105.異世界人の悩み
カイトが神達と戯れる一方……。
都内某所。
1kのアパートに、ひとりの練能力者(※逆異世界転生者)がいた。
彼女のコードネームは、指揮者。
殺し屋組織、ZUUKに所属していた殺し屋のひとりである。
指揮者の本名は、【アーニャ・プレセツキー】。
アーニャは木造アパートの中でゆっくりと目ざめる。
「…………今日、か」
アーニャがつぶやく。
壁にかけられたカレンダーには、【Xデー】と書かれていた。
「今日……やつを、異次元者を……」
そのときだった。
ピンポーン……♪
「…………」
彼女はゆっくりと立ち上がると、玄関まで行く。
ガチャッ。
「…………」
「アーニャ、久しぶりね」
そこに居たのは、今のこの姿と、似ている女だ。
ロシア人の見た目をしている女。
彼女は、【ターニャ・贄川】という。
「……なに?」
「あらあら、お部屋ぐっちゃぐちゃじゃないの。あなた~」
ターニャが一度部屋を出て、誰かを呼ぶ。
そこへ現れたのは、サングラスをかけた巨漢だ。
「お久しぶりでやす、アーニャちゃん」
このサングラスの、見た目ターミネーターのような男、名前を贄川次郎太という。
贄川は、ターニャの旦那。
つまり義理の兄に当たる。
「……何しに来たの? ふたりとも?」
「ん? お姉ちゃんが、妹のとこに様子見に来るのに、いちいち理由なんているの?」
姉がきょとんした顔で言う。
……その顔に、家族ぶる姿に、アーニャはとても不快感を覚えた。
「……帰って。あたしは、やることがある……」
「あなた、お掃除大作戦よ! アーニャちゃんのお部屋を綺麗にするのっ!」
「合点承知」
人の話を聞かず、姉ターニャが夫の贄川とともに、テキパキと掃除する。
アーニャの部屋はお世辞にも整っているとはいえなかった。
どこにもホコリがたまり、洗濯物は床に放り出されている。
台所は食器が放置されてた。
しかし姉と贄川が、恐るべき速度で、部屋を綺麗にしていく。
……その姿を、ぼうっとアーニャは見つめていた。
ややあって。
「ふぅ……! きれいになったね、あなたっ!」
「ターニャ、身重なんですから、あまり動かないでくださいよ……」
……そう、この姉を名乗る存在は、現在妊娠している。
この贄川との間の子供だ。
ぽっこりしてるお腹を見て、アーニャは内心でせせら笑う。
「どうしたの?」
「……別に。用事が終わったら帰って。あたしは忙しいの」
「え、無職なのに?」
……こ、この姉……!
「ターニャ、アーニャさんはユーチューバーでやす。無職じゃありやせん」
いちおう、アーニャはユーチューブ事務所、ZUUKに所属してる……ということになっていた。
「あらジローちゃん、知らないの? アーニャったら会社クビになったのよ?」
「クビになったんじゃない! やめたんだ! 会社の方針と合わなくて!」
「ほら無職じゃない。だめよ、日本に住んでいる以上、労働は義務なんだから」
「この……!」
練能力者としての力を、使ってやろうか。
アーニャのコードネーム、指揮者。
彼女の能力を使えば、この姉を名乗る存在を、一撃で殺すことは可能だ。
「…………」
アーニャは、近くに置いてあったフルートに手を取る。
能力を発動させようとして……。
「あ、みてジローちゃん。お腹うごいたわっ。さわってほらほら」
……幸せそうな顔を、夫に向けている姉。
姉のお腹には新しい命が宿っている。
……アーニャは姉を、殺せなかった。
少なくとも、腹にいる子供に罪は無い。
「……帰れよ」
「えー、お茶しましょ? 近くにあるくまっていう、すっごい美味しい喫茶店があるのよ?」
「帰って!」
声を荒らげても、姉のターニャは不快な表情を取らない。
それどころか……。
「生理?」
「ちがう!」
「そっか生理か。じゃあピリピリしててもしょうがないわね。ジローちゃん、帰りましょ」
……確かに生理だけども。
別にそれとピリピリしているのとは、関係ない。
「アーニャちゃん、こいつをお使いください」
姉婿はそう言って、生理痛に効く薬を、テーブルの上に置いた。
「あらジローちゃん。生理のお薬まで持ってるの?」
「ええ、なにがあるかわかりやせんので」
「若干きもいよ? 用意周到すぎて」
「……すいやせん」
けたけたと姉が笑うと、微笑みかけてくる。
「じゃあね、ターニャちゃん。また会いに来るわ」
「失礼しやす」
姉と姉婿はそう言って、部屋を出ていった。
綺麗になった部屋で、アーニャは顔をゆがめる。
「またなんて、無い。あたしは……もう戻らない」
今日は、Xデー。
作戦決行の日だ。
『異次元者の確保』
今日、長野へいき異次元者……飯山界人を押さえる。
「異次元者に殺されるか、やつを手に入れ、世界魔女を脅し、あっちの世界へ……戻してもらうか」
いずれにしろ、ここには戻らない。
異次元者と世界魔女とのあいだに、血縁関係があることは前から噂されていたことだ。
世界魔女。
世界最高の練能力者であり、世界最高の魔女。
世界をまたにかける、魔法の使い手ならば……。
修得してるかもしれない。
向こう側……異世界へ、帰る方法を。
だから、アーニャは今日、界人を襲撃し、捕らえる。
彼を使って魔女と交渉し、魔女に……元の世界に戻してもらう。
「この日をどれだけ、待ち望んだか……!」
アーニャは逆異世界転生者。
この世界の人間ではない。
彼女には、元の世界へ帰りたいという、強い願望があった。
ここは所詮、自分がいるべき場所ではないのだ。
「…………」
テーブルの上の、生理痛に効く薬を、ゴミ箱に捨てる。
そして玄関を出ると、そこには、数多くの仲間達がいた。
「指揮者、お時間です」
「……わかってるわ」
彼らもは、アーニャが集めた殺し屋たちだ。
全員が強力な練能力者である。
「今日……これから長野へ行き、我々は異次元者の家に襲撃にいく。そこでやつを捕らえ……世界魔女と交渉する」
仲間達がうなずく。
彼らもまた、アーニャ同様に、向こうに帰りたい人物達なのだ。
「異次元者を捕まえろ。生死は問わない」
死んでいる状態でも、世界魔女なら蘇生は可能だろう。
だから、生きていようと死んでいようとどうでもいい。
世界魔女の孫、飯山界人を捕らえ、そしてこの世のどこかに居る世界魔女をおびき出す。
そして、帰るのだ。
あちら側に。
「我らは勝つ。絶対に。そのための【秘策】も用意してる。そうだろう?」
仲間達の、一番奥に、秘策である【彼女】がいた。
「記者」
公安がマークする、練能力者のひとりだ。
彼女の能力は、停止者や消去者に匹敵するほどに、強力である。
「今日は頼むぞ、記者」
「ええ、どうぞよろしく、アーニャ・プレセツキーさん」
彼女がにこやかに笑いながら、手を握る。
「それと、外ではコードネームはやめてほしいですわ。私は県。県清美です」
……ニコニコと笑いながら記者、県清美がそう言う。
「……そうか。だが私のことは、外では指揮者と呼べ、県」
「わかりました、指揮者さん。特等席で見せていただきますよ、【ご活躍】を」
うふふ、と怪しく笑う県。
……信用ならない人物だが、能力は一級品だ。
異次元者攻略に、必ず必要となる。
「では、参りましょうか」
「ああ……」
アーニャはドアを閉める。
……がさっ。
「…………」
ドアノブに、何かがかかっていた。
ビニール袋だ。
その中を覗くと……。
「カイロ……あいつ……」
コンビニで買ったらしいカイロ。
そしてその上には、ロシア語でこう書いてあった。
『お腹温めるといいわよ! 姉より』
『お大事になさってください 贄川』
……今から、自分はこの世界を捨てる。
そう、こんな姉を名乗る人物の優しさなんて、もうどうでもいいのだ。
アーニャは、袋をぐしゃぐしゃに丸めて、立ち去る。
覚悟は決まった。
コマもそろえた。
作戦も立てた。
「行くぞ、貴様ら。帰るのだ、あちら側へ」
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