女の子、そして出会い
再びご評価並びにブックマークありがとうございます。今回は少し長めになっております。とは言っても読んでしまうと一瞬かも?お楽しみ頂けたら幸いです
車は順調に走り、次第に病院から、そして良子さんの田舎から離れていく。
僕は何だか少し後ろ髪を引かれるような思いを感じながら、ほんの少しほっとしていた。
「亮子さん」
「何?」
「ごめんね」
「良美ちゃんが謝ることじゃないよ」
「亮子さん」
「なあに?」
「ありがとう・・・」
それだけ言うと僕は安心してしまったのだろうか?少しずつまぶたが重くなって来るのを感じた。
『ごめんね、良美さん』と誰かが言うのが聞こえる。亮子さんじゃない。一体誰だろう?でも僕は問いを心に形作る前に無意識の中に落ち込んでしまった。
僕が目を覚ましたのはそれからしばらく後のことだった。車の窓から差し込んでくる夕日がもろに顔に当たり、その眩しさに目を覚ましたのだった。
身体を起こしてみると、車は既に高速道路を降りており、後もう少しで帰り着くというようなところだった。
「目が覚めた?」
と、亮子さん。僕が身じろぎした気配で起きたのを察したようだ。
「はい」
「気分はどう?」
起きたてで少しぼんやりしていたけれど、すっきりとした気分だ。
「なんだか新品に戻ったような気分です」
「新品?新品て・・・」
「ん?」
なんだか微妙に左右に車が揺れている。
「くっ・・・ああもうだめ」
そう言うと彼女は声を立てて笑い始めた。左にウインカーを出すと車を路側帯に止める。どうしたのかと思ってみると、彼女はハンドルに俯して笑っていた。
「亮子さん?」
「だってね、だって、本当に心配で心配でたまらなかったのに、良美ちゃんたら起きたらとたんに新品になったなんて言うんだもの」
僕は苦笑した。でもある意味それだけ彼女が僕のことを心配してくれていたと言うことなんだと思う。その緊張の糸が多分今の一言で切れたのだろう。
しばらく笑った後、亮子さんは身体をハンドルから引き起こした。そんな亮子さんに後ろの席から手を回してぎゅうと抱きしめた。
耳元に小さな声で、
「本当にごめんね亮子さん」
そう言うと、彼女は僕の手にそっと手を重ね、
「うん」と小さな声で言ってくれた。
ウインカーを出し、彼女は再び車を走らせ始めた。
「マンションまで送るから案内してくれる?」
本当なら亮子さんのマンションの前で降ろしてもらったら良いと考えていたのだけど、こういう状況では仕方がないだろう。
僕の正体がばれてしまう危険が増えるけれど、仕方のないことだった。
本心を言うと僕はもう亮子さんに全てを打ち明けたいぐらいだった。でも・・・、そうすることで亮子さんとの関係がだめになってしまうかも知れない、そう考えると踏み切るだけの勇気がなかった。
「あ、そこの角を左折してください」
亮子さんが走り易いように早め早めに指示をする、もう後少しだ。やがて車は僕のマンションの前に行き着いた。
「ここです亮子さん」
車は最後の最後まで滑らかに走り、そっと停止した。
「はい、お疲れ様でした」と亮子さん。
「お疲れ様でしたは亮子さんです、本当にお疲れ様」
亮子さんは素早く先に外に出ると、車のトランクから僕の荷物を降ろしてくれた。僕も慌てて扉を開けて外に出る。亮子さんはそんな僕に、
「本当に新品?」
「多分新品!」
そう言うと僕達は二人で笑った。
「その分なら大丈夫そうね、でも・・・」
彼女は僕の手を取ると自分の方に引き寄せて言った。
「一度ちゃんとお医者さんに診てもらうのよ。そして出来たら結果教えてね」
僕は一も二も無く頷いた。
「はい、必ずそうします」
僕がそう言うとどこか固かった彼女の目がふっと柔らかくなった。
「じゃあこれで私も帰るね」
本当なら彼女を引き留めてお茶の一杯も勧めるべき何だろう。しかし今の僕にはそうすることは出来なかった。
「亮子さん、色々ありがとうございました。ちょっとしたアクシデントは有ったけど凄く楽しかったです」
「ちょっとしたアクシデント?」
そう言うと亮子さんはわざと目をくるくると回して見せた。
僕は苦笑して頭をかいた。
「余りいじめないでください。でも最高に楽しかったです。それから病院で伸びちゃったことはご両親には内緒にしてくださいね」
「う~ん、それについては何とも保証のしようがないなあ」
「?」
「毎日午後の間に二時間ほど母が世話に来るんだけど、先生に多分今回のこと聞いちゃっていると思うな。先生に口止めするなんて考えもしなかったから」
「じゃあせめて何か聞かれたら、ただの貧血で何ともなかったとだけでも言ってくださいね。でないとご両親にまで心配をかけてしまうことになるから・・・」
「うんそうだね」
そう言うと彼女は車に乗り込んだ。
助手席の方の開いた窓からのぞき込むともう一度お礼を言った。
「本当にありがとう亮子さん、また連絡入れますね」
「うん、お願い。それじゃあね」
そう言うと亮子さんはゆっくりと車を発進させていった。あっと言う間にその姿は見えなくなる。しかし僕はその姿が見えなくなってもしばらくその場にたたずんでいた。
都会の空に夕闇が迫る。でも、都会の空は明るくて、小さな星々達は見えやしない。
僕はあの露天風呂から見えた星空を思い出しながら、ゆっくりと自分の部屋に向かった。
キーを取り出してゆっくりと回す。無機質なガチャリと言う音がして鍵が外れ扉が開く。
狭いながらも楽しい我が家って言う言葉があるけれど、今の僕にはただ狭いだけに思えてしまう。
「ただいま」
その声が部屋の中の闇に吸い込まれていく。と、
「お帰りなさい」
と、どこからともなく声が聞こえる。
「誰?」
驚いた僕は声を上げてしまった。すると再び小さな声が聞こえてきた。
「あの、怖がらないでね」
「怖がるも怖がらないも、誰なの?どこにいるの?」
僕は手探りで壁にある電気のスイッチを見つけ、部屋の明かりを灯した。しかしいくら見回しても誰もいない。バスルームや押し入れの中まで探してみたけれども、人影どころか猫の子一匹居ない。誰かのいたずらだろうか?
「どこに隠れているの?それとも誰かのいたずらかな?」
「いたずらなんかじゃないよ」
やっぱり声がする、しかもすぐ目の前で。
「待っててね、何とか姿を現すから」
姿を現すって?僕はどきどきしながら身構えた。すると目の前にもやもやとした白い霧のような物が現れたかと思うと、次第にそれが形を取り始めた。
「ゆ・・・幽霊?」
背筋をぞっとした冷気が走る。か細い声がそれに反論する。
「幽霊だなんて呼ばないで」
次第に固まっていったそれは、やがて一人の女の子の上半身の姿になった。ふわふわとした白い姿でブラウスのような物を着ている。
「きっ君は?」
その顔はまるで病院で見たあの女の子そのものだった。
「葵です、本当は初めてじゃないんだけど、初めまして」
幽霊なんて呼ばないでとは言われたものの、彼女は十分に幽霊の条件を備えていた。しかし不思議と全く怖くはなかった、それは亮子さんの妹と言うことからだろうか?むしろ親近感さえ感じていた。
僕はソファーにどっと腰を降ろすと足を投げ出した。
「あの、HANAちゃんて知っているでしょう?」
僕は記憶の中を探った。僕の身の回りの知り合いにHANAちゃんなんて言う人間は居ない。しかし待てよ、そう言えば僕が写真を載せているサイトに良くメールをくれる女の子が居て、その子のハンドルネームがHANAちゃんって言ったっけ?
「もしかしていつも僕のサイトにメールくれていた子?」
「そう、思い出してくれたんだ」
そう言うと彼女は嬉しそうに笑った。
「立花の花をもじってHANAなの」
「道理でメールをくれなくなったわけだ。事故にあって入院していたんじゃ仕方ないよね」
白い幽霊姿の彼女はうんうんとうなずいた。
「でも死んでしまった訳じゃあないのでしょう?どうして目を覚まさないの?みんな心配しているよ」
「うん・・・」
そう返事をする彼女は悲しそうだった。
「私もそうしたいの。でもどうやったらいいか分からないの」
「分からない?」
「うん」
「困ったなあ。でも、その君がどうしてここに?」
「私もね、何とかして目を覚ましたくて、一生懸命に頑張ってみたの。でも何をどうして良いか分からないし、何か手がかりが有ればと思ってあちこち行ってみたの」
「あちこちって?」
「自分が行ける所はみんな行ってみた」
「行ける所って?」
喉が渇いた僕は冷蔵庫からジュースを取り出した。葵ちゃんにも要る?とばかりに指さしたが、彼女は首を横に振った。まあ幽霊では飲めないだろう。
「自分が知っているところや、行ったことが有る所には行けるんだけど、そうでない所には行けないみたい」
「そうなんだ。でもどうして僕の所へ?」
「それがね、何をやってもだめで、半分もう諦めかけていたんだ。そうしたらテレビで満開の櫻を放映していて、こんな姿になってもそれを見ていたら涙が出るくらいに綺麗なのよね。で、以前あなたのサイトにあった写真を思い出して、あの櫻を観てみたいなって思ったの」
「いつも行く公園の櫻だね」
「そうそう、そうなのよ。そうしたら写真で見た櫻の所に、いつの間にか自分が居るのに気がついたの。で、十分満足してもう帰ろうと思ったのだけど、今度は帰れないじゃない?もう完全に万事休すの状態だったの」
僕はそのときの彼女の気持ちを思うと胸が痛かった。見も知らずの土地に一人で放り出されてどれほど心細かっただろう。
「それで呆然としながら櫻の木の周りで漂っていたら、あなたが来るのが見えて、それで嬉しくて付いて来ちゃったの」
「付いて来ちゃったって・・・」
僕は半ばあんぐりと開いた口がふさがらなかった。
「でもそれならどうしてお姉さんの前に現れないのさ?」
そこまでいってはたと気がついた。
「僕が君そっくりな女の子になったのも君のせい?」
「うううん、詳しいことは分からないけれど私がそうしようと思った訳じゃない。でも私が関係しているのはまず間違いないわよね」
そう言いながら葵ちゃんは苦笑した。考えてみたら彼女の目の前には、まさにその証である彼女そっくりの僕が居るのだから。
「でもそれがどうしてなのはいくら考えても分からない。ただ・・・、」
「ただ?」
僕がそう聞くと彼女は落ち着いて話し始めた。もっとも上半身だけの女性が落ち着いても何もあった物じゃなかった。
「櫻の木のところからあなたに付いてきたってさっき話したでしょう?」
「うん」
「でもね、その時は付いてきたとは言っても、あなたに私の姿は見てもらえないし、声も聞いてもらえない、言ってみたら空気も同然だったの」
僕は彼女の話を聞きながら色々と思いを巡らせた。
「うん。それが何故?まさか?もしかして・・・?」
「そう!あのお茶!」
僕は思わず天を仰ぎ見た。母さんあのお茶は一体?
「あなたがあのお茶を飲んだ後、私はなんだか訳の分からない力に引き寄せられて、気がついたらあなたの中に取り込まれてしまっていたの」
「それで僕は君の姿になったの?」
「うん・・・、そうみたい。でも姿形がそうなったとは言っても、あなたはやっぱりあなたのままで、私はあなたの中に、囚われてしまったような形になっていたの」
「そうかあ。それで君には僕の中でどうしていたの?」
「ただそこにいたって言うか、あなたが見聞きしていたことは同じように見聞きしていた。だけど私からあなたに何か話しかけようと思っても、何も伝わらなくて・・・。あ、でも感情的なことを強く思った時にはあなたにも何か伝わっている様な時があったみたい」
僕はふと映画を見た時のことを思い出した。あの時僕は自分でも信じられないくらいぼろぼろと大泣きをしてしまった。どうやらあれは彼女の影響を受けたのではないだろうか?
「ねえ君」
「葵・・・」
そう言いながら彼女はほんの少し唇を尖らせた。
「葵ちゃん、もしかして良く泣いたりする?」
僕がそう聞くと彼女は恥ずかしそうにうつむいた。
「うん、結構泣き虫かも知れない」
彼女が白っぽい姿の幽霊?でなかったらきっと真っ赤になっていることだろう。
「それと、僕の中って言っていたけれども、それって僕の心の中って事?」
「うううん、あなたの中には違いないけれども、心ではないと思う。なんて言うのかな?あなたの存在に重なっているって言うか、そんな感じかしら?」
「そうか、良かった」
僕は少しほっとした口調でそう言った。
「あ、もしかしてあなたの心を読んだりしていたのじゃないかって思ったの?」
「う・・・うん」
「それはそんなこと無いから安心して、わ、私だってそんなことになったら恥ずかしいもの」
その時点で僕には彼女が本当のことを言っているのかどうかは知りようがなかった。でもさり気ない彼女の言い様を聞いていると、多分それが真実であるに違いないと感じていた。
「それでね、私はあなたがお茶を飲む度にあなたの中に引き込まれ、その効力が切れるとまたはじき出されるって言うことを繰り返していたの」
僕はお茶を飲む度に出入りする葵ちゃんの姿を思い浮かべながら、微かにため息をついた。
「そうだったんだ」
「私はそのことを何とかあなたに伝えたい、私のことに少しでも気がついて欲しいって思っていたんだけど、何も出来なかった・・・。たださっきも言ったように、強い感情に類することだけはお互いに何か伝わっていることはあったみたい」
「・・・、何となくそれは分かるような気がする」
僕は自分自身が持っている物とは異なった感情の波に流されたときのことを思い出していた。
「でも、何で今になってこんな風に話をすることが出来るようになったんだろう?」
僕は一番の疑問を彼女にぶつけてみた。
「私にもよく分からない。でもあなたが私に会いに来てくれたときに、私の身体から何か強い力が流れ込んできたの。それが何なんだかは分からない。ただその力のお陰であることだけは確かだわ」
僕はジュースで喉を潤しながら彼女の言葉に耳を傾けた。
「心の中に満ちてきた何かの力を感じた私は、もしかしたらって思ってあなたに向かって必死になって話しかけたの。そうしたらなんだかあなたの様子がおかしくなってって言うか、私自身も妙な具合になって、あなたの心と重なり合うような感覚になったの。私、あなたの中に今までに無いような強い力で引き込まれていく様な気がしてとっても怖かった」
「そうか、それでか・・・」
僕は意識をを失う直前のことをも出しながら言った。僕は意識を失いそうになりながら亮子さんに助けを求めていたのだけれど、その時に助けてお姉ちゃんと言ったような気がしていた。
思えばきっとそれは葵ちゃんの言葉だったんだろう。
「それから先私はなんだか夢の中にいるような状態だったわ。そしてそれはあなたも」
「残念ながら僕はその時のことは覚えていないよ」
僕は頭をかきかき言った。
「でもその時なのよ、あなたと始めてちゃんと話が出来たのは」
「え?そうなの?」
「うん。確かになんだか夢うつつな感じだったけれども、でも私にとってそれは紛れもない現実だった。余り嬉しかったものだから、私飛び上がってしまいそうになったわ」
「そうかあ、でも僕にとってそれは多分夢の中だったのだろうな、言いにくいことなんだけれども、僕の記憶の中にはその時のことは何も残っていないんだよ」
そう言う僕に葵ちゃんは小さく頷いた。
「うん。夢の中のでのことだとしたら、忘れてしまったとしても仕方ないわよね。でもねその夢の中で私は言葉を伝えるだけじゃなくて、自分の姿を見せることが出来るようになったのよ、本当に嬉しかったわ」
「うーん、全く覚えていないなあ」
僕は思わず苦笑いしながら言った。彼女はそんな僕の所在なさげな顔を見てくすりと笑った。
「でもそんな風に話しかけたり、姿を見せることが出来るようになったのなら、どうしてお姉さんに姿を見せてあげなかったの?」
そう言うと彼女は表情を曇らせた。
「あのね、話しかけたり、姿を現したりって言っているけれども、それはあなたの心にだけ伝わることみたいなの。実際あなたに話しかけられると分かったその時に、必死になってお姉ちゃんにもしゃべりかけたんだけど、何も伝えられなかったわ」
「なるほど、今は僕と君だけの間に伝わるテレパシーみたいな物なんだなあ」
「うん、まさにそれだと思う」
「するともしかすると『こうして声に出さなくても話が出来るのかな?』」
「うん。でもそんな風にしゃべろうとしてくれないと、聞こえないのよ」
僕は彼女の説明に納得しつつ、今度は静かに目を閉じた。するとまぶたの裏に、目を閉じる前に見えていた彼女の姿そのものがしっかりと映って見える。
「僕に見せている姿そのものも直接僕の心に投影して居るんだね?」
「詳しいことはよく分からないんだけれど、あなたがそう言うのならそうなんだと思う」
僕はまたしても経験することになった驚天動地なことをかろうじて飲み込んだ。そうして必死になって自分自身を納得させないと、うまく心のバランスが取れないような気がしたのだ。
「ごめんね、良美さん」
そう言う葵ちゃんの顔は今にも泣き出しそうな表情をしていた。おそらく僕の心の中の葛藤を感じ取ってくれたのだろう。
「仕方ないよ、君だってこうしようと思ってしている訳じゃないんだし」
今にもべそをかきそうにしている彼女の頭に、手を伸ばしてそっとなでてあげようとした。しかしその手はすっと通り抜けてしまった。
当たり前と言えば当たり前なんだけれど、ちょっと悲しかった。
「ありがとう、気持ちだけでも嬉しいよ」
彼女には僕のしようとしたことがちゃんと分かったようだ。
それから僕と彼女は、互いに自分のことを少しずつ話し合った。その間、旅行の片付けをしたり、晩ご飯を作ったり、色々なことをしながらの話だった。(既にその頃には彼女は姿を消していた。どっちを向いても彼女が見えるのでは何も出来なかったからだ。)
僕はカメラを持って、かつて母が旅した国々を回ってみたいことやなんかを話し、葵ちゃんは美容師になりたいということを話してくれた。
大切なこともあればつまらないこともあり、何を話していても楽しかった。そして何を話されても楽しかった。
それは亮子さんと話しているときとはまた違った楽しさだった。
元々メールでやりとりしていて居たときも、僕達は結構うまが合っていた。だから余計にかも知れない。二人は飽きることなく話し続けた。
唯一少し話が途切れた時があった。それは僕がお風呂に入った時だった。
「あの・・・」
「何?葵ちゃん?」
「あんまり見ないでね」
「見ないでって?」
僕はそこまで言うと絶句してしまった。
肉体は僕自身の物かも知れないけれど、今の形はおそらく葵ちゃん自身の姿を取っているのだろう。それは病室で見た彼女の姿と、今の僕の姿が信じられないほど似通っていることからも簡単に想像できる。
僕は湯船の中に身体を沈めながら、自分が真っ赤になっているのを感じた。
「あ・・・、その・・・、えっと・・・」
僕は自分が何を言っているのか分からなくなってしまった。脈拍が一度に跳ね上がって、近くに誰か居たら聞こえてしまうのではないかって思うくらいどきどきしている。
「し・・・仕方ないって分かっているの。でもやっぱり・・・」
彼女がそう思うのは当然だ。どうしようもないとは言え、何の関係も無い男性に自分の全てを見られるのはとてつもなく恥ずかしいというか、嫌なことに違いない。
僕は彼女の心を思うとそっと目を閉じた。そして目を閉じたまま髪を洗い、身体を洗い、そして湯船につかり、身体を拭いた。
結局目をしっかりと開けたのは、パジャマにしているスエットを全て身につけてからだった。
「ありがとう、良美さん」
彼女の感謝の言葉が何とも心にくすぐったかった。二人にとってそれはちょっとしたアクシデントだった。しかし大きな障害にはならない。特に葵ちゃんにとって、僕は本当に久しぶりに会話の出来るただ一人の人間でもあったから、尚更かも知れない。
僕達は眠る直前まで話を続け、眠りの世界に落ちたのは夜もかなり更けてからのことだった。
前書きであんなことを書きながら、はたして私はどこいら辺まで来ることが出来て居るのだろうか?千里の道も一歩から、とにかくボチボチ行こか。




