三:痺れイチゴとラズベリー
しゃわわわー
ブリキのジョウロから柔らかに弧を描いて水が飛び出る。
鮮やかに咲き誇るペチュニアの群生地。
「綺麗だね」
思わずぽつりとつぶやくと、ペチュニア達は微かに嬉しそうに葉を揺らした。
「庭園の魔女、か。」
昨日の出来事を思い出す。
…
「あの、貴女が狼から僕を助けてくれたんですか?」
「まあ、直接的にはそうですね」
「直接的?」
きゅー!きゅー!
傍らでペシェが飛び跳ねた。
「ふふ、ペシェが教えてくれました」
きゅー!(えっへん)
桃色の鳥は誇らしげに胸を張った。
それが少し可笑しくて笑ってしまう。
「そうか、ありがとな」
よしよし、嘴の下を撫でてやるとペシェは気持ちよさそうにする。
「それと‥森が教えてくれたのです」
「…?」
「自己紹介がまだでしたね、この店《木漏れ日の住処》の店主、サラファンと申します。」
「サラファン‥さん」
「サラでいいですよ。あなたのお名前もお聞かせ願えますか?」
「あッ!すみません、リタといいます!助けて頂いてありがとうございました。」
「リタ‥」
じ‥っとエメラルド色の瞳に見つめられて心臓がどきりと跳ねた。
とてもきれいな女性だ。
「あなた、しばらくこのお店で働きませんか?」
「え?!」
「この店を探していたんでしょう?」
「あ‥それは‥え!?なんでそれを?」
なにかあればとにかくここに向かうように。そういわれて育った。
なぜこの人は知っているんだろう。怪訝な視線を送ってみたが、
ふふ、と彼女は微笑むだけだった。
「きっと気に入りますよ、あなたしかできない事も多いはずです」
たしかにもう帰る場所はない。
あの温かい我が家はもう‥
「でも僕、土をいじることしかできません」
「まあ大歓迎です!」
手のひらを合わせてサラは首を傾げ再度微笑んだ。
きゅー!!
「あら、ペシェ。嬉しいのね」
きゅっきゅるるる!!
「ぐえっ!ちょ‥!」
ペシェは再び僕に飛び乗り、頬ずりをする。
「部屋はこのまま使って下さい。明日は午前中に起きて中庭のペチュニアに水をやってくださいね」
「あ!あの!」
なんとか桃色のもこもこから這い出し、
「ありがとうございます!」
すでにドアを開けていた彼女は振り向いて、
「ええ、もう痺れイチゴなんて食べてはいけませんよ」
‥
「あーーーーーーー!!」
僕の回想は唐突な大声によってかき消された。
「え?」
「いた!君が痺れイチゴの子ね!」
振り向くとラズベリー色の髪の毛をした女の子が立っていた。
束の間、彼女は跳ねると常人ならありえない距離をぴょんっと飛び跳ねる。
僕は唖然とした。
「ちょっと話、聞かせてもらえる!?」
気が付いたら視界がラズベリー色に染まり、目と鼻の先に深紅の瞳があった。