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たった六ヶ月のラプソディ  作者: ライトさん
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女の子と女の子と女の子

子ども頃から物語を読むのが好きで、何時か自分自身の物語も書いてみたい。そんな思いを抱いて早幾年。書き始めるのももの凄く難しいけれども、それよりももっと書き続けることは難しい。そしてそれよりももっともっととんでもなく終わらせることは難しい。

多くの方々が見事に物語を書き上げ、そして終わらせ切っておられること、本当に尊敬してしまいます。適うなら何時かそんな皆さんの仲間入りが出来たなら、そして誰かの心を満たすことが出来たなら、その時は私にとって最高の一時になる…なりますように!


 僕は気を取り直すと再び意識を集中させるために目を閉じた。

こつを既に掴みつつあるせいか、かなり素早く心を落ち着かせることが出来るようになっていた。


 以前は相当の苦労の末にようやっと葵ちゃんの心の存在を感じていたのに、それもまた容易に出来るようになっている。


『始めるよ、葵ちゃん』


『うん』


 次はもう無いんだ。そう思うと極限まで意識を集中させた。そのせいか今は彼女の存在を殆ど手で触れているような感覚でもって知覚していた。


 そしてその彼女の存在自体を今度は僕自身の心で優しく、でもしっかりと包み込んだ。

ゆっくりと出来るだけ丁寧に圧力を加え、そのまま彼女を最も相応しい場所へと移動させる。


 今までのところはなんの障害になることもなかった。さあこれからだ。

僕は辛うじて見えるだけ目を見開いた。実を言うとたったそれだけでも集中力が途切れそうで随分不安定になってしまう。だがあらん限りの力を注いでなんとか集中力の維持を図る。


 何だか体中の力が流失していくような感覚に囚われつつある。しかしここが踏ん張りどころだった。


 僕は更に極限まで集中力を高めながらゆっくりと頭を傾け、そして優しくそっと彼女の唇に口づけした。


『目覚めよ!』


 それこそもし僕の心の声が聞こえたなら絶叫していたに違いない。僕はあらゆる神様に祈りながら、あらん限りの力でもって彼女の存在を押し出し、そして本来の身体の中に吹き込もうとした。


 僕と彼女の間にあった薄い薄い、でも何ものよりも強靱な膜が引き延ばされ、限界にいたり、やがてふっと何かがそこを通り抜けたのを感じた。


 残念ながら僕が意識を保てたのはそこまでのことだった。亮子さんの話によると僕は、葵ちゃんに口づけを施した後、そのまま椅子の上で昏倒してしまったそうだ。


 驚いた亮子さんは慌ててナースコールを押そうとしたらしい。でもその前に意識を取り戻し始めた葵ちゃんが、亮子さんの腕を掴んだのだ。


 その時の亮子さんは驚きの余り声も出なかったそうだ。亮子さんが息を飲んで見守っていると、やがてゆっくり目を開けた葵ちゃんがゆっくりとピースマークを作ったのらしい。


 何だかその辺、葵ちゃんらしいと言えばらしいのかな?その後は亮子さんと葵ちゃん、お互いに抱き合って泣くことしか出来なかったという。


 おかげで亮子さんはナースコールを押すことをすっかりと忘れていてくれた。

その事は僕にとって大いに幸いなことだった。なんでも僕が意識を失っていたのはものの十五分くらいのことだったらしいのだが、医者でも来ていたらおそらく入院させられてしまっていただろうから。


万が一でもそうなっていたら・・・そう想像したらぞっとしてしまう。


「う・・・ん」


 目の前がくらくらする感じだったがなんとか意識を取り戻した僕は、ベッドの上で抱き有っている亮子さん達の姿を目にすることが出来た。僕はその瞬間、自分の成功を確信した。


「良かった」


 僕は疲れ切っていたけれども、素晴らしい満足感に満たされていた。

僕が気がついたことを知った亮子さんが葵ちゃんのところを離れて僕のところに来た。


「ありがとう、ほんとうにありがとう」


 亮子さんの目から大粒の涙が溢れどんどんこぼれていく。

彼女はこれ以上無いって言うくらい力を込めて僕を抱きしめてくれた。


「く、苦しいよ亮子さん」


 僕がかすれた声でそう言うと慌てて亮子さんは力を緩めてくれたけど、その肩が小刻みに震えっぱなしだった。


 ベッドの上で横向きになった葵ちゃんがそんな僕達を見て安らかに微笑んでいる。

僕は亮子さんが落ち着くまで優しく抱きしめていた。

そして落ち着いたのを見計らって葵ちゃんに話しかけた。


「初めまして葵ちゃん」


起き居た葵ちゃんは小さな声でフフと笑う。



「こちらこそ初めまして」


 いつの間にか僕の目からも熱い物が流れ落ちていく。何かをやり遂げた充実感、それも大きいけれども、とても大切なものを無くしてしまったような損失感もあった。

 それは当たり前だよね、いつの間にか葵ちゃんは僕の一部でもあったのだから。

でも葵ちゃんは葵ちゃん、こうして僕に笑いかけてくれる方が嬉しい。


 目と目が語り合う。何だかこうしていると黙っていても会話出来そうな気すらする。

僕が泣き笑いみたいな妙な顔で彼女のことを見詰めていると、葵ちゃんが僕にそっと手招きをする。


「何?葵ちゃん?」


僕は亮子さんを抱きしめたままほんの少し頭を葵ちゃんの方に寄せた。


「あのね良美さん、多分だけどキスする相手が違うと思うの・・・」


 そう言うと葵ちゃんはそっと笑った。僕は顔を赤くしたきり何も言えない。

すると彼女は今度は亮子さんに話しかけた。


「ねえ、お姉ちゃん・・・」


小さな声で聞き取りにくい葵ちゃんの言葉を少しでも良く聞き取ろうとして亮子さんは耳を近づけた。


「何?どうしたの葵?」


「ごめんねお姉ちゃん、良美さんとの初めてのキス、私が先にしちゃって」


「何馬鹿なこと言っているの?そんなことは今はどうでも良いの」


「うううん、ちっともどうでも良くないよ。良美さんはお姉ちゃんのこと本当に大好きなんだよ。それにお姉ちゃんだって良美さんのこと好きだって、私知っているんだからね。」


 僕と亮子さんは思わず顔を見合わせた。そして二人揃って顔を赤らめ、お互いに視線を合わせることを躊躇した。


でも・・・、僕はその時になって自分の本当の気持ちに気がついた。

 僕は葵ちゃんの言う通り亮子さんのことが大好きだった。今の僕にとって亮子さんの居ない生活なんて考えられないことだった。


 そんな僕にとって、今、今勇気を出さなくていつ勇気を出す時があるというのだろう。

僕は喉がカラカラになるのを感じながら上ずった声で亮子さんに話しかけた。


「あの、その・・・亮子さん」


 真剣な眼差しで亮子さんを見つめる僕。ただ亮子さんもいきなりのことで戸惑いを隠せないようだ。僕が目を向けてもその目は僕をなかなか見詰め返そうとはしなかった。


「お姉ちゃん・・・」


不安な面持ちになっていく僕のことを思いやってか葵ちゃんが見かねて声をかける。


「待って葵、分かっているの、分かっているのよ」


 亮子さんの気持ち、分からないでもないことだった。考えてみたら亮子さんは、男性の時の僕のこと、全く知らないのだから。

 しかし亮子さんは様々な不安な思いの中からゆっくりとはい上がり、やがて僕の目をしっかりと見詰めてくれた。


「あの、亮子さん、僕はその・・・」


「良美ちゃん? ・・・が僕?」


亮子さんの見開かれた目が少し大きくなった。


「やっぱり何だか変な感じがする」


 でもそれは当然と言えば当然だった。今はまだ女性の姿だったし、亮子さんに僕という言い方をしたのはほんの数えるほどだったから。


「うん、でも僕はその、亮子さんも知っている通り本当は男性な訳で、けど男で有るとか無いとか関係なく亮子さんが好きで、でも男としてもって何か言い方変だな、でもそれでも好きなわけで、あの、その・・・」


何だか僕は自分が何を言いたいのか解らなくなってきた。


「頑張れ良美さん」


 葵ちゃんが小さな声で僕を励ましてくれる。僕の心の中に葵ちゃんのくれた勇気が拡がっていく。


「亮子さん、僕はもうすぐこの姿になることは出来なくなってしまう。元々男性の僕にはそれが当たり前のことなだけれど、でもどんな姿であろうと亮子さんのことが必要なんです。だから亮子さん、どうかこれからも僕と付き合って行っていただけないでしょうか?」


 それだけ言うと僕は肩で大きく息をした。僕はここに至るまでの間、葵ちゃんを元の身体に戻すために既に殆どの力を使い果たしていた。


 そんな僕にとってこの告白は、今残っている全てをつぎ込むようなものだった。

うっかり気を抜くとまた意識を失ってしまいそうな気がした。果たして亮子さんの返答は如何に?


 いつものことなのだけれど、亮子さんの目はその心にある物を実に良く写してくれる。

複雑に揺れ、混乱し、戸惑っている。でも少しずつその瞳は澄んでいき、やがて彼女はゆっくりと口を開いた。


「そうね、今の私は男性の良美ちゃんのことを全く知らない。でも実際にはその方が良かったのかもね? 純粋に人間としてのあなたを見ていることが出来たのだから。」


そこまで言うと亮子さんは大きく深呼吸した。


「うん、私も良美ちゃんのこと好き。本当はちゃんづけで呼んだりしたらおかしいのかも知れないけれども、私にとっては良美ちゃんは良美ちゃん。いつの間にか本当になくてはならない存在になっている。そう、私も良美ちゃんにそばにいて欲しいよ。」


亮子さんの言葉が少しずつ心の中に染みていく。


「やったね良美さん!」


ベッドの中から葵ちゃんが嬉しそうに言う。


 当の本人である僕は何だかまだ夢見心地みたいでぼーっとしている。

これって本当に現実に起こっていることなんだろうか?目が覚めたらみんな夢だったなんて言うことはないのだろうか?


 その時僕は自分の手がぎゅうっと掴まれるているのに気がついた。見るとそれは亮子さんの手だった。


「亮子さん・・・」


目の前にいる亮子さんはいつもの亮子さんだった。いや違う、いつもの亮子さんなんかじゃない。

 何故なら彼女は今、いつもより遥かに優しく温かい目で僕を見詰めてくれているのだから。


 僕はもう何も考えられなくなって、ただもう彼女を抱きしめた。

僕は自分の心の中で何かがことんと音を立てるのを感じた。それが何なのかは分からない。でも長年自分が追い求めていた何かが、有るべき場所に納まった、そんな心地よさを感じたのだった。


亮子さんの温もりが伝わってくる、僕を包んでくれる。今の僕は幸せで一杯だった。


「亮子さん・・・」


「良美ちゃん」


互いに囁くように相手の名を呼び合った。


僕達は互いに目を見合わせた。ゆっくりと近づく顔と顔。

 その時亮子さんの指がそっと僕の唇の上に置かれた。


「だめよ、この先はあなたが男性に戻ってから・・・」


 僕達は、もちろん葵ちゃんもその場で吹き出してしまった。そうさ、考えたら今の僕は女の子なんだ。おまけに亮子さんにとっては妹の葵ちゃんと瓜二つ。


 僕が良くても亮子さんにしてみたらどうしようも無くやりにくかっただろう。

思わず僕達は笑った。それは僕達三人が別々の存在として、初めて一緒に笑う心からの笑いだった。


 さて、それからの僕達はともかく忙しかった。いや、僕達というのは大きな間違いだ。

何故なら僕は疲れ切ってしまっていて、殆ど椅子の上でだらしなく伸びているだけなのだった。


 実際亮子さんは、葵ちゃんが目を覚ましたことを大急ぎで実家に電話しなくてはならなかったし、病院の人達にも連絡しなくてはならなかった。

静かだった病室に急に看護師や医師が押しかけ、なんとも慌ただしくなってきた。


 僕は疲れ切っている身体にむち打ち、椅子を部屋の隅に動かしてどっかと腰を降ろした。

葵ちゃんは医師に言われるまま診察を受けたり、質問に答えていたし、亮子さんは葵ちゃんが目を覚ましたときの状況を聞かれていた。


 僕は疲労感でぼうっとしながら、その喧噪を丸で別世界での出来事のように感じていた。

そんな調子で皆葵ちゃんの面倒を見ることで大忙しだったのだが、逆に僕にはそれが有り難かった。


 そうやって放って置かれている間になんとか少しずつ体力の回復を図ることが出来た。病院のスタッフが居るところで倒れたりするわけにはいかないから気が張っているけれども、そうでなかったら葵ちゃんの横に潜り込んで眠りたいくらいだった。


 そんなこんなで大騒ぎが始まってから小一時間くらいたった頃だろうか?亮子さん達のお母さんが病室に飛び込んできた。


 彼女はベッドの上で少し身体を起こして亮子さんと話をしている葵ちゃんの姿を見る成り、何も言わずにぽろぽろと涙を落とした。そして飛びつくように葵ちゃんのところに行くと彼女を抱きしめた。


 亮子さんがそんなお母さんの肩を抱きつつ、笑いながら泣いている。

そうこうするうちに病院側の人たちは皆居なくなり、病室には僕達四人だけになった。


 親子三人、溢れる思いをどうしようもなく、涙が滂沱するままに任せている彼女等を見ていると、自然僕の目にも涙が溢れる。


 僕の中には頑張り抜いたという満足感と、葵ちゃんが居なくなってしまった後にぽっかりと残った空虚感がない交ぜに存在していた。

 嬉しいのに悲しい、悲しいのに嬉しい、思えば僕の涙はその両方から来ている物だった。


 窓の外は夕暮れ時、この時期はあっという間に真っ暗になっていく。

ああそうだ、僕は急がなくてはならない。


ようやっと三人が顔を合わせることが出来ました。物語はもう少し続きます

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