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たった六ヶ月のラプソディ  作者: ライトさん
12/28

女の子と病院

子ども頃から物語を読むのが好きで、何時か自分自身の物語も書いてみたい。そんな思いを抱いて早幾年。書き始めるのももの凄く難しいけれども、それよりももっと書き続けることは難しい。そしてそれよりももっともっととんでもなく終わらせることは難しい。

多くの方々が見事に物語を書き上げ、そして終わらせ切っておられること、本当に尊敬してしまいます。適うなら何時かそんな皆さんの仲間入りが出来たなら、そして誰かの心を満たすことが出来たなら、その時は私にとって最高の一時になる…なりますように!


 翌朝目が覚めた僕達は、食堂で朝ご飯を食べ、身支度を調えた後帳場にいるご両親のところに挨拶に行った。


「おはよう、もう出かけるのかい?」とお母さん。


「もう少しのんびりしていけばいいのにな」と言うのはお父さんだった。


「ごめんね、ちょっと寄るところがあるから」


僕は彼女の両親に向かって頭を下げると礼を言った。


「あの、この度は色々お世話になり、ありがとうございました。お風呂は本当に素敵で、ご飯も最高に美味しかったです」


そう言うとお父さんは嬉しそうに笑った。


「それは良かった、亮子のお友達さんなら大歓迎だよ。いつでも遊びにおいで」


「はい、でも今度はちゃんとお客さんとしてきますね」


本当は宿代を払うと言っていたのだけれど、だめだと亮子さんにしっかりと釘を刺されていたのだ。


お父さんは笑いながら頭を横に振った。


「だめだめ、そんなことじゃあ泊めて上げないよ。遠慮しないで大手振って遊びにおいで」


「・・・はい」


その時、亮子さんの手が僕の肩にぽんと触れた。


「もしかして良美ちゃん、父さんの言葉、社交辞令に取っているでしょう? 」


「・・・」


亮子さんはくすくすと笑った。


「うちの父さんがああ言ったら本当なんだから、お客さんとして来たりなんかしたらきっと夜中でも放り出されちゃうわよ」


「ええ?」


僕が本気で驚いていると、亮子さん達一家はそんな僕の様を見て大笑いしていた。


 それを見ているといつの間にか僕にまでその笑いが伝染してきてしまう。良い家族だな。僕はふと亡くなった母のことを思い出してしまった。


「さて、いつまでもこうしていても仕方ない、そろそろ出かけるわね」


亮子さんが和んだその場に区切りをつける。


僕はもう一度深々と頭を下げて礼を言った。と、その手に紙袋が押しつけられる。


「こちらには大した物もありませんが、良かったら食べて下さいね」


とお母さん。彼女は同じ紙袋を亮子さんの手にも押しつけていた。


「これ母さんの?」


「そう、いつものお漬け物よ」


「わあ、嬉しい。私母さんの漬け物大好きだからなあ」


「なら早く帰ってらっしゃい」


「寂しい?」


「なま言っているんじゃないの。もう、いつまでも変わらないんだから」


軽口を言い合っているが、そこには深い親子の愛情が通い合っているのを感じた。


「それじゃあね、父さん母さん、元気でね」


僕はもう一度頭をぺこりと下げると二人で並んで宿を出た。ちらりと振り返るとお母さんが見送っている。僕は振り返るとまた頭を下げた。


「亮子さん、少しは振り返って上げたら?」


「良いの!あんまりそんなことしたら別れ辛くなるでしょう?お互い永遠の別れではないのだから」


そう言うと亮子さんはすたすたと駐車場に向かった。その目が微かに光っているように見えたのは気のせいだろうか?


 まだ朝早いからか、車のボンネットが朝露でしっとりと濡れている。

この季節だというのに車に乗り込むと僅かだがひんやりとしていた。

運転席に座る亮子さんはイグニッションを回そうと仕掛けてつと手を止めた。


「あの・・・」


彼女は何か言い出そうとして口ごもった。なんだかそんな様子がいつもの亮子さんらしくなかった。


「亮子さん?」


「・・・あの、本当はこんな事、あなたにお願いするなんて筋違いかも知れない。でも良美ちゃんだから頼みたいというか、あなたが何かのきっかけになるかもって思うことがあるの。だから今は黙って私に付いてきてくれる?」


普段の亮子さんが滅多なことでと言うか、まずもって僕に無理を言うことがない人だっただけに、そこまで言う彼女の思いが一体何なのか僕には不思議だった。

 でも僕には彼女の真摯な思いが自然に伝わってきていたから、黙って頷くことにした。


「・・・」


「ありがとう、良美ちゃん」


そう言うと彼女は、目をほんの少し瞬かせた後エンジンを始動させた。


 最初少し嫌々をしたエンジンだったが、直ぐに軽快に回り始めた。

例によってキビキビとした亮子さんの運転により、車は気持ちよく走る。


 ここに来た時と違って、今度通る道はかなり整備されている。どうやらこちらが本来通る道らしい。


 亮子さんの実家を出てから四十分ほども走っただろうか?車は少し大きな町に出てきた。

 車はその中に入り、とある建物の広々とした駐車場に停まった。


「亮子さん?ここって病院?」


彼女はこっくりと頷く。そして車を降りると僕の手を黙って握った。


 受付を通り、エレベーターに乗り、長い廊下を抜けるとそこは小さな個室の部屋だった。

部屋の扉には名札がある。


「立花葵」って、亮子さんの妹さんの名前じゃないか?


「亮子さん?」


しかし彼女は何も言わずに黙って扉を開けた。

そこにはベッドが一つだけ有って、一人の女の子が寝ていた。扉の位置からは窓の光が邪魔になってその顔はよく見えない。


「妹なの。半年ほど前に車との事故にあって、それからずっと目を覚まさないの」


そう言うとそれまで握っていた僕の手をそっと放した。


 そこで僕はゆっくりとベッドに横たわっている女性の方に歩み寄った。窓からの光がゆっくりと視線から外れていく。

そして初めて僕はその女性の顔を見た。


 似ている。本当に似ている。少しやつれて頬が痩けているけれども、僕が鏡を覗き込んだ時に、そこに現れる女の子そのものだった。


 僕はまじまじと覗き込んだ。そうやって見れば見るほど似ていると思えた。

いやもう似ているどころじゃない。そっくりなのだ。生き写しといっても良いだろう。


 ふと、僕は自分の足が震えて居るのに気がついた。足だけじゃない手もだ。

どうしたというのだろう?身体まで震えが来ている。それと共に目の前が何故かぼやけている。


「良美ちゃん?大丈夫?」と心配する亮子さんの声。直ぐ近くにいるはずなのに何故か遠くに聞こえる。


 目の前にある妹さんの顔が何故か二重に見える。

そこにある彼女の顔は、目を瞑っているはずなのに何故か開いて見える。ベッドに横たわっているはずなのに上から覗き込んでいるように見える。


「良美ちゃん?良美ちゃん?」


 亮子さんの声まで二重に聞こえる。

だめだ、何かに引き込まれそうな気がして気が遠くなる。助けて亮子さん、お願い亮子さん。助けてお姉ちゃん・・・。


 僕の意識はそこまでだった。その後僕は真っ暗な闇の中に引き込まれたようにして、無意識の中に埋没していったのだった。


「良美ちゃん?良美ちゃん?」


 あれからどれだけの時間が経ったのだろう?亮子さんの呼ぶ声を聞きながらゆっくりと僕は目を覚ました。


「大丈夫良美ちゃん?」


僕が目を開くと、そこには心配の余り憔悴しきった亮子さんの顔があった。


「ん・・・」


僕はそう言うとゆっくりを身体を起こそうとした。いつのまにか病院のベッドに寝かされた居たらしい。


「無理しちゃだめよ」


亮子さんはそう言って、僕が身体を起こそうとするのを押しとどめようとした。


「亮子さん、もう大丈夫だってば」


 まだ少し力が入らない気もしたが、何処も痛いところもないし、徐々に覚醒してくるに従って、僕は元気を取り戻しつつある。


「私・・・どれくらい意識を失っていたの?」


「ほんの三十分ほどかな?」


 ふと男性の声がするので振り返ってみると、年配の医師の姿があった。

それを聞いて僕はほっとした。何故なら今日一日を過ぎると僕は女の子の姿で居られなくなるに違いないからだ。


僕は亮子さんの手をゆっくりと脇によけ、ベッドの上で身体を起こした。


「ねえ、亮子さん、もう大丈夫だから帰ろうよ」


「でも良美ちゃん」


そう言うと彼女は医師の方へ振り返った。


「まだ詳しい検査をしたわけではないから何とも言えないが、疲れから来た貧血か何かだと思うがね。いずれにしても近いうち一度精密検査をした方がいいかもしれない」


 亮子さんは医師のその説明を不安そうな面持ちで聞いている。

僕はそのままここに居座ることになるのを恐れて更に話しかけた。


「ねえ亮子さん、帰ろうよ。帰りたいよ」


僕はすがりつくような思いで亮子さんにそう訴えかけた。

亮子さんは医師に視線を向けた。


「本当は一日二日様子を診てみた方がいいのだけども・・・」


僕はそんな医師の言葉を制するように言った。


「お願いだから亮子さん、帰ろう、帰りたいよ」


 彼女は僕の切なる思いを聞き届けてくれたのだろうか?一瞬唇をかみしめたかと思うと頷いてくれた。


「分かった、良美ちゃん。連れて帰ってあげる。でも後ろの座席で静にしているのよ?」


僕は一も二もなく頷いた。


「先生、彼女が強く望むので連れて帰って上げようかと思うのですが、何か注意した方が良いこととか有りますか?」


彼女がそう聞くと、医師は肩をすくめるなり言った。


「今現在は気分が悪いとか痛みがあるといったことはないようだから、多分何も問題は無いでしょう。まあ敢えて言えばこまめに水分補給をしながらって言うことくらいかな?」


亮子さんは彼の言葉に頷くと僕に向かって言った。


「じゃあ準備してくるから少し待っていてくれる?」


 そこで僕は改めてベッドに横になった。そんな僕に医師がいくつか検査を施した。

血圧や胸やお腹の聴音、それにいくつかの問診をされた。


「食事は美味しく摂れている?」


「はい、今朝もたっぷりと頂きました」


「最後に生理のあったのはいつ?妊娠の可能性は?」


 当然といえば当然なのだけど、いきなりの質問に僕は狼狽した。ほとんどしどろもどろの状態になりながら僕は返答した。


「に、妊娠の可能性はありません」


 僕はそれだけ言うのが精一杯だった。多分顔は真っ赤なリンゴのようだったろう。

その時の僕は、医師のことが本来の自分と同じ男性であるにもかかわらず、なんだか疎ましいと感じてしまった。


 なんと言えばいいのだろう?自分自身も男であるにもかかわらず、なんだか少し男性のことを怖いと思ったのかも知れない。


「お待たせ」


そう言いながら亮子さんが戻ってきた時には、僕は頭から布団を被っていた。


「どうかしたの?良美ちゃん?」


彼女は心配そうに声をかけてくれた。


「うううん、何でもない」


僕はそう言うと布団から顔を出し、ベッドから降りようとした。


「大丈夫?」


素早く亮子さんが手を貸してくれる。


「うん、もう全然何ともないよ」


口ではそう言うもののまだ足に力が入らない。


「車椅子借りてきているからこれに乗って」


 何とも用意が良い亮子さんだ。はじめは断ろうかと思ったのだけれど、力の入らない足を見つめながら言葉に甘えることにした。

亮子さんは僕を乗せた車椅子をゆっくりと押した。


「ごめんね、私が無理言ったばっかりに」


背後から亮子さんの申し訳なさそうな声がした。


「それは違うよ亮子さん。ここに来たから気分が悪くなったとか、疲れが溜まっていたとか、そう言うことじゃないんだと思う。自分でも何が何だかまだよく分からないのだけど、でも亮子さんのせいではないことだけは確か。お願いだから自分のせいにはしないで下さい」


 車椅子の動きが止まった。僕は気配を感じて後ろを振り返った。

そこでは亮子さんが声を殺して泣いていた。


「亮子さん・・・?」


いつも元気な亮子さんが顔をくしゃくしゃにして泣いている。


「・・・私ね、妹があんな状態になっていて、その上良美ちゃんまで失ってしまうのかと思ったら、もうなんだか怖くて怖くて」


僕は手を伸ばすと彼女の腕を取り、その手をそっと握った。


「大丈夫だよ亮子さん、そんなことにはならないから・・・」


 別に何の確信があるわけでもない、しかしそのときの僕にはそう言わずにはいられなかった。

ぎゅうっと握り返してくる亮子さんの手。とても暖かだった。


「ところで妹さんは?」


僕は気にかかっていたことを聞いた。


「せっかく妹さんに会いに来たのに、私のせいで妙なことになってごめんね」


「そんなことは気にしないで、葵はいつも通りだった・・・。だから何も気にしないでね」


「うん・・・」


「さあ、いつまでもこうしていても始まらないわね。行こうか?」


亮子さんは握る手に一瞬ぎゅうっと力を込めたかと思うと放し、また車椅子を押し始めた。


 駐車場に置いてある彼女の車のところまで来ると僕は車椅子を降りた。

先程よりは随分体がしっかりとしてきた気がする。


「うん!大丈夫だよ亮子さん」


 そんな僕の姿を彼女は嬉しそうに見ている。でも車に乗り込む時に手を貸すことは忘れていないようだ。


「じゃあ車椅子返してくるわね」


 そう言うと亮子さんは車椅子を病院に返しに行った。

彼女を待つ間、車の窓を開け放って外の空気を吸う。自分でも何故あんな風になったのか分からない。


 ただあの時感じたのは、本来一人であるはずの自分が、なんだか二人いるような気がしていたと言うことだった。

ぼうっとしている間に意外と時間が流れていたようだ。


「お待たせ」


いつも間にか亮子さんが戻って来ていた。


「あ、亮子さん、そう言えばここの病院の支払い・・・」


「それは心配しないで」


「心配しないでって、だめだよ亮子さん」


運転席に座った彼女は後ろの座席にいる僕の方の振り返ると言った。


「あの先生ね、父の昔からの知り合いで葵の主治医なの。良美ちゃんが倒れたのがたまたま先生の回ってきてくれていた時で、一応診るには診たけれども投薬も何もしていないし、別にいいよって言ってくれたの。多分病院には内緒ってことなんだね?」


「そうなんだ」


「でも一緒に居た看護師さん達には空きのベッドを借りたりしてお世話になってしまったから、挨拶に行っていたのよ」


「そうだったんだ、迷惑かけてごめんね亮子さん」


「め、迷惑だなんて思っていないから・・・」


そう言いながら彼女はエンジンをかけ、車をスタートさせた。来たときに比べて随分慎重な動きだ。


「大丈夫良美ちゃん?しんどくない?」


「うん、全然。ちっともしんどくないよ」


「良かった」


 そう言うと彼女は少しずつ車の速度を上げた。でもその扱いの中に僕への気遣いが痛いほど含まれているのを感じた。


前書きであんなことを書きながら、はたして私はどこいら辺まで来ることが出来て居るのだろうか?千里の道も一歩から、とにかくボチボチ行こか。

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