一:魔女との出会い
世界樹の加護の下にある世界、クレサンヴィール。
この世界の者たちは、その手に「宿り種」を握りしめて生まれてくる。
それは実に様々な形、色、大きさをしており、人々が成長するにつれて、その種もまた芽吹き、葉を茂らせ、花を咲かせるものもあれば、実をつけるものもある。
人が一生を終えるとき、人生に寄り添った植物もまた、世界樹のもとに還り運命を共にするのだ。
庭園の魔女は言った。
「その子がどんなに孤独を感じても、いつかそれに気づき、耳を傾ければ乗り越えられることでしょう。」
・・・・
ぐぎゅるるるるる。腹が切ない音を立てた。
「…お腹がすいた。」
僕の呟きは頭上の木が風に葉を揺らす音にかき消された。
もう何日もまともな食事をとっていない。
唯一の持ち物である麻布のカバンを隅々まで確認したけれど
見つけたのは食べ物は昨日見つけた野イチゴ2粒。
しかも潰れかけだ。
「これを食べたらまた歩き出さないと。」
今日中に目的地に着かないといよいよ命が危うい気がする。
大事に野イチゴを味わい、立ち上がろうとした時だった。
「あ、れ・・?」
脚に力が入らない、いや、体中の力が抜けていく。
ぶわり、全身から冷汗が噴き出した。
「なんだこれ・・ッ」
ガサガサッ
「?」
近くの茂みが揺れた、そして現れたのは一匹の痩せた狼。
「なんで・・?こんな・・昼間に狼が・・」
グルルル、と低い唸り声をあげ、牙を剥き出しながら狼は近づいてくる。
「見れば、わかるだろ!僕を、食べたって、美味しくない・・・ぞ」
なんだ?急に口が動かしにくくなった気がする。
まずい、逃げなきゃ、がむしゃらに四肢を動かしてみたが痺れは増すばかりだ。
「・・ッ!??」
助けを呼ぼうと叫ぼうといた、が、声が出せない。
喉からヒューっと空気が出るだけで、
普段どうやって話しているのか分からなくなった。
その間、狼はこれ幸いとゆっくりと僕に近づき、
牙の間から涎を垂らしはじめた。
獣特有の生臭い吐息がすぐそこまで迫ってくる。
「(ああ、もうだめだ。父さん、母さんごめん・・!)」
狼が僕に飛びかかろうとしたのが見えて、ぎゅっと目を瞑った時だった。
「あら、狼を目にして無抵抗なんて、珍しい方ですね」
やわらかい声と共に、微かにリコリスの香りがした気がする。
そこで僕の意識は深く沈んでいった。