それから
そこからは、怒濤の展開だった。
カミンの鷹を使って、ローゼンが騎士団を呼び、無事に誘拐犯達は連行され、ミルミッド侯爵は地下牢へ。アザレアは直接的関与がないため、侯爵家で軟禁された。
学園内でも、ミルミッド侯爵家の噂が飛び交い、反リリアンヌ派は瓦解。
そんななか、オカメの下は本物だと囁かれているものの、当の本人はオカメ装備の変わらぬ姿で過ごしている。
「本当に、オカメさんが拐われたって聞いた時は生きた心地がしませんでしたよ」
「まさか、私達が去った直後にあんなことが起こるなんて……」
オカメを愛でるお茶会である、オカメお茶会の新メンバーのメイルードとジュリアが溜め息混じりで話す。それに対し、リリアンヌは大きく頷いた。
「私が知ったのなんて、全部終わった後よ? 本当に信じられない! 今日はぜーんぶ、話してもらうからね」
「全部って、どこからかしら……」
「ベルリンが知っていること全部よ」
イザベルは思い出すかのように一度瞳を閉じた。
「えっと……何で誘拐をしようとしたのかと言うとね──」
ナナセ達は元々、ミルミッド侯爵家の騎士として勤めていた。だが、実力は評価されず手柄は横取りされ、面倒事や失敗ばかりを押し付けられる。
挙げ句の果てに命じられたのが、娘であるアザレアの誘拐。彼等は悩んだ。逆らえば、あるはずのない罪を作られ、従えば犯罪者となる。
そこで、ミルミッド侯爵家を裏切る道を選択した。もともと恩なんて感じていなかった為、躊躇いなどなかったのだ。
「ふーん。酷い雇い主だとそうなるんだ。ブラック企業じゃん。勤め先ってやっぱり大事なんだね」
「ブラック企業って何ですの?」
「人を使い捨てる勤め先のことだよ。ねぇ、何で侯爵はアザレア様を誘拐するなんて計画を立てたの?」
「ご自身の娘を誘拐するなんて、正気とは思えませんわ」
「……反リリアンヌ派が原因じゃないですか?」
メイルードの言葉にイザベルは大きく頷いた。
ミルミッド侯爵が自身の娘のアザレアの誘拐を企てたのは、娘の失敗が原因だった。
反リリアンヌ派という名の反イザベル派をアザレアが発足したことで、ミルミッド侯爵の社交界での立場は悪化の一途を辿っていた。
マッカート公爵は国の中枢人物であり、後継のユナイは優秀で、直に留学を終えて帰ってくる。娘のイザベルも評判は悪かったが、最近は変な噂はあるものの大人しくなった。加えて、次期皇帝の婚約者である。
それに対し、ミルミッド侯爵家は野心的ではあるものの、黒い噂が絶えない。
学園内のことと云えど、それは未来の社交界の縮図。どちらの家につくかを皆が天秤にかけた。
その結果、ミルミッド侯爵に付いてくるのは自身よりも身分の低い、目先の利益に飛び付いた貴族のみ。侯爵以上の家格を持つ家からは敬遠された。
更に、大手の取引先からの契約は白紙。理由は次期皇帝となるルイス殿下の不興を買ったこと。これにより、ミルミッド侯爵家は財政にも打撃を受けた。
ミルミッド侯爵は、ルイスの婚約者にアザレアを……と動いていた。だが、見逃されていたはずだった。ならば、原因は何か。
そう考えた侯爵の怒りは全て、実の娘へと向かった。
「アザレア様を誘拐するなんて、侯爵にとっては何のメリットもないじゃない」
「それが、愛娘を誘拐されたことで周囲の同情を引きつつ、ルイス様の怒りを買った娘をいなくすることでご機嫌が治ると思ったみたいなのよ」
「うわっ、最低。糞にも程があるんだけど」
ジュリアとメイルードがうんうんと頷く。
「誘拐した後はどうなさるおつもりだったのですか?」
ジュリアの質問にイザベルは懸命に言葉を探したが、何と言えば良いのか、見つからない。
「まさか、売ろうとしてたとか?」
何も答えないことが答えだった。
リリアンヌの頬は引き吊り、ジュリアは目を見開き、メイルードは目を伏せた。
「隣国の娼館だそうよ。前金だけでもそこそこの額だったみたい」
アザレアは確かに憎い。だが、誰もそのようなことを望んではいなかった。真っ当に罪を償うことを願っていた。
「それで、アザレア様はこれからどうなるんですか?」
「リルハルトの森に行かれることになるわ」
「リルハルトの森ですか……」
そこは高位貴族が罪を犯した時に連れられていく場所で、周りにあるのは木々のみ。住む家はあるものの、お嬢様暮らしをしていたアザレアからしたら小屋のようなものだろう。
「思ったよりも重い罰ですね」
メイルードがそう呟けば、リリアンヌは首を傾げ、イザベルは苦笑いを浮かべた。
「アザレア様も死刑じゃないことが奇跡じゃない? 殿下ってあれだしさぁ」
リリアンヌの予想は当たっていた。イザベルが必死に止めたのである。アザレアの死刑もナナセ達の死刑も。
(実に骨が折れたものじゃ。死者が多く出るところじゃった。まぁ、われもリリーがアザレアの死を望んでおらぬと知らねば、命をもって罪を償わせたがのぅ)
「それにしても、ミルミッド侯爵はなんでこんなき杜撰な計画を立てられたのでしょう」
「それだけ追い詰められてたんじゃないの?」
皆が首を捻るなか、イザベルだけは遠い目をしていた。
(まさか、ルイス様が既に破滅まであと一歩のところまでにしておったとはのう。侯爵も馬鹿なことをしおったが、追い詰められた人間は何をしでかすか分からぬ、ということじゃな)
その侯爵は近いうちに死刑が確定している。ミルミッド侯爵家はお家取り潰しである。
「まぁ、悪いことはしちゃ駄目だってことだよね。実行犯はベルリンの家で雇うんだって?」
「ええ。事情が事情ですし、腕が立つ者もいらしたので。ただ、一人だけ騎士を辞めたわ」
「天下のマッカート公爵家に勤められるのに、辞めちゃうんですか? 勿体ないと思いますけど」
「一緒にいたい人がいるそうよ」
亜麻色のポニーテールを思い出し、イザベルは瞳を細めた。




