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花散里と出会うまで  作者: 堀戸 江西
1/71

〜1〜音痴なウグイス

さわり、さわり。



気配にふと目が覚めた。

「これ、なんだ……?」

舌がうまく動かず、声はくぐもってきちんと言葉にならない。



さわり、さわり。



頭が重くて(まぶた)が熱い。身体中が痛くて動かしにくい。皮膚が敏感になっているのか、腕や足に当たっている布がちくちくして不快だ。

体験したことのないしんどさ。

しかも体の不調以上に、不可解なこの状況。

見知らぬ薄暗い部屋は究極にシンプルだった。天井には照明すらない。

木目は見えているので、照明器具がどこかにあるのだろう。

そう思った俺は、熱に浮かされながら視線をうろうろさせる。下方に(ほの)かな明かりを見つけたが、視界がぼやけてよく見えない。

壁が見えないということは、相当広いところに寝ているだろうか。それとも暗くて見えないだけ?単純にぼやけているから?

「あれ?」

首を捻ろうとして気がついた。

俺、体を動かすことができない。



さわり、さわり。



鈍い衣擦れの音に気がつくと同時に、(まばた)きもできない事に気がついた。

それなのに、左側にひっそりと誰かが座っているような気配。眼球を最大限に動かしてみても確認できないが、天井にぼんやりと影だけが映っていて不気味だ。

これは金縛りというやつだろうか。

「!」

頬に冷たい何かが当たる。

手……かな?

手の平なのか手の甲なのかはわからないが、小さいものだった。

瞳が乾いてきたのに瞼を閉じる事もできず、じわりと滲む涙。それが溢れるのと同時に、視界に人の顔が現れた。

ぼやけてよく見えないが、おそらく髪の長い色白の童女が顔を覗き込んでいる。

目があった瞬間、戦慄(せんりつ)した。

体が勝手に震える。

美しい、人の姿をした何か、だと思った。

お腹の下の方が急激に重く感じ、警告音が聞こえる気がした。

(これ、なんだっけ……)

知っているような感覚。でも何だったか思い出せない。

童女の小さな手がオレの瞳にかかり、瞼を閉じさせる。

「やっと……きた。わたしの……」

よく聞き取れなかったが、そう言ったような気がした。声の主の気配が近づいてくる。

両頬を小さな冷たい手で包まれると、体の底から震えるような恐怖と不快感が全身を覆う。

やばい、やばい!

でもどうすれば……

身動きしようと体に力を入れた直後、首の横がチリチリし始める。なんだと思った直後、電気のような刺激が首から唇に走り、顔を覆って全身を駆け巡った。

「きゃ!」

小さな悲鳴。

状況を確認しようと目を開けたかったが、悲鳴の直後から急激に意識が沈み始めた。

布のようなしゅるしゅる鳴る音。どしん、どしんと重い物が落ちてくるような音が2つ。

まずい、目を開けて、確認しないと。今……寝ては、危な……い、かも。

だけどなぜか、安全圏に逃げ込んだような安堵感がある。そのせいもあって、俺は沈む感覚にどうにも抗えず、深い眠りに落ちていった。




「……私があなたを…………呪ってあげる」



ぼんやりとした視界の中、黒エプロンの女性が近づいてくる。

朝の光を背負っていて顔はよく分からない。物騒な言葉を紡いだ唇は、艶やかで美味しそうだ。

俺の両肩に置かれた彼女の手。腕が首に周り、顔が近づいてくる。

キス、経験ないんですけど、上手くできるかな。

美人だな……でも、誰だっけ……?

「ほーぅううぅほけぇ、きょぅ」

調子の外れた鳥の鳴き声で、意識が浮上する。そして夢だと気がついた。

夢かぁ、ま、そうだよな。

見知らぬ美人と朝からキスするなんて、夢でしかあり得ないか。

「けきょ」

これは……(うぐいす)

あれ?今って春だっけ?

それにしても音痴な鳥だな。不快でおちおち眠っていられない。

「ほーぉぉぉ、ほけきょうぅ」

「…………フラットしすぎ」

ぱちりと目が開いた。自分の声で覚醒したのだ。

「ほーぉぉぉ、ほけ、ほけ、ほけっきょうぅ」

調子外れの鶯はまだ聞こえている。高熱に浮かされていた事は覚えているが、ぼんやりしてて色々なことがよくが分からない。

ふと視界の違和感に気がついた。

天井に木目はなく、布が四方を覆っている。

「さむっ……」

裸で眠っていたのか、何も身につけていない。

記憶が曖昧だ。

「うん?」

頭部に違和感を感じ、手を当てようとして全身が軋む事に気がついた。特に背中が痛くて重い。

「い、いてて……」

床で寝てしまった時のような痛み。

なんで?

「頭、どうなってんの?」

軋む体を無理に動かして頭部に当てる。髪が結われており、メッシュの帽子のようなものが床に転がっている。

よくみると布団ではなく、もっと薄い布にくるまって寝ていた。

敷布団などもなく、畳をいくつか重ねてあり、その上に布を一枚敷いてあるだけ。

床に直接寝ているわけではなかったが、ベッドのふかふか具合からすれば堅すぎて痛い。

「敷布団もないのか……しかも、裸なのに帽子?」

四方を見渡してみるが、布に遮られてよくわからない。天蓋付きのベッドとか、こんな感じなのかも。

「天蓋付きとはセレブだな。和風だけど」

ところで、ここ、どこ?

…………あれ?

……………………ワタシハダレ?

光屋(みつや) (ひかる)。うん、名前は覚えてるな」

じゃあ、ここは何処だ?昨日は何してた?

最後の記憶は…………

「最後の…………記憶?」

何だこれ?記憶に(まく)のようなものがかかっている。

思い出そうとすると、ぼんやり景色のようなものは見えるのに、強烈なボカシがかかっているようにその先が見えない。

「そうだ、さっきの……」

今朝見た夢を思い出そうとしたが、すでに忘れていた。

「さっきの、なんだ?誰か出てきた?う〜ん、思い出せないな……」

考えていると体がブルっと震える。

「さむっ」

裸で寝かされているってどんな状況だ?

「誰に脱がされたのか?」

熱が出てた気がするから、医者とか?

改めて辺りを見回し、脱がされた服のようなものがないことを確認した。

外の様子を見に行きたいが裸じゃなぁ。

仕方がないので、掛け布団のように使っていた布を引き寄せた。

着物のような形をしていたので、そのまま羽織って立ち上がる。腰紐のようなものはなかったので、手で押さえながら移動した。

「うお!」

滝のように垂れ下がっている布をめくって外に出ると、神社にあるような狛犬が左右の床に置いてあった。30センチくらいかな。

「びびったぁ」

怖いよ、普通に。

自分の声に驚いたからか、頬にビリッとしたような僅かな刺激を感じて(さす)る。

静電気?

「い、いや、とりあえず現状確認だ」

気を取り直して当たりを見回してみる。

閑散とした木造りの建物。木の扉に外からの光が幾条か細く漏れていた。

扉を開けてみたが、すぐそこに壁。

「廊下か?」

廊下の突き当たりに光が差しているので、そちらへ向かって歩いた。

角を曲がると木の柵(格子って言うんだっけ?)が開いており、陽の光が差し込んでいた。

壁伝いに廊下を進み、光の強い方へ歩いていく。古風な格好をした同じ年くらいの男が、俺を見つけて慌てたように駆け寄ってきた。

「○×△∵◇!」

なんて?全然聞きとれませんが?

「○×△∵&∵×△@×○○」

やっぱり聞きとれない。呆然とその男を見つめていると、心配そうに声をかけてくる。

しかし何を言っているのか分からず、どう答えていいのかも分からないため、声を発する事ができなかった。

戸惑っていると手を引かれて、寝ていた部屋に戻された。

寝所のような場所を指差すと、男はバタバタといなくなる。

「…………………………」

普通、こういった状況って記憶あるもんなんじゃ?

といっても今、思い出せないものを悩んだってしかたない。

よく考えてみよう。

着ているものや建物の雰囲気からして、古い時代の日本だ。

平安とか、鎌倉とか、たぶんその辺り。

過去に来たのか?

いや、それなら記憶がないのはおかしい。経緯(いきさつ)不明の時間旅行なんて、なんの価値があるんだ。

「まさか、異世界?」

転生的なあれ?

いやいや、それにしたって記憶なかったら意味ないし検証もできない。

こんな考えができる時点でおかしい。

じゃあ、なんだ?

それに言葉が通じないってどうするんだ?

日本っぽいのに、何も理解できなかったぞ。

「う〜ん」

腕を組んで首を捻る。

もやのかかった記憶が鍵だろうとは思うものの、思い出せそうな気がまったくしない。

どうしたものかと思案していると、先ほどの男が年配の男を連れて部屋に入ってきた。

「○×△@∵◇」

やっぱり分からない。

訝しげな顔を二人に向けていると、年配の男の方が俺の手をとったり、熱を測ったりしている。

医者のようなものだろうか。

しばらく診察のような行為をしていた年配の男だったが、問いかけに答えられないため、首を横にふって若い方の男に何事か伝えている。

がっかりした二人の男が部屋から出ていってしばらく、若い方の男が僧侶のような格好の男を連れてやってきた。

「こちや」

ものすごくゆっくり、そう言ったように聞こえた。

こちや?

『こっちや』って関西弁だったりして。こちらですって事ならいいんだけど。

そんな俺の心中を知らない僧侶のような男は、祈祷のような事をしばらく続けた。その後、大丈夫だとでも言いたげな様子を若い男に見せ、俺に微笑んで退出していった。

病気扱いされているからだろうか、少し胸がモヤッとした。

「胸焼け?ムカついてきた」

腹が立っているわけではない。本当に胸がムカムカすると思ったのだ。

どうせ通じないだろうと独り言を(つぶや)いたのだが、驚いたように若い男がこちらを見ていた。

「むかつくのですか?」

お?なんか、むかつくのかと聞かれたような気がした。

「ここが」

同じような口調でそう言いながら胸を押さえてみた。

若い男は慌てた様子で退出し、しばらくすると湯呑みのようなものを持って戻ってきた。

「くすし∵◇……×△」

「くっさ!」

器の色が濃いため、液体の色は分からないが、匂いだけで充分怪しい。

男は飲めと言っているようだった。

心配そうな表情をしており、無下に断る事ができなかった俺は、しぶしぶそれを口につけてみた。

漢方のような匂いと味だった。

きっとこの時代?世界?の薬なんだろう。

震えるほどまずいその液体を、飲み干して大きな溜息をつく。

理解できない事が多すぎて頭がいっぱいだった。

薬らしきものを飲んだその安堵感からか、横になりたくなったので、寝所に入って横になり目を閉じる。ゆっくりと眠りに沈んでいく気がした。

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