イザベルとミーア
身支度の間、イザベルは色々と会えない理由をミーアにあげてみたが、その全てを却下された。
そして、半ば引きずられるかのように応接間の前までやってきた。
「ねぇ、やっぱり……」
「なりません」
ピシャリと言われてイザベルは首をすくめる。その光景につい昨日までのイザベルを知る使用人達は皆、自身の目を疑った。
「それは分かったのだけれど、やっぱり露出し過ぎだと思うのよ。それにもう少し地味なものが良いって言うか……」
「イザベル様自身でご確認された通り、それが一番華美ではありません。
そんなに気になるのであれば、後でデザイナーを呼びましょう。今のご趣味に合うものを作ればよろしいのでは?
とにかく、今は時間がありません。我慢なさってください」
「……はい」
(はぁ、せめて面があれば少しは違ったものを)
声には出さないもののイザベルは心の中で呟いた。
「では、私はこれで失礼致します」
「えっ! ミーアは一緒じゃないの?」
「私は皇家の方々の御前には出られません。中には私よりも優秀な先輩達がいますので、ご安心ください」
「そんなぁ……。私にはミーアが一番なのに」
まさかの評価にミーアは目を瞬かせ、少し困ったように笑う。
「イザベル様がお望みならば、私もメイドとしてもっと学び、いつでもお側にいられるよう努めますよ」
冗談っぽく言ったミーアの言葉にイザベルは目を輝かせた。
「絶対に、絶対よ。ミーア感謝するわ。ミーアの主人として誇ってもらえるように私も頑張るわ!」
「……あなたは誰ですか?」
「えっ? 何か言った?」
思わずミーアは呟いたが、イザベルには届かなかったらしい。そのことにホッとしつつ、小さく首を振る。
「いえ、何でもありません。
ほら、殿下がお待ちですよ」
そう言いながら、ミーアは応接室の扉を叩く。
すると、中から執事の声がし扉が開かれた。
「イザベル様、おかえりをお待ちしていますね」
ミーアが微笑む。それは、イザベルの記憶が戻る前を含めて、初めての柔らかい表情だ。
それに対し、イザベルもくしゃりと笑った。平安姫としてはこんなに表情を表に出すのは失格だろう。
それでも、そんなことはどうでも良くなるくらい嬉しかったのだ。
「ミーア、貴女が私の専属メイドで良かったわ」
去り際にそう言い残し、目の前の扉が閉まった。
思わず、扉に背を預けてミーアはしゃがみ込む。
「イザベル様……」
(今まではお給金が良ければよかったけど、信頼されるってこんなに嬉しいことだったんだ。一度この気持ちを知ったら、もう前のように接しられたら耐えられないかもしれない。
もう、イザベル様が誰かなんてどうでもいい。どうか、このままのイザベル様でいて……)
非現実的な思考なのは分かっていても、イザベルが別人になったのだとミーアは心のどこかで確信めいたものを感じた。
そして、そんな主人に今度こそ誠心誠意お仕えしようと決意する。
(まずは、イザベル様がお戻りになった時に一息つけるようなハーブティーを用意しよう。それで、お茶を淹れるのが上手な先輩に教わらなくっちゃ!)
ミーアは立ち上がり、駆け出した。本当はこんなに急ぐ必要はないのだけれど、イザベルのために何かしたいと思ったのだ。
「ミーア、走るんじゃありません」
先輩メイドに注意され、慌てて走るのを止めたが、その足取りは軽かった。




