113.強い物は弱い物のために
界人はベヒモスのタイクーンを助けた(不本意)あと、別れを告げ、去っていった。
遺されたタイクーンはというと……。
「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」
二人の幼い兄妹が、森の中を走っている。
何度も何度も振り返る。
その先にいるだろう、凶悪な化け物から逃げるために……。
『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
森の木々をなぎ倒しながら、兄妹を追い詰めているのは、飛竜だ。
兄妹のあとを後ろから付いてくる。
「も、もうだめ……おにいちゃん……あたし……あっ!」
妹が転んでしまう。
兄は慌てて振り返り、妹のもとへ駆け寄る。
そこへ、飛竜がチャンスとばかりに襲いかかってきた。
兄は妹を守るため、両手を広げて壁になろうとする。
どがっ!
「うぎゃあ……!」
「お兄ちゃん! おにいちゃああん!」
兄は樹に背中をしたたかにぶつけて、倒れてしまう。
一歩も動けない状態の兄に、駆け寄ろうとする妹。
しかし飛竜は妹の背中を、足でわしづかみにすると、そのまま空中に飛び上がる。
おそらく、巣に持ち帰って、妹を味わうのだろう。
「かえせー! 妹を……かえせよぉお!」
悲痛なる叫びはしかし、化け物の耳には届かない。
飛竜は妹を連れ帰ろうとする……。
だが、どさり、と。
何かが地上に落ちた。
何だと思って、地上を見下ろそうとして……できないことに気づく。
「ぎしゃ!?」
飛竜は遅まきながら気づいたのだ。
……自分の首と胴体が、スパッと切断されていることに。
飛竜は切断された事実を目の当たりにしてから絶命した。
「な、なにが……?」
『無事か?』
ぬぅっ、と姿を現したのは、赤い大きな獣。
ベヒモスのタイクーンだ。
「わぁ! お兄ちゃんみて! おっきな猫ちゃん!」
もふっ、と妹が無警戒に、タイクーンの毛に抱きつく。
兄は恐ろしいモンスターの登場におびえつつも、妹が抱きついても、襲ってこないことから、少しだけ警戒心を解いた。
「あなたは……?」
『ベヒモスのタイクーンと申すもの。幼き子らよ、住処まで案内しよう』
どうやら命を助けてもらっただけでなく、家まで送ってくれるらしい。
素直に、はいそうですかとは言えなかった。
「どうしてぼくを助けるの? ぼくらは……人間なのに」
ふっ、とタイクーンは笑うと、ふたりの子供を自分の背中に乗せて、空をかける。
「わー! はやーい!」
まるで恐れる様子のない妹。
タイクーンとやらも、はじめから食べる気なら、とっくにやってるだろう。
そうしないのは、やはり不可解ではあった。
『簡単な理屈だ。わたしもまた、かつては弱く、人に助けてもらったのだよ』
「人に……助けてもらった?」
『ああ。そのとき、教わったのだ。強いものは、弱いものを助ける。そして弱いものは成長して、かつての自分がそうしてもらったように、弱いものを助けるのだ……と』
界人からは、そんなものを教わっていない。
ただタイクーンが勝手に、感じ取っただけだ。
「素敵……」
兄が感心したようにつぶやく。
『ぬしも早く大きく強くなって、同じ境遇の者を助けるが良い』
「そう……だね。うん、そうするよ!」
タイクーンは地上へと降りると、ふたりを村に送り届けた。
村の大人達は大層、タイクーンに感謝した。
「ありがとうございますじゃ、神獣様」
『神獣なんてそんな。わたしはただ、師の教えを実行したまで』
そこでまた、界人の善行(無自覚)が語られる。
おお、と村のものたちはいたく感心しきったようすで、何度もうなずきながら言う。
「素晴らしい考え方じゃ。我らもその、くれないの賢者さまの教えを、実行するとしよう」
界人が助けた命が、別の命を助け、そして彼の言葉(ねつ造)がどんどんと……。
この世界に広がっているのだが、本人は全く知らない。
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