79.組織のボスは、殺し屋組織の解体を決意する
界人がシャトーブリアンを食べた翌日のこと。
都内某所。高級時計店にて。
一人の男が、時計店の前で立っている。
白いスーツに身を包む、細見で高身長の男。
亜麻色の髪をワックスでなでつけている。
「ねえ見て! あれって、ZEN様じゃない?」
「ほんとだ! ZEN 光寺だ! ユーチューバーの!」
店の前を通りかかった女性たちが、彼に気づいて黄色い声を上げる。
そう、彼の名前は善光寺全一。
今、日本のトップユーチューバーである。
大手事務所【ZUUK】に所属しており、日本で一番の登録者数を持つ、超有名人だ。
「あ、あの! ZEN様! 握手していただけますでしょうか!」
善光寺を見かけた女が、彼に握手を求める。
その前にスッ、と眼鏡をかけたスーツの女が立ち、
「申し訳ありません。彼は今、動画の撮影中ですので、握手はお控えください」
ZEN 光寺は今日、この高級時計店で企画動画の撮影中であったのだ。
ファンたちはあきらめて、帰ろうとする。しかし。
「里山辺くん。問題ない」
善光寺は微笑みながら、スーツ女に言う。
ファンたちの前に立って、頭を下げる。
「すまないね君たち。うちの秘書はちょっと頭が固いんだ」
ぱちんっ、とウィンクすると、女たちが頬を赤らめる。
善光寺は、見た目二〇歳くらいで、整った顔立ちをしてる。イケメン系ユーチューバーとしても有名なのだ。
「い、いつも動画見てます! ZEN様の!」
「あの消失マジック本当にすごいですよね!」
女二人が興奮気味に言う。善光寺は笑みを崩さないままで、ありがとうと言う。
「あれってどうやってるんですか?」
「気になるかい?」
「はい!」
ZEN 光寺は、元マジシャンという肩書でユーチューバーをしている。
彼の消失マジック動画は特に有名で、東京のシンボルを消して見せたことすらあった。
人々は言う。あれは動画で、エンタメだと。人を喜ばせるために、加工しているのだ、やらせだ、と。
「少し、やってみせてあげよう」
善光寺は手をのばし、手のひらを背後に向ける。
ショーケースの中には、たくさんの高級時計が陳列されている。
「よーく見てるんだよ」
彼は手のひらを左から、右へとゆっくりスライドさせていく。
すると、棚の中に入っていた高級時計が……。
「う、うそ!?」
「全部消えたぁ!!!!」
ショーケースの中の時計が、ひとつ残らず消失してしまったのだ。
彼は驚くファンたちに笑顔を向けて言う。
「サプラーイズ!」
ZEN 光寺が動画でマジックを見せる都度、こうしてサプラーイズといって驚かせる。これが動画のおきまりだった。
一方でファンたちはもう大興奮だ。
「すっごい! ZEN様!」
「動画のなかだけじゃなかったんですね!」
善光寺は悠然とうなずく。
「そう。私は世界一のマジシャンだからね。これくらいの消失は、朝飯前なのさ」
ファンたちは驚き、そして感心した。動画の中のZEN光寺は、いろんなものを消してみせる。だがアンチはやらせだと言って彼を否定する。
しかし今、ここで披露した消失マジックは本物だった。
すごいすごい、とファンたちが善光寺を褒めまくる。
「社長、そろそろ」
「ああ、そうだね里山辺くん」
時計屋の主人がバッグヤードから出てくる。
「おまたせしましたZEN様! ご購入の時け……ええええ!?」
ショーケースの中の時計がすべて消えおり、主人が目をむいて叫ぶ。
それはそうだ。店のものがなくなっていたのだから。
「店主、驚かせて済まない。すぐに戻すから」
そう言って、善光寺は今度は逆の手で、同じように空中をなぞる。
するとショーケースに、消えたはずの時計が元通り陳列されていた。
これには店主も唖然呆然。一方で、ファンたちは「「すごおおい!」」と大はしゃぎ。
三人の前で善光寺は手を広げて、きらんと白い歯を輝かせながら言う。
「サプラーイズ!」
★
動画撮影を終えた善光寺は、リムジンに乗る。
その隣には秘書の里山辺が座っている。
「社長。一般人のサルどもに、お力を披露する必要はなかったのでは?」
里山辺の瞳には、明らかに侮蔑の色合いが見えた。人間を、サルと呼ぶ。
「こらこら、一般人をサルなんて呼んじゃあいけないよ。たしかに、異世界人の君からすれば、現実の世界で生きる一般人たちは、下等な生き物に見えるかもしれないけどね」
そう、この善光寺、そして里山辺も、錬能力者。
異世界からこの現実に、転生してきた人間なのである。
「彼らは我らZUUKクリエイターのファンなのだ。動画を見て、愛してくれる人たちなのだから。こちらも愛してあげないとね」
ZUUKは、いま日本のトップユーチューバーのほとんどが、所属している。
そこの社長、善光寺 全一が、まさか錬能力者だとは、誰も知らないだろう。
動画の中で起きている、数々のサプライズ。
たとえば、大量買いの動画。たとえば、宝くじで1等を当てる動画。
……それらはいわゆる、【やらせ】だと思われている。
動画を見ている人たちから喜んでもらえるための、意図的に作られた演出だと。
しかし。
それがまさか、本当に魔法の力で行われているとは、誰も思わない。
そう、日本のトップユーチューバー事務所。【ZUUK】それが表向きの姿。
しかし真の姿は……。
公安に所属しない、多くの錬能力者たちを擁する……。
彼らが、【組織】とよぶ、グループであるなんて、誰も知らない。
しかし。
「社長」
「ん? なんだい里山辺くん?」
眼鏡の女……里山辺は、クールな表情を崩さぬまま言う。
「本当に、【組織】を解体なさるおつもりですか?」
組織の解体。つまり、裏の殺し屋稼業を、やめるということ。
「うん。やめるよ。だって停止者があっさり負けてしまったからね。異次元者に」
異次元者。つまり、飯山界人のことだ。
「あれは、化け物なんて次元を超えてる。全知全能の神だ。我々、錬能力者にとって。そして、殺し屋にとっては、脅威でしかない」
だから、と善光寺はあっさりと言う。まるで、今日の晩御飯を決めるかのような気楽さで。
「組織は解体。もう今後はユーチューブ一本だけで、食っていこう」
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