しつこい!!
あたしはコンピュータの薄型ディスプレイとにらめっこしていた。
画面にはずらりと文字が並んだデータベース画面。レイモンドの論文の検索結果だ。正確には論文の「要旨」。つまりは論文の要約……もっとかみくだくと、論文の中身を簡単にまとめたものを探している。
明らかに大学生には見えない年齢のあたしが、大学図書館にいるのは異質なのは分かるけど、司書の先生ってば、じろじろ見ないでほしい。まあ、気にしないでおこう。
アルトの名前を使えば、無料で印刷してくれるそうなので、洗いざらいレイモンドの論文関連をプリントアウトした。
アルトとジャスとミリアムはと言うと、光の力の文献を漁っている。ミリアムはまだ中学生、ジャスはあたしと同い年とはいえ、闇使い……つまりは専門外なので、とりあえずレイモンドの専門の基礎を知るために、アルトからレイモンドの専門分野……「光の力の加減」の基礎の教科書を読み込んでいる。
ミリアムは難しいと言いながら、真剣な目で読み始めた。
「アルト! ボク、とりあえずこれぐらいは読んだことあるよ」
ジャスはアルトに文句をタラタラ流す。
「ジャス。オマエの頭なら、読み返せば、ウィズが襲われた理由ぐらい思いつくんじゃないか? それに反撃する手段も思いついてもいいはずだ」
しかし、こうアルトに言いくるめられてしまっていた。アルトに褒められ、照れくさそうなジャスに、あたしは少しだけイラッとした。まあ、気にしちゃいられない。
すべての論文の要旨の印刷がやっと終わった。要旨とはいえ、ちりも積もればなんとやら。結構な多さで、あたしはプリンタから三往復しなければならなかった。
「さあて。読むか。専門外だけど、俺はこれでもこの大学で先生やってんだ!」
アルトは、自分のほほをパンと叩くと、
「ウィズ、ジャス。オマエらも読め。ミリアム。オマエはこの教科書を読み終わってからでいいからな。分からないことがあったら、まとめて聞けよ。俺はヒマじゃないんだから」
と言って、プリントアウトした論文を読み始めた。
あたしもジャスも論文の山から、一つずつ読み始めた。
司書の先生が、閉館時間だから……と言われるぐらいは読んでいたようだ。外は真っ暗。
「時間、経つのは早ぇえな。研究室に戻るぞ」
アルトは指を弾くと、宙から大きなトートバッグが落ちてきた。
「何ですか、今の! すごい!」
ミリアムは大きな声でおどろいた。
「あまり大きな声を出すな。これは古代魔導術だから、あまり知られちゃマズいんだよ。知りたきゃ、この大学に入って、そういう勉強をしろ」
アルトはぶっきらぼうに言うと、雑に論文をトートバッグに放り込んだ。
あたしたちはバタバタしたアルトの研究室……ではなく、実験室にいる。丸イスや黒い机がいくつも並んでいる。色々な実験器具もたくさん並んでいる。最新型ってこうなのか、というものもある。さすが、最高学府。持っているモノが違う。
アルトの研究室みたいな汚くて狭いところで論文広げたら、別の紙とゴジャゴジャになるのは目に見える。アルトの判断は確かだ。よく自分を理解している。
「これ、レイモンドの論文じゃないのに、どうして印刷したんだ?」
教科書を読み終えて、一息ついたのか、ミリアムがあたしの広げて読んでいる論文を見て聞いてきた。
「引用されていたから。あー……。ええと。ここのデータを使っているってレイモンドの論文に書いてあったから、必要かなって。あたしが印刷したのはすべてレイモンドが書いた論文じゃないのよ」
「へえ……」
ミリアムは理解したようなそうでないような反応をする。許せ、ミリアム。あたしは説明が下手なのだ。
「ねえ、アルト先生? まとめて聞け、って言われたので、聞くんですけど」
ミリアムはアルトに教科書も持たずに、尋ねた。
「なんだ?」
「もし、レイモンド先生が何かを考えていて、それの作戦? ……にウィズが邪魔で、ウィズをやっつけようとしていたのはなんとなく予測つくんですけど、もし、何か企んでいるなら、そのことを論文に書くでしょうか?」
アルトは面倒くさそうに頭を掻くと、
「あいつは研究費を減らされていたんだ。学者ってのは論文という実績を出さねば、大学から追い出される存在なんだよ。だから、関連する研究しているかと思って、こう探しているんだ。でも……あー! もしかしたら、実績も作れず、金ももらえねえから、学会からも大学からも追い出されてサルビア校にいるのか?」
大きくため息をつく。
「みんな、もう少し調べよう。夕飯買ってくるから」
ジャスはアルトに手を出す。
「なんだ、ジャス」
「お金ちょうだい。ここ、クレジットカード、使えないでしょ」
「オマエなあ。俺にたかるってどういう根性をしているんだ? まあ、マイペースなのは。さすがジャスだなあ……」
アルトはポケットから財布を取り出すと、札を何枚、ジャスに渡した。
「さんきゅー! さ、ミリアム、ウィズ。行こう!」
ジャスはあたしたちの手を引いて、実験室の外へ出た。
「俺を置いていく気か!」
アルトの声が聞こえた。
「がんばって!」
ジャスは明るい声で返事をした。一緒に購買へ向かうあたし、我ながら、薄情だわ。
購買で割引された惣菜パンと飲み物を、四人でちょっぱやで食べ終わると、論文を読みあさる作業に戻った。
あたしは、ふと、さっきのミリアムとアルトの会話を思い出す。それと同時に手が止まる。
あたしが襲われた関連する事柄の論文がなかったどうしよう。
脳裏にその考えが駆け巡る。いや、ガチでそうでしょ。もしなかったら、これって、ただの無駄足じゃないの?
「ウィズ、どうしたの? 手なんか止めて。集中力が人一倍あるキミらしくもない。具合でも悪いの? もしかして、吐き気かめまい?」
ジャスはあたしの顔を見る。
「何でもないわ。ただ考え事をしてただけ」
「そう」
自分の中の疑念を吐かなかった。考え事はウソじゃないし……。この作業が無駄足でないことを祈ろう。
「ああああっ!」
突然、大きな声でアルトは叫んだ。
「一体、どうしたんだよ、アルト?」
ジャスの顔は引きつっている。
アルトは机を勢いよく机を叩くと、
「下手な考え、休みに似たり! 俺は疲れた! 時計も見れば、ガキも寝る時間だ! ホテルなんか取ってないだろう? 俺の家にこい! 広いから、安心しろ!」
雑に論文の山をまとめ、さっきのトートバッグにがさりと入れる。
「どこにいくの?」
あたしの質問に、
「駐車場だ。最近、車を買ったんだ。俺の家に帰るぞ。ちゃんとベッドはあるから、安心しろ!」
と、アルトはイライラした様子でがなった。
あの研究室の主だ。ねぐらがどれだけ汚いか、見物だわ、とため息をついた。
そうだわよ。アルトもジャスと負けないぐらい、マイペースだったわ。
アルトの車は大衆車ではあったものの、キレイに整備されていた。
夜とはいえ、煌びやかな街明かりだった。コンビニエンスストアまである。昼までいかないにせよ、にぎやかだ。
この賑やかな光のせいで、あたしたち常闇の人々は力をだんだんと失いつつあるんだけど……。
まあ、それはともかく。
アルトの運転は、性格に似合わず、ていねいな運転だった。おかげで酔わずに済んでいた。
が。
後ろから、突然明るい光が照らされた。
バックミラーに光が反射して、目が痛い。この光の力と驚いたアルトの荒くなった運転で、吐き気がしてきた。
「レイモンド!」
ジャスは振り返り、窓の外の光に向かって指した。闇の鎖が現れ、光をがんじがらめにする。光はストンと道路に落ち、そのまま動かなくなった。
「うぉ。グラサンしてなかったら、全員死んでるわ。とりあえず、巻く!」
いつの間にかサングラスをかけていたアルトはアクセルを思い切り踏んだのか、スピードを上げて、街中をグルグル走って行った。
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