俵担ぎにされまして
馬車の足元に二人が転がされれば狭く、アザレアから放り込まれたので、アザレアの足の上にはイザベルの体が乗っている。
「重いですわ……」
そう言いながらイザベルの方へと顔を向けたアザレアは息を呑んだ。悪い意味で。
眼前のオカメ。アザレアにとっては恐怖でしかない。
そんなアザレアの顔がひきつっているのを、イザベルは誘拐されている恐怖から来ているものだと結論付けた。
そして、アザレアの上に乗っていることなどお構いなしに、イザベルは起き上がると座席へと座った。手足を縛られているにも関わらず。
座席へと腰を掛けたイザベルは、足元にアザレアが転がったままであることを気にもせず思考の海へと沈んでいく。
(ふむ。今回の誘拐の目的はわれではなく、アザレアかのぅ。ということは、ミルミッド侯爵家への恨みか。
……護衛がおるはずじゃが、何故誰も来んかった? 確かに格別に強い者もおった。じゃが、門番はどうしたのじゃ?)
内通者がいたのか、ミルミッド侯爵家の護衛や門番を勤める騎士のレベルが低いのか。はたまたミルミッド侯爵が手配した者か……。
(内通者がおる、が妥当かのう。仮にそうならば、ミルミッド侯爵家は脇が甘い。内通者が誰かを理解した上で利用するくらいせねばならぬわ。
もし、侯爵が手配した者ならば娘を切り捨てた、ということじゃろうか。糞侯爵と言っておったが、どのような意味での糞なのか……)
考えても答えは出ないものの、イザベルは予測を立てていく。
どのくらい、そうしていただろうか。ガチャリ、と馬車のドアが開く。開かれたドアからは青々とした樹木が見えた。
「お疲れ様ー。一端、降りるよ! って、あれ? なんでお面ちゃんは座ってるの?」
先程の戦いでナイフを使っていた男が首を傾げながらイザベルへと話しかける。
その仕草はとても可愛らしいもので、小柄なこの男には似合っている。
「お面ちゃんではなく、イザベルですわ。あと、この面はオカメでしてよ」
「そうなんだ。僕はクウだよ。よろしくね、イザベルちゃん」
亜麻色のポニーテールの髪を揺らしながら、ダークブラウン色の瞳を細めてクウは笑う。
その話し方は初対面の人に接するものではなく、まるで親しい友人と雑談でもするかのようだ。
「イザベルちゃんも、アザレアちゃんも、さっさと降りてね。って、足も縛っちゃったから無理か。僕ったら、気が付かなくてごめんね。
カイー、この縄って外してもいいかな?」
「赤髪はいいが、お面は駄目だな。逃げられるかもしれん」
カイと呼ばれて、濃紺の短髪に糸目の大柄な男が近くに来た。斧使いの男である。
「えー。じゃあ、抱っこするの?」
「……それは、初対面の女性には失礼だな」
「初対面じゃなくてもアウトだって。うっかり、おっぱいとか、お尻とか触っちゃったら可哀想じゃん。僕はラッキースケベ大歓迎だけどさ、女の子は嫌だろうし。そうだよね?」
イザベルとアザレアに向かってクウが言った時、彼の頭をバシリと暗褐色の髪に深緑の瞳を持つ剣使いの男が叩いた。
「あんまり、ナナセさんを待たせるな」
そう言うや否や、面倒くさそうに右肩にイザベル、左肩にアザレアを俵担ぎで運んでいく。
「あぁ!! ラッキースケベ! リクばっかりズルい。僕、アザレアちゃん好みなのに」
クウが後ろからピョコピョコと付いてくる。
(てて手テて手が背中に、お腹が肩に乗っておるぅぅぅ。近いんじゃ、近過ぎるのじゃ。うぁぁぁぁぁ……)
イザベルは担がれたことにパニックを起こしながらもアザレアと共に運ばれていく。
オカメの下の顔は赤く染まることはなく、血の気が引いて青白くなっていたのだった。




