女の子の先輩
子ども頃から物語を読むのが好きで、何時か自分自身の物語も書いてみたい。そんな思いを抱いて早幾年。書き始めるのももの凄く難しいけれども、それよりももっと書き続けることは難しい。そしてそれよりももっともっととんでもなく終わらせることは難しい。
多くの方々が見事に物語を書き上げ、そして終わらせ切っておられること、本当に尊敬してしまいます。適うなら何時かそんな皆さんの仲間入りが出来たなら、そして誰かの心を満たすことが出来たなら、その時は私にとって最高の一時になる…なりますように!
翌朝まだ早い時間に目が覚めた僕は、気分をすっきりさせるためにシャワーを浴びた。
「おはよう、葵ちゃん」
まだまだ半分寝ぼけながら声をかける。
「おはよう!」
葵ちゃんは元気が良い。僕が鏡を覗き込みながら
「いつもそんなに朝から元気良いの?」
と聞くと彼女はくすりと笑った。
きっと僕の表情がいかにも恨めしそうだったのだろう。
「本当は私も朝はだめなんだよ。でもね、この姿になってからは何故か朝起きる?のが平気になったの。って言うか、良美さんが眠っている間、何となく意識が無いような感じでぼーっとしているのだけど、もしかするとそれって眠っているのとは違うのかも知れない」
「もしかしてそれって、僕が眠っている間も葵ちゃんは起きているってこと?」
「うーん、そうかも知れないしそうじゃないかも知れない」
「それってどういうこと?」
「今の私には身体がないでしょう?だから寝ている、横たわっている感覚とか、身体の疲れている感覚がないの。ただ何とはなしにじっとしてぼーっとしていると、その間の時間感覚が無いというか、意識が無いというか、要するに寝ているのと同じようになっているわけ」
「うーん、よく分からないなあ」
僕がそう言うと彼女はまたくすりと笑った。
「本人の私にだってよく分からないのだもの、あなたに分からないもの当然だよ」
そう言われたらどうだ。ただやっぱりなんだか釈然としない物を抱えた状態だった。
ともあれ今日はお休み、僕はのんびり朝ご飯を食べながら、何も急いですることがないという無為の時間を楽しんだ。
ちびちびとパンをかじりながら、新聞に目を通したり、ちらちらとテレビの番組に目を通したり。案外これも至福の時間の一つかも知れない。
「ねえ、良美さん」と葵ちゃん。
「何?」と僕。
「さっき鏡を見たら髪がだいぶ伸びている気がするの」
「うん、みたいだね」
「みたいだねって・・・」
思うに本来男である僕は、女の子の身綺麗にしていたいという思いへの深さを良く理解していなかったのだと思う。
それからしばらくの間、僕は葵ちゃんにソフトにではあるけれどもしっかりととっちめられた。
その中には僕の知らない、或いは分からない言葉がたくさんあったのだけれども、要約するとちゃんと美容院に行けとか、最低限基礎化粧品はそろえて肌の手入れをしろとか、そんな類のことだった。(何でも亮子さん仕込みらしい)
本当のところこの身体は葵ちゃんそっくりではあるけれども、葵ちゃんの物ではなく僕の物であるはずなんだけれど、葵ちゃんにしてみたらそうも行かないらしい。
結局僕は朝ご飯の後、まず美容院に行って髪の手入れをし、その後いくつかの化粧品を買わされることになった。
いつものように簡単に支度し、いくつかアドバイスを受けながら女性の身なりになると家を飛び出した。
日差しは幾分きついが風があって涼しい。
僕は葵ちゃんに言われるままに街を歩き、沢山有る美容院のうちのいくつかをのぞいて回った。
彼女が一体何を基準にしているのかは分からない。しかしやがて彼女のお気に召したところが見つかった。
「何となくここがよさそう、ここにしましょう」
しましょうって言われてもね。生まれてこの方散髪屋に行くことはあっても、美容院などという店にはとんと僕は縁がなかった。
だからなんだかきらきらとして、全くもって別世界の雰囲気を醸し出している店の中に入るのは思わず尻込みしてしまった。
「ほらほら中に入って」
「でもなんだかなあ」
「私の言うとおりにすれば良いんだから」
「うん・・・ああ」
仕方なく僕はおそるおそるその店の中に足を踏み入れた。すると明らかに愛想笑いと分かる笑みを浮かべて優男が近寄ってきた。
「いらっしゃいませ」
背筋をぞわぞわと何かがはい回る気がする。だめだ、僕にはこの種の人種は肌が合わない。しかしここまで来たらもう後には下がれない。後は野となれ山となれ。僕は葵ちゃんの言うがままに話、その指示に従った。
その後はもう何が何だか分からなかったが、仰向けになって髪を洗う感覚だけはなんだか新鮮でとても心地良いと思ってしまった。
そして一時間半くらい中で過ごしただろうか?
「ありがとうございました」
と深々とお辞儀する優男に送り出されながら店の中から出てきた。
「ふぅ」
思わずため息をつく僕。
「お疲れ様」
そうねぎらってくれる葵ちゃん。やれやれ、一日が始まってまだ間がないのにすっかりと疲れてしまった気がする。
しかし今日はそれだけでは終わらない。お次は化粧品だった。
元々葵ちゃん自身もナチュラルメイク派だったから良いようなものの、いやはや、僕は化粧品や化粧道具にあんなに種類があるなんて初めて知った。
おまけに彼女、経済観念がしっかりとしているらしく、少しでも安くと言うことで色々な店を次から次へと回る。いや、回らせるんだ。お陰で僕は足が棒になってしまった。
全ての買い物が終わってへろへろになった僕は、両手に荷物を抱えて近所のファミレスに入った。
ほっとしながら案内された場所の椅子に腰掛ける。水ってこんなに美味しかったっけ?
「葵ちゃん、買い物するときいつもこんなに回るの?」
僕がそう聞くと、僕の耳には彼女の笑う声が聞こえてきた。
「うふふふ、そうね。でも今日は買う物が多かったから仕方ないよ。ちょっと一杯散財させてしまったみたいだけれど、ごめんね」
「それはかまわないけど」
うん、確かにそんなことはまあ良かった。良かったんだけれど、化粧品の値段の高いことに驚いたのも事実だった。
何だってあんなにちっぽけな入れ物に入ってくせに目の玉が飛び出るような値段が付いているのだろう?
僕にとってそれもまた大きな驚きの一つだった。
その驚きは昼食を終え、いったん家に戻ってから更に大きな物になった。
「ええ?剃るのかい?これで?眉を?」
何やらカミソリのようでカミソリでないような、妙な道具を手に持ちながら、僕は鏡の前でおたおたしていた。
「なんだか眉を全部落としてしまいそうだよ」
僕は鏡の中の自分の顔を睨みながら情けなさそうな声を出した。
「だから慎重に、少しくらい余分に剃っても描けば良いんだから。でも全部剃ったりしたらだめだからね」
葵ちゃんはこともなげに言うけれども、慣れないことをする僕の手は震えっぱなしだった。
「慎重に慎重に」
そう言われるがまま、僕は呼吸するのも忘れるくらい緊張しながら、ほんの少しずつ眉の形を整えた。
「うーん、まあまあかなあ」と葵ちゃん。
その後何やら乳液状の物を肌に塗り込んだり、色鉛筆のような物で眉を描いたり、挙げ句の果てにビューラー?何それ?
たどたどしく慣れない僕の手で行われたお化粧は、優に二時間の時間を要していた。
「うん、きれいきれい・・・って、自分の顔見てそんなこと言うのも変だけれど、でも良美さんとっても綺麗なできばえだよ」
「そ、そうなの・・・かな?」
精も根も尽き果てた僕は、ようやっと落ち着いた気持ちで鏡の中の自分の顔をのぞき込んだ。
「・・・!」
なるほど彼女の言う通り、なんだか見違えたような気がする。
「ふはぁ、女の子って本当に化けるんだなあ」
思わず独り言の様に言うと、葵ちゃんのけらけら笑う声が聞こえてきた。
僕はそんな彼女の笑い声を聞きながら、なおもぼぉーっとしながら自分自身の顔に見入っていた。
「・・・なぁに?」
「ん?」
「どうしてそんなに見ているの?」
「うん、なんて言うのかなあ、かわいいって言うか、綺麗って言うか、好みだなあって」
突然僕は顔が真っ赤になるのを感じた。違う、これは僕じゃない。葵ちゃんから流れ込んできている感情だ。
「良美さんの馬鹿」
いきなり彼女に馬鹿呼ばわりされてしまった。
「あ・・・」
ここに来て初めて僕自身も合点が行って、今度は自分で真っ赤になってしまった。
「あ、いや、その、えっと・・・」
それだけ言うのが精一杯だった。その後しばしの間、気まずくはないけれどちょっぴりもぞもぞと居心地の悪い時間が続いた。
「あ、そうだ、そろそろ買い物に行かなくっちゃ」
僕は何とかその場の雰囲気から抜け出したくて、あれこれ考えたあげくそう口にした。
時計を見るとあながちそれもいい加減に口から出てきたことにはならない。
「本当だ、もうこんな時間」
お互いに何となく照れくさい思いみたいな物が残ったけれど、とにかく出かけることにした。
前書きであんなことを書きながら、はたして私はどこいら辺まで来ることが出来て居るのだろうか?千里の道も一歩から、とにかくボチボチ行こか。




