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80.組織の社長は平穏を望む



 界人が現実にいる一方。

 都内某所。駅前の喫茶店あるくまにて。


 ユーチューZEN 光寺こうじこと、善光寺ぜんこうじ 全一ぜんいちは、人と待ち合わせをしていた。

 善光寺はサングラスをかけた状態で座っている。コーヒーを優雅に飲んでいると……。


「どういうことだ消去者イレイサー!」


 ばん! と目の前のテーブルに手をついて、女が叫ぶ。

 眼鏡をかけた、ロシアン美人だ。


「やぁアーニャ。久しぶりだね」


 びきっ、とアーニャと呼ばれた女の額に、血管が浮く。

 その瞬間、善光寺が持っていたカップがパキン! と割れた。


「おやおや」

「……その名前で呼ぶな。私は【演奏者プレイヤー】だ」


 はいはい、善光寺は苦笑しながら言う。

 そこへ慌てて、ギャルっぽい店員がやってくる。


「大丈夫ですかー? 火傷してません?」

「ああ、大丈夫だよお嬢さん。ちょうど飲み終わったところだったから」


 割れたカップには、先ほどまでコーヒーが並々入っていた。

 だが演奏者プレイヤーが能力でカップを割る瞬間、善光寺が中身を消したのである。


 善光寺、そしてアーニャも、どちらも錬能力者であり、どちらも組織の殺し屋だった。


 金髪のギャル店員が割れたカップを片付ける。


「新しいものをお持ちします?」

「いや、お構いなく」

「いやいや、持ってきますよ! ちょっと待っててくださいねー!」


 ギャル店員はいそいそとカウンターへと引っ込んでいく。「聡太くんブラックもういっぱーい」と奥にいた男のバイトの子にオーダーを出す。


 そんな風なやり取りを見て、演奏者は顔を怒りでゆがめる。


『……消去者イレイサー。組織を解体するというのは、本当なのか?』


 演奏者は向こうの言葉でそう語りかける。

 向こう、つまり、界人が行き来する、異世界の言語だ。


 彼ら錬能力者れんのうりょくしゃは、向こうの世界からこちらの世界に転生してきた人間である。

 向こうの言語を話せる人物もいる。善光寺も彼女と同じ感じでしゃべりだす。


『本当だよ』

『なぜだ!』


 演奏者が善光寺の前に座る。


『公共の場だよレディ。あんまり大きな声を出さないほうがいい。見晴者レイカーに捕捉される』


 見晴者レイカーとは公安の錬能力者の一人だ。


『私が対策をしてないとでも思ったか?』

『そうだったね演奏者プレイヤー……まあ君の怒りはもっともだ。しかし、頃合いだよ。異次元者アンノウンが出現したのだからね』


 異次元者アンノウン。界人のうわさはすでに、多くの錬能力者の間で有名になっていた。

 無敵の停止者ストッパーを倒した、異次元の化け物と。


『フリーの殺し屋たちも続々と廃業してる。うちの子も、ほら、分断者ディバインダー。彼もやめたよ、ほらそこに』


 善光寺が指さす先には……分断者がいた。

 さっきのギャル店員からレジ打ちの指導を受けている。


 演奏者は唖然とした。

 視界に入れたものを問答無用で切り捨てる、冷酷なる殺し屋。それが分断者だった。


 しかし今はどうだ。


「レジ、こうですかね、伊那いなさん?」

「そうそう! 波多はたさん飲み込み早いねぇ! 仕事ができてかっこいい!」

「え、そ、そうですかぁ……」


 ……あのギャル店員にほめられて、デレデレしてる波多はたこと、分断者。

 そんな姿を見て、演奏者の顔が怒りでみるみるうちに赤くなる。


『……錬能力者としてのプライドはないのか、あいつは!』

『そんなものより、大切なものなんてたくさんあるよ』

『そんなものとはなんだ消去者イレイサー!』


 にっ、と彼は笑うと、スマホを操作してみせる。

 写真には、善光寺と一緒に、きれいな女性と、幼い子供が映っている。


『家族とかね。君もたしかお姉さんがいただろう? ターニャさんだっけ。日本人と結婚して、今度子供が生まれるそうじゃないか。君もお姉さんのように結婚は……しないね。うん』


 その怒りの表情を見ればわかる。

 演奏者は、この現実全てに対して怒りを覚えていた。


 彼女は、前世をまだ引きずっているのである。


『私は向こう側の人間だ。ここで幸せになる気はない』

『そうかい。でもそう言ってもしょうがないじゃないか。向こうに、帰る手段は存在しないのだから』


 ぎり、と演奏者は悔しそうに歯噛みする。


『アーニャ……もうあきらめろ。異世界に帰る手段がない以上、君も、私も、ここで適応して生きていかねばならない』


 演奏者は一瞬頭が沸騰しかけるも、すぐに冷静になる。異世界に帰れない、厳然たる事実が、彼女の頭に冷や水を浴びせた。


『……だからって、組織を解体する必要はないだろう』

『あるよ。もう殺し屋稼業はもうからない。少なくとも異次元者アンノウンが生きてる限り……いや、死んだ後も彼の影響は残るだろうね』


 界人は、本当にたくさんの殺し屋たちから恐れられてるようだ。


『世界魔女ラブマリィと同等の力を持つ、賢者の孫。あのばあさん以上に、厄介な存在だよ。異次元者は』


 分断者、そして停止者。どちらも殺し屋の世界では、名の知れた強者だった。

 それがあっさりと倒されたのだ。殺し屋たちは恐怖を覚えた。


 自分たちより格上の存在を、瞬殺してみせた、界人の化け物っぷりに、震えた。


『ま、これからはユーチューバーだよ。我らの力を、殺しではなく、人を楽しませることにつかう』


 ギャル店員が「ねーね聡太君、あそこの席の人ってZEN寺光さんじゃない?」「え、だれですそれ?」「知らないの! ほら、ZUUKズークの!」「知らないですねえ」「えー! 聡太君日本人!?」とこちらを見て、ひそひそ話をしている。


 善光寺は微笑んで、ギャル店員に手を振る。


『これからは、平和に金を稼ぎ、平凡な人生を歩み、家族との幸せをかみしめながら、この星で死ぬ。それが我ら錬能力者の将来設計だよ。分断者《ディバインダ―》は、賢明だよ、ほんと』


 新米バイトの分断者。停止者はあろうことか、異次元者に恋をしたという。

 そして組織のトップは、組織を解体して、ユーチューバー1本で暮らし、家族を大事にして生きていく。


『……もういい。貴様には失望したぞ、消去者イレイサー


 演奏者は立ち上がると、善光寺をにらみつける。


『私は、別の組織を作る』

『ほぅ。別の組織』

『ああ。今の組織に所属する殺し屋たちのなかでも、私に賛同するものは少なからずいる』

『なるほど、社長のやり方に不満を抱いている社員を引き抜き、別の会社を立てるということか』


 ああ、と演奏者がうなずく。


『止めるなよ』

『まさか。だが、友人として忠告はしておくよ。死にたくなければ、異次元者アンノウンには、かかわるな』


 心からの、忠告だった。しかし演奏者はそれを聞いても、ふんと鼻を鳴らす。


『戦う前からあきらめるなんて。天下の消去者イレイサーも、弱くなったものだな』


 侮蔑のまなざしを向けられても、消去者イレイサー……善光寺は微笑みをたたえたままだ。


『ああ。私にも、守るべきものができたからね。君にもそういう人ができるといいね。わが友よ』

『……そんなものは、絶対作らん』

『そう? せっかくターニャお姉さんに似て美人なのにね』

『うるさい、殺すぞ』


 善光寺がニッ、と笑う。


『君に私は殺せない。その前に……私が君を殺す』


 ぶわ、と善光寺の体から魔力が吹き荒れる。だがすぐに収まった。

 演奏者は完全に気おされていた。


 ……こんなに強くて力のある善光寺でさえ、戦う前から、戦いを放棄する。


『……そんなに、そんなにも、異次元者アンノウンは、強いのか?』

『強い。間違いなく、世界……いや、歴代最強の錬能力者だ。神に挑むのは愚かだよ』


 神。殺し屋の停止者ストッパーも、公安の見晴者レイカーも、飯山界人をそう呼んだ。

 ゆえに、どちらも戦うのを避けた。


『あの神は、歴史を変えて見せた。長年この世界の暗部に存在した、悪の組織を、壊滅に追い込んだのだから。相当の実力者だよ、彼。すごいなんて次元を超えてる』


 ゆえに、異次元者。……まさか敵組織のボスから、ここまで称賛されているとは、界人は知らないだろう。

 演奏者は一瞬怯える。だが、席を立つと、善光寺の前から姿を消した。


「さよなら、わが友よ。すまないね、私には、新しい家族が、守るべき存在がいるんだ」

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[一言] 社長さん、YouTubeにはワインの兄貴という破壊神がおるんやで!w
[気になる点] 分割っていう意味なら、ディバイドだからディバイダーだと思うんだ ディバインドはディバインの過去形? かつて神だったもの とかそんな意味だったらカッコイイね!
[一言] アーニャでは何とも思わないが、ターニャではアッチの顔が浮かんでしまう。 こっちの世界のターニャは空を飛びませんよね?
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