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たった六ヶ月のラプソディ  作者: ライトさん
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女の子の準備は大変

子ども頃から物語を読むのが好きで、何時か自分自身の物語も書いてみたい。そんな思いを抱いて早幾年。書き始めるのももの凄く難しいけれども、それよりももっと書き続けることは難しい。そしてそれよりももっともっととんでもなく終わらせることは難しい。

多くの方々が見事に物語を書き上げ、そして終わらせ切っておられること、本当に尊敬してしまいます。適うなら何時かそんな皆さんの仲間入りが出来たなら、そして誰かの心を満たすことが出来たなら、その時は私にとって最高の一時になる…なりますように!


 翌日からまた当たり前の毎日が始まった。でも先に何か楽しみがあると、色々な苦労も気にならない物だ。


 そのせいだろうか?何故だかお客に受けが良くていくつか契約を成立させてしまった。お陰で上司からもなんだかんだと声をかけて貰うことにもなった。


 仕事そのものは大変だったけれど、充実感を得ることが出来た一週間になった。


 そしてようやっとの金曜日の夜、その週の全ての煩雑なことを終えた僕は、風呂上がりにのんびりテレビを見ながら、湯の沸くのを待っている。


 今では毎週金曜日の夜の大きな楽しみになっている。

いつものようにすり切り二杯のお茶の葉を入れ、エキスが滲出するのをじっくりと待つ。その間に部屋中によい香りが満ちていく。


 カップに注がれたそのお茶は、とても暖かな明るい茶色で、そう、なんだか日溜まりを思い出させるような色だった。


 一口、また一口とすする内に徐々に眠くなっていく。いつもなら疲れ切ってボロ雑巾に様になっているので、お茶を飲むなり直ぐに眠くなってしまうのだが、今週はその疲れも少し軽かったのだろう。眠気がやってくるのがいつもよりほんの少しゆっくりだった。


 とろとろと眠気が染み込み、僕の自我の欠片を少しずつかじり取っていく。

もうあと少しで僕は僕の意識を手放してしまう。その刹那、誰かが僕の耳元で名前を呼んでいるような気がした。


「・・・良美さん」


誰?女性の声?亮子さん?しかしその正体を明らかにする前に、僕は深い眠りに落ちてしまった。


 翌朝目を覚ました僕は、いつものように女性になっている。そして耳の底に昨夜の誰かの声が微かに残っていた。


 けれども時間の経過が既にそのことが現実にあったことなのか、それとも夢の中であったことなのか、分からないようにしてしまっていた。


 普通人間はそう言う場合、大抵は夢の中で起こったことにしてしまう。何故ならその方が楽だし安心なのだからだった。


 僕もその例に違わず、昨夜のことは夢の一言に片付けてしまうことにした。

窓から外を見ると綺麗に晴れ上がった空が見える。


 いよいよ来週に迫った亮子さんとの小旅行に備えて、僕は少しばかりの買い物をすることにした。


 いくら何でも亮子さんに選んで貰った物だけではおかしいし、心許ないからだ。

今日は亮子さんが居るスーパーに行くのは諦め、別の店に行くことにした。しかし女性の服飾品の売られている場所に行くとどうも落ち着かない。


 今の僕は女の子なんだから、別に恥ずかしがる必要はないのかも知れない。でもやっぱり恥ずかしかった。


 だがそんなことばかりも言っていられない。僕はともすれば走って逃げ出したくなる気持ちを必死になって抑え込みながら、少しずつ必要となりそうな物を買い込んでいった。


 結局なんだかんだと言っても、ほとんど自分では何も決められない。大抵はその売り場にいる女性に助けて貰いながらの買い物になった。

ただ、前回亮子さんに助けられながらした買い物の経験がとても役に立った。


 だから多分、ちょっと無知なやつとは思われたかも知れないけれど、その程度に思われるくらいで済んだのではないだろうか?


「ありがとうございました」

と言う明るい声に送り出された僕は、精根尽き果てた感じになって店を出てきた。


 買った物を入れた紙袋を両手にぶら下げ、駅前までようやっと辿り着く。すっかり疲れてしまって人の目さえなかったらその場にぺたんと座りたかった。


「よっ!買い物かい?」


突然声をかけられた僕は、思わず手に持っていた紙袋を落としてしまった。


「おっと、わりぃわりぃ。なんだか驚かせちゃったみたいだな」


そう言いながらその声の主は、僕の落とした紙袋を一つずつ拾い上げていた。


「はいこれ」


そう言うと彼は僕の手に紙袋を渡した。


「えっと?カレー屋さん?」


僕は記憶の糸をたぐり寄せて彼のことを思い出した。


「おお!覚えていてくれたんだ?」


そう言うと彼は嬉しそうに微笑んだ。


「俺・・・卓也、よろしくな」


 そう言いながら彼は、握手をしようと思ったのか手を差し出しかけ、握るべき手が紙袋で一杯になっていることを途中で気がついたのだろう。

ちょっと恥ずかしそうにしながらその手を頭にやって、がしがしと掻いた。


「良美です、よろしく」


 僕はなんだか慣れなくて小さな声でもそもそと言った。

するとそこに更に一人現れた。


「お待たせ、遅れちゃってごめんね」


 元気に現れたのは、なんとその卓也の働いているカレー専門店で出会った瑞紀という女の子だった。


「あれ?あんた?」


向こうも僕のことを覚えていたらしい。


「確か卓也君のカレーの・・・」


「そうおまけ・・・」


 僕が思わずそう言うと、思わず二人で吹き出してしまった。後に残されたのは怪訝な顔の卓也一人。


「なんだなんだそのおまけって?」


 一人蚊帳の外に置かれて戸惑っている。その瑞紀という子は素早く目配せをすると、僕の耳元で囁いた。


「この間のことは秘密ね」


 僕は思わず苦笑した。おまけをくれた当の本人だけが、そのおまけのことを忘れているのだから笑えてしまう。


 もっとも、それだけ沢山の人におまけを上げるというのが彼の日常なのかも知れない。

だとしたら僕のことを特別そこまで覚えていなくても仕方ないことなのだろう。


僕は彼女だけに聞こえる声で聞いた。


「もしかして今日はデート?」


すると彼女は本当に嬉しそうな顔をしながら言った。


「この間ね、あの後私がボディボードを探しているって話をしたら、それなら俺が選んでやるって言ってくれて、で、今日こうしているって言う訳なの」


「ボディボード?」


「なんだ知らないのか?」


そう言う彼の顔は少しあきれ顔だった。僕にはまだまだ知らないことがいっぱいあるらしい。


「ボディボードってのはだな、えっと、サーフィンは知っているだろう?」


「うん」


「あれは長いボードの上に、最初は腹ばっているけれども、波に乗った時点で立ち上がるのが遊び方なんだけど、それくらいは知っているよな?」


「え?うん・・・」


「それに比べてボディボードはもっと短いボードで、腹ばったままで波に乗るスポーツなんだよ。そもそも・・・」


 いやはや、それからの彼の話は留まることを知らなかった。

もう十分と言うくらいに話を聞いて、目をきょろきょろさせているのを彼女が申し訳なさそうに見ている。


「あ、あのぅ・・・」


何ともかんとも居たたまれなくなってしまって、おそるおそる口を挟もうとした。


「ああ・・?」


と彼の少し素っ頓狂な声。


「またやっちまった」


そう言うなり苦笑する彼。


「俺さ、ボディボードが大好きでさ。話し出すとついついとまんなくなっちゃうんだよ」


横で瑞紀がうんうんと頷いている。


「人によってはそんな中途半端なの止めてサーフィンやれっていうけど、でもな・・・って、危ない危ない。また初めちまうところだった」


「でも夢中になってやれることがあるのって良いよね」


そう言うと彼はもの凄く嬉しそうな顔をした。


「だよな。お前?」


「良美」


「ごめんごめん、さっき聞いたばっかなのにな。こいつは・・・」


「瑞紀ちゃんでしょう?」


二人しておやっという顔?


「私、良美ちゃんに名前まで言ったっけ?」


「うううん、でも彼、卓也君が、カレーの店であなたのことそう呼んでいたから」


「あ、そうだったんだ。改めてよろしくね、良美ちゃん」


「こちらこそよろしく」


 袖触れ合うも他生の縁とは言うけれど、まさかカレーが縁でこんな風に話をすることになるなんて不思議な物だった。


「それで良美ちゃんは何か夢中になっているもの無いのかよ?」


僕は少しだけ考えてから答えた。


「敢えて言うなら写真かな?」


「おお、なんか凄くない?」


 異口同音にそう言いながら顔を見合わせる彼と彼女。

僕は慌てて言葉を継いだ。


「ちっとも凄く無い無い。写真と言ってもフィルムを使ってやるような本格的な物じゃないし、安物のデジカメで身の回りの物を色々撮る程度の、ほんの申し訳程度の趣味だから」


「でも大好きなんだろ?」


「うん・・・」


「なら頑張れよ、そしてそのうち見せてくれよな」


「私も見たい!」


二人にそんな風にまで言われるのはとっても照れくさかった。でもとっても嬉しかった。


「じゃあそのうち好きな写真を印刷して持ってくるわね」


「おうさ。って・・・その」


「あのカレー屋さんに行けば卓也君とは会えるでしょう?瑞紀ちゃんの分も持っていくから、それなら大丈夫でしょう?」


 商談成立?と言うわけでもなかったが、カレー屋に行けば会えるのだからそれで良いだろう。

本当ならもう一歩進んでメールアドレスの交換でもしておけばいいのかも知れない。

 でも今の僕には未だそこまでの気持ち的な余裕はなかったので、敢えて言い出さないことにした。


「じゃあそろそろ行かなくてはならないので・・・」


僕はそう言うとその場を後にすることにした。


「またカレー食べに来いよ」


「うん、ありがとう。それじゃあね瑞紀ちゃん」


そして彼女だけに聞こえるように。


「しっかりね」


「ありがとう良美ちゃん」


 彼女にはしっかりと僕の思いは伝わっているようだ。僕としては、せっかくの瑞紀ちゃんのデートに少しでも水を差したくない、そう言う思いがあったのだ。


 駅の改札口に入る僕を二人は笑顔で見送ってくれた。

身支度を調えるために町に出て、そしてへとへとになりながら買い物をして、もうこれ以上は駄目って言う状態だったのに、家路を辿る足取りは軽かった。どうしてかな?


 母のお茶を見つけ、女の子になることを知ってから何故か少しずつ、僕の心は何かから解き放たれている。

 それが何なのかは未だ分からない。でもとても心が楽になる物であることは確かだ。


 家に帰り着いた僕は早速今日の買い物の成果を身を持って試してみることにした。色々買いそろえた物をあれやこれやと着合わせてみる。


 自分自身全くセンスがあると思えなかったので、ほとんど店にいる女性店員のアドバイスに従ったのだけど、余り凝った物やぴらぴらした物は避けたので極々シンプルに女の子らしい、そんな感じの物でまとめられていた。


 着たり脱いだりは面倒だったけれど、鏡の前に行くたびになんだか少しドキドキした。


 そろそろ鏡に映る女の子のことが、自分自身なんだってことに慣れても良い頃合いなのに、未だに慣れることが出来ないで居る。

でも少しだけ女の子達が着飾りたいと思うわけを知り得たような気がした。


「こんなところかなあ?」


脱ぎ散らかした服を綺麗に折りたたんで片付けながら一人呟いた。



前書きであんなことを書きながら、はたして私はどこいら辺まで来ることが出来て居るのだろうか?千里の道も一歩から、とにかくボチボチ行こか。

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