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執着と言う名の呪い



「また、呪いかのぅ……」


 自身の身体にできた赤黒く乾いた血のようなアザを見て、彼女は溜め息混じりに呟いた。その瞳は何の感情も映していない。


「毎度毎度、ようやるわ。早急に陰陽師(おんみょうじ)殿を招かねば」


 (誰でもよいから、帝の許嫁を代わってくれぬかのう。こんなに呪われるなど知っておったなら、どんな手を使(つこ)うてでも縁談なぞ……。

 いや、無理じゃな。帝の(めい)(そむ)くなど出来るわけがない)


 小さく溜め息を吐き、人を呼ぶために声を出そうと息を吸い込んだ瞬間、大きくむせかえった。

 手で口を押さえれば、鮮やかな赤が手から(こぼ)れ落ちる。


 (これは……ちとまずいかの)


 自身が呪われているというのにどこか他人事のように思いながら、彼女は小さく笑う。


 (これで今度こそ楽になれるやもしれぬな)


 幾度にもわたる暗殺未遂と呪いで彼女は疲れきっていた。帝の許嫁になってから5年。呪われていなかった日の方が少ない。

 お陰で常に体調が悪く、もう死んでもいいとさえ思えていた。


 それでも彼女が生きようと思えたのは母がいたからだ。その母も半年ほど前に病で亡くなった。


 (母君がいぬ今、生きる意味も見つからぬ。ここで息絶えるのも悪くない)


 薄れていく意識のなかで、侍女の慌てる声が聞こえる。そして、目が覚めれば彼女はいつも通り布団で寝ていた。

 違うことは、この場に居るなどあり得ない帝がいて、彼女の手を握っていることだ。


「……な……ぜ…………」


 声は(かす)れ、身体に力は入らない。それでも帝がいるのだから、すぐにでも地に頭を下げなければならない。

 帝は天上人てんじょうびとであり、帝の御前で寝ているなんてあってはならないのだ。


 どうにか起き上がろうとする彼女を帝は動き一つで制止した。


「もう、助からぬ」


 静かな声で告げた帝の手は小さく震えていたが、瞳はしっかりと彼女を見詰めていた。


「……そ…………ですか……」


 小さな声で返した彼女は微笑んだ。それは、解放への喜びなのか、安心させるためのものなのかは、彼女にも帝にも分からない。


「ご迷惑……を…………」


 そう彼女が告げれば、帝はそれを遮るかのように彼女の額に2本の指を置き、彼の不思議な力を吹き込む。


「守れず、すまなかった。許してくれとは言わぬ。恨んでくれ」


 小さく彼女は首を振る。そして、かさつく(のど)を奮い起たせて言葉を紡ぐ。


「……貴方様は、いつもわれを守ってくださいました」


 許嫁になってからというもの命の危機が多かったが、陰陽師を派遣してくれたりと彼が常に気遣ってくれていたことを彼女は知っていた。


 (今回の呪いは今までのものとは違う。数多(あまた)の人を犠牲にしたのじゃろう。それは貴方様が気に病むことではない。償いの必要など、どこにもないのじゃ)



「いや、不幸にした。守れないなら手を伸ばすべきではなかった」


「いいえ、われは不幸などではありませんでした。貴方様の許嫁になれて幸せでした」


 本当は許嫁になってからはつらい日の方が多かった。それでも、彼の心が少しでも軽くなることを祈って彼女は嘘を紡ぐ。


 それがどんな結末を呼び起こすとも知らずに。彼の後悔を少しでも軽くしようと。



 (われのことなど忘れて、幸せを掴んでくだされ。それが、我が一族……父上の望み。

 ……でも、われも自身のために生きてみたかった。来世こそは愛するものと共に生きられるじゃろうか……)



 こうして、小夜(さよ)は死んだ。たくさんの命と引き換えに生み出された呪いによって。

 呪いに(むしば)まれた彼女の魂は輪廻(りんね)から外れ、二度と生まれ変われない筈だった。


 だが、彼女の魂は既に輪廻へと戻された。彼女の許嫁の不思議な力によって。



 その許嫁である帝は暫く無言でこの世を去った小夜を見詰めていた。そして、仄暗(ほのぐら)さを瞳に宿して彼女の左手を手に取る。


「小夜……。小夜の魂を輪廻から外されたのを戻すだけのつもりだったが、すまない。

 ……手離せぬ」


 そう呟き、彼は小夜の左の薬指の爪先に唇を落とした。

 そして、己の持つ全ての力を注ぎ込み、小夜の爪に菊の紋様(もんよう)が浮かび上がるのを眺めた後、彼は満足げに笑った。


 全身全霊で込めたものは、額に触れた魂を輪廻に戻すという小夜のための力ではなく、小夜を自分に縛り付けておくための力であった。


 この後、帝は忽然(こつぜん)と姿を消し、その姿を見たものは誰もいなかったという。









さぁ、次話から転生ですよ!

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