96.県《あがた》は転職する
界人によって、彼が助けた女達は、みな忘却された……はずだった。
しかし、例外が一人いた。
界人との連絡役をしていた美女……県だ。
彼女は今、就職活動をしていた。
都内にある、某テレビ局にて。
彼女は面接に来ていた。
県の前には、人事担当の人がいて、困惑の表情を浮かべている。
「えー……と、これは……なんてお呼びすればよかったんでしたっけ? ケンさん?」
すると椅子に座ってにこやかな笑みを浮かべている、県が……首を振って言う。
「県です。県、清美です」
「ああ、そうか……。ええと、県さん。あなたがこの【あるぴこテレビ】に就職したい、動機を教えてください」
あるぴこテレビ。
東京に本社のある、テレビ局だ。
全国区で放送されるほどの、大企業のひとつである。
「【長野神】を、追いかけたいと思っております」
「は、はぁ……? ながの、かみ……?」
ええ、と笑顔でうなずく県。
人事担当は、困惑しながら尋ねる。
「ながのかみ……とは、なんですか?」
「山神はご存じでしょうか?」
「ああ、今話題になってる……あれはまゆつばでしょう?」
いいえ、と県は微笑みながら言う。
「いるのです。神は。長野に。まゆつばの神ではなく、本物の神が……長野にいる。だから、長野神と」
人事担当は思った。
やべえ女が来たと。
(正直、お偉いさんの知り合いじゃなきゃ、面接すらしないところだったぞこんなやつ。まあまあ、ツラはいいがな……)
人事担当の上司から、この県という女をいれてほしいと、頼まれたのだ。
あるぴこテレビの、局アナになりたいらしい。
「私はこのあるぴこテレビに入ったら、長野神のご活躍を、日本に、世界に、広めたく思っており、就職を決意しました」
(どう見てもやべえやつです、本当にありがとうございました!)
いくら、お偉いさんの頼みとは言え、こんな神とか言い出す頭のおかしな女を、入れるわけにはいかなかった。
帰ってもらおう、そうしよう。
「え、ええと……県さん? そういうのは、長野の地方テレビでやってはどうですか? ほら、あるでしょ長野県だけの地方局?」
「あります。でも全国区じゃないでしょう? 私がしたいのは、長野神さまの起こす奇跡を、世界中に広めたいのです!」
この女の目が、やばい。
イカレテル……本気でそう思った。
「そ、そうですか……で、では結果は後日郵送にて……」
「おまちください、池田村 琢郎さん……いいえ、イケタクさん?」
……人事担当の男、池田村が固まる。
「そ、そのあだ名は……どこで?」
「出身は大阪でしたね。そこでやばい大学サークルに所属していた。非合法な薬を使って地方から出てきた女の子達を眠らせたうえ、輪姦した。そんな過去がおありですね」
「!?」
ある。たしかに、池田村には、そんなことを、大学時代にしていたことがあった。
だが、それはもう葬られた過去のはずだ!
なぜ、この女が知ってるのだ!
「私ね……超能力者ですの」
「は……?」
「記者。かつて私は、そう呼ばれておりました。裏の社会で」
彼女は公安がマークしていた、練能力者のひとり。
記者。
公安の目が、見晴者ならば、公安の目をかいくぐり、殺しを成立させていた……いわば殺し屋側の目。
それが、この記者、県 清美だった。
彼女の能力は、少々特殊である。
しかしその能力があるがゆえに、界人の忘却の魔法が、きかなかったのだ。
まあ正確には、きかなかったというより、忘却されたあとに、彼女が能力を使って、思い出したのほうが正しいが……。
まあ、それはさておき。
「私の能力を使えば、どんな情報も拾い出すことができる。だから記者。あなたの非合法な過去も、あなたが隠してきた失敗ごとも、全部全部、私は知ってる。暴露できる」
池田村は、恐怖した。
この女……やばいなんてものじゃあない。
「私を雇いなさい、池田村。私がいれば、どんな人間の後ろ暗い過去も、スキャンダルも、すべて能力を使って暴くことができる。数字がほしくないの? 実績がほしくない?」
ここで断れば、池田村の過去は全部暴露する。
彼女は、そう付け加えた。
「…………」
イカレている。
こんな美しい見た目をしているのに、頭が完全に終わってる。
なにが超能力だ。
……しかし、彼女の言ってることがもしも本当だったら?
「選びなさい? 悪魔と契約するか? それとも……あなた一人で破滅の道を選ぶのか?」
……1時間後。
県はるんるん気分で、あるぴこテレビの外に出ていた。
「引っ越しの手配をしないとね。マンションどこがいいかしら……ああ、ショッピングモールが1階にある、あのマンションとか良さそうね」
彼女は、にぃ……と笑う。
「わかっております、飯山様。あなた様が平穏を望んでいることは、重々。しかし……しかし!」
彼女は狂った笑みを浮かべながら言う。
「あなた様はこの地上に降り立った、まさしく神なのです! 神の偉業は広く知れ渡らないといけないのです! 私はそのためなら、蒙昧な下民どもに、神の偉業を知らしめる、宣教師となりましょう!」
そのために、県は。
己の能力を使って全国区のテレビ局に入社した。
この力があれば、すぐに上へ昇り詰めることができるだろう。
「少し辛抱なさってください、飯山さま……いいえ、長野神さま……♡」
県 清美。
公安がマークしていた、レートSの能力者を、界人はまたしても、無自覚に仲間に引き入れていたのだった。
【★☆新連載スタート!】
先日の短編が好評のため、新連載はじめました!
タイトルは――
『伝説の鍛冶師は無自覚に伝説を作りまくる~弟に婚約者と店を奪われた俺、技を磨く旅に出る。実は副業で勇者の聖剣や町の結界をメンテする仕事も楽々こなしてたと、今更気づいて土下座されても戻りません』
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