82.病院の入院患者全員治療する
界人がうっかり、歩けない少年たっくんの足を治してしまった。
その数日後……。
たっくんの母が、界人のもとへやってきていた。
「ごめんっす……界人さん。お客さんかとおもって……」
なぎが買い物へ行って、その帰りにたっくんの母と偶然出会ったらしい。
界人はため息をつきながらも、居間へ母親をあげる。
「ありがとうございました。たっくんの足を治してくださり」
母親は頭を下げながら事情を説明する。
たっくんは幼い頃に交通事故に巻き込まれてから今日まで、足が動かなかったらしい。
長きにわたる車椅子生活を強いられていた。
そんなある日、界人と出会い、治してもらった。
「ありがとうございます、あなた様は神様です! これは、お礼です」
そう言って母親は貯金通帳を取り出して、界人の前に差し出す。
「いや、こんなもの受け取れません」
「しかしあなた様は奇跡のお力で治してくださいました。その対価はきちんと支払わないと」
「そんな金受け取れないです。持って帰ってください」
界人からすれば、大事にしたくなかった。ここで金を受け取れば自分の力で子供を治したと、認めたことになってしまう。
だから、受け取りたくなかった。
一方で……母親は別の解釈をする。
「ああ……なんて素晴らしいお方……」
「ふぁ……!?」
「凄まじい奇跡の力をお持ちになられていながら、それを使って弱者から金を巻き上げない……素晴らしいお心のもちぬしでございます」
ここまで感激するのには理由があった。
たっくんの母親は、【ふたつ】の問題を抱えていた。
医学ではどうしようもない問題に直面し、彼女は頼った。怪しげな、神をなのる男とその団体に。
……最終的にその男に、金をだまし取られた。そんな過去があったのだ。
だからこそ、神の力をもちながら、謙虚に振る舞う界人の存在に感動したのである。
「神様……実は、もう一つお願いがあります」
「お願い……?」
「実は事故に巻き込まれたのはたっくんだけじゃないんです。夫も……車の事故に巻き込まれ、植物状態になってしまったのです……」
交通事故のせいで、最愛の息子は歩けなくなり、夫はずっと寝たきりのまま。
こっちも医者からは、奇跡でも起きない限り快復は望まれないと言われている。
足よりももっとデリケートな、脳の障害だと言われている。
「お願いします……! 神様! どうかそのお力で、夫をお助けください……」
界人は目を閉じる。そして、大きくため息をついた。
「お帰りください」
「そんな! どうして……?」
「俺は、神様じゃあありませんので」
界人の返答は冷たいものだった。
しかしすぐに諦める母親ではない。
「おねがいします! もうあなた様に頼るしか無いんです! 安曇野にある総合病院に……」
「お帰りください」
「でも!」
「あんたがすがりつこうとしてる相手は……ただの世捨て人ですよ」
界人は肩をすくめて、冷たい調子のまま言う。
「たっくんが快復したのも、なんかの奇跡が起きたんでしょう。俺は無関係です」
「でも……でも!」
「証拠があるんですか? 俺が、たっくんを治したって。証拠」
……たしかに、ない。彼はただたっくんの足に触れただけだ。
「でも……それは神様が奇跡を使って治してくれたからで……」
「奇跡ぃ? 何言ってるんですか奥さん。令和の時代に、奇跡も魔法もあるわけないじゃないですか? まったく、馬鹿ですかあんた」
酷い言い方だった。たっくんの母親は悲しくなって泣いてしまう。
もう頼れるひとは他にはいない。そんな中で、神様をやっと見つけたと思ったのに……。
「なぎ、下まで送ってやりなさい」
「え、か、界人さん……は?」
「俺は………………寝る」
そう言って神……いや、世捨て人は寝室に入ってしまう。「……フェリ行くぞ」「……む? どこへ?」
たっくんの母親は落胆した。
せっかく奇跡を起こす神を見つけたと思ったのに……勘違いだったのだと。
★
たっくんの母親は一度自宅に戻り、安曇野(※松本市から車で1時間)の総合病院へやってきた。
夫の見舞いにやってきた……のだが……。
「し、信じられない!」「奇跡だ!」「嘘だろ!?」
なにやら病院が騒がしかった。
どうしたんだろう……と思って夫の病室へ行ってみたところ……。
「理恵……!!!!」
たっくんの母親……理恵は、驚きを禁じ得なかった。
そう、寝たきりだったはずの夫が……目を覚まし、立ち上がっていたのだ。
「あなた……! あなたぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
泣きながら夫にしがみつく理恵。
起きてる……勘違いじゃない。本物の、夫だ。
「なんで……? どうして……?」
「わからん。だが……なんかしらんが、病院の入院患者が、全員治ったらしいぞ」
「ええ!? か、患者が全員治った……!?」
理恵の夫のように寝たきりの者もいれば、脳腫瘍、癌など……。
様々な理由で入院していた患者、全員が、ひとり残らず健康体になったのだという。
「そんな……なんで全員が治って……」
そのとき、脳裏にひとりの男の姿がよぎった。
あの、世捨て人を自称していた界人だ。
「まさか……あのお方が……? 夫の名前とかがわからなかったから……病院の患者を、全員治した……」
そうとしか、考えられなかった。
彼にしか、こんな神の奇跡のような御業が、できるわけがない。
「ああ……神さま……いえ、界人さま……ありがとうございます……」
……その様子を、遥か上空から見つめる姿があった。
飯山界人である。
彼は理恵の推察通り、治す相手がわからなかったので、病院まるごと治癒魔法をかけたのだ。
「ま、誰かひとり治すより、神の奇跡で全員治ったのがいいでしょ。角が立たないだろうしよ」
『ふふ……あるじよ。吾輩は学んだぞ』
「あん? 何を学んだって?」
空中に浮いてるフェンリルが、背中に乗ってる主に、にやりと笑みを浮かべる。
『ツンデレってやつだろう?』
「……ちげがうっつーの。俺はただ、あのままほっとくのも、なんか寝覚めが悪かっただけだよ」
『ふふふ、ツンデレ乙。というのだろう、こういうとき』
界人はフェリの頭をぺんと叩くのだった。
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