、多少の違和感には目を瞑ろう。

「ん?……なんで一刻も早くなんだ?」

自分の思考に、ふと疑問が湧いた。

早く会いたいから?

他に何か理由があったっけ?

「……分からん」

思い出せないのか、そもそも知らないのかすら分からない。

しかし、ここへきた目的が先輩を探すことなので、いずれにしろ合流は早いほうがいいに決まっていると思い直した。変なところで思考の迷路に嵌っている場合ではない。

牛車で移動するのだから、考え事はそこでしよう。真剣に考えていたら酔いもマシだろう。

きっと……。

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