アルト!!
アルトは大学のサンドウィッチ屋に連れて行ってくれた。目の前でサンドウィッチを作ってくれるのお店らしく、野菜やお肉、エビなどがカウンターに色とりどり並んでいる。
俺のおごりだというアルトの言葉に甘えて、トマト多めのサンドウィッチを作ってもらった。ミリアムはエビとアボカドのサンドウィッチにしていた。フルーツサンドがないことに不満を言っていたジャスに、身体に良い物を食えと、強制的に野菜サンドを注文させられていた。アルトは「いつもの」とだけ答えていた。普通のサンドウィッチにしか見えないが、アルトの「いつもの」はこれなのだろう。
そして、おのおのドリンクを注文した。
「光源人はどんなヤツだ?」
テーブルに座るなり、アルトは単刀直入に聞いてきた。
「周りはまばらとはいえ、こんなセンシティブな内容、堂々と話せるはずないでしょ。アルト、あんたの研究室で話した方が良いんじゃなくって?」
「大丈夫だ。俺の専門は闇と光の力のバランスの研究だから。また変なヤツらに絡まれているんだろうなって思われるだけだ」
あたしの言葉にアルトはケラケラと笑いながら、サンドウィッチにかぶりつく。
「んじゃ、アルト。話を進めるね。長から、『サルビア魔導術学校のドクターレイモンドの観察』の命を受けたんだ。ウィズが学生として潜入しているんだよ。ミリアムもサルビア魔導術学校の学生さん。でもね、光源人だとボクらは知らされなかったんだよ。ひどいと思わないかい?」
いつの間にか野菜サンドを食べ終わっていたジャスに、サンドウィッチを飲み込んだアルトは、
「あのお方は、あんたらを守るために言わなかったんだろよ。適役があんたらしかいなかったとはいえ、長の秘蔵っ子を直々に送り込むんだ。自分が可愛がっているヤツを光源人と会わせるような危険なことをさせるなんて、長としては断腸の思いだっただろうし、それを伝えたら、あんたらも気構えるだろ」
「はあ……。まあ、そうだね」
緑色のジュースを飲み干すアルトにあたしたちは納得する。
「ちょっと待て。わたしを置いてけぼりにしないでくれ。一体どういうことだ? ウィズ、説明しておくれよ」
ミリアムが汚れた手をナプキンで拭いていた。
「ああ。嬢ちゃん。こいつらの正体を知っているかどうかは別として、俺はこいつらの仲間だ。このアホ二人からどこまで聞いているか分からないが、世界の裏側から来た存在だとは伝えておこう。俺は人間のフリをして、光と闇の力を見張っている。この兄妹とは、肉体年齢ではこう年が離れているように見えていても、実際は同じぐらい下っ端なんだよ。そのためか仲が良くてね。こいつらがこっちの世界に来るたびに、こうやって厄介ごとを持ち込んでくるんだ。まあ、俺も厄介ごとを押しつけたりするから、お互い様ってヤツだけどな」
アルトは緑のジュースを飲み干した。ズズズ……とストローから音が鳴る。
「つまり、アルトさんも常闇人だと」
「お、聞いていたか。なら、話が早い。理解した?」
「ま……まあ。それなりに」
ミリアムは小さくうなずいた。
「あのフィールドワークは二度としないからね! 崖からファイト一発するなんて、思いもしなかったわよ」
あたしのぼやきにアルトは、
「あれは悪かったよ……。まあとにかく。まとめると、長の命で光源人の見張りをさせられていたところ、襲われたってことか。はあ。あのドクターレイモンドが光源人とは。あまり良いウワサは聞かないし、最近見かけなかったから、研究職辞めたのかと思ったけど、まさか、サルビア校の教師になっていたとは……」
「アルトってば、レイモンドを知っているの? で、レイモンドが光源人って気がついていた?」
空になったドリンクの氷をガリガリ噛むジャスは、アルトに尋ねる。
「いいや。向こうも俺が常闇人だとは気がつかなかっただろうな。まあ、気がつかれないようにお互い気をつけていただけだろう。して、俺にどうしてほしい?」
ジャスは申し訳なさそうに、
「まず、一つ。ウィズとミリアムをドクターアルトのところで勉強しに行ったと、サルビア校に伝えてほしい。でないと、捜索騒ぎになる」
まあ、そうね。多分、学校では大騒ぎになっているだろう。とは、言っても……。
「それじゃ、あたしの居場所がレイモンドにバレるわよ?」
「バレたっていいじゃないか。ここは人が多い。しかも大学。専門家がたくさんいる。そんな場所で向こうがボクらを襲うなんて、そんなおバカなことしないでしょ」
ジャスの言うことはもっともだ。あたしは納得する。
「今、現時点での光と闇の力のバランスを教えてあげよう。学校への連絡ついでに、俺の研究室へおいで。多少、バタバタしているが、まあ我慢してくれ」
我慢レベルを超えたペーパーや本だらけの部屋だった。隅にあるコンピューターは未だブラウン管。物持ちが良いのにもほどがあるわね。ジィージィーと嫌な音を響かせている。データを保存するための磁気ディスクが壊れかけているのでは? と不安になる音だ。
「コレを見てくれ」
うちの学校への電話を無事終えたらしい、アルトは書類が大量に積まれたデスクの引き出しから、ピカピカにみがかれた赤い球をあたしたちに見せてくれた。土台にはスイッチがいくつかある。
とてもキレイだ。ここまでキレイな赤は初めて見たかもしれない。
「これは一体何だ?」
ミリアムは不思議そうにキレイな赤い球を見る。
「名前なんてないよ。ただ光と闇の力の比率を見るための魔動力ガジェットだ。そろそろお披露目してもいいんだろうけど……。名前が思いつかないからな……」
ため息をつくアルトに、
「そんなこと、今はどうでも良いでしょ、アルト。で、このキレイな赤い球は何を指しているの?」
ジャスは説明をせっつく。
アルトは豪快に笑うと、
「この赤色はこの大学では光と闇が一対一の割合で混ざっていることを指している。頑張って混ぜたんだよ。学生のためにさ。ほめてくれ」
「おつかれ」
ジャスはアルトの肩を叩く。
「んじゃ、座標点を変えてみるぞ……。例えば、ウィズとミリアムが通っているサルビア魔導術学校……」
アルトはブツブツと赤い球を台座の上に載せ、カチャカチャスイッチを押し始めた。
ビープ音が鳴る。同時に、溢れんばかりの光が部屋中を包んだ。あまりの光の強さに目がくらむ。
数秒後、その光が消えたかと思うと、
「うっぷ……。気持ち悪……。なんだ、この光の強さは」
青ざめたアルトは雪崩のように椅子に座り込む。
「ああ、びっくりした。驚かさないでよ、アルト。今のは一体何?」
背もたれに寄りかかったままのアルトにジャスはケラケラ笑う。
「サルビア魔導術学校の光の強さだよ。あまりに強すぎてびっくりした。何だあれ。サルビアシティは闇に排他的とは聞くが、ここまで光が強いと世界のバランスが崩れるぞ。レイモンドのヤツ、何を考えているんだ?」
アルトは奥にあったらしい冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取り出すと、小さなペットボトルを一気に飲み干した。相当、気分が悪かったようだ。
「ジャス、ウィズ。オマエらは当てられなかったか?」
あたしたち兄妹はお互いの顔を見る。
「あの程度では」
「レイモンドの攻撃に比べれば、全然大丈夫よ」
「あんたら、やっぱ強いぜ」
アルトは、あたしたちの返答にあきれかえった様子でデスクに放置してあったタオルでおでこを拭く。
「はあ……。見るだけであれだけの光の力が集まっているんだよな。レイモンドは何を考えているんだろう。そもそも、あいつの研究は光の魔動力研究だったはず。つーか、何しにこちら側へ来たんだ?」
ブツブツ、アルトはつぶやきはじめた。こうなると、あたしたちは何もできない。考え始めたアルトは止まらない。
「どうすればいい?」
ミリアムはそっとあたしに耳打ちをする。
「少し待ちましょ。そんなに考え込むタイプじゃないから」
あたしの言うとおり、五分もしない間に、
「ちょっとオマエら、三人手伝え。レイモンドの論文を片っ端から読むぞ」
アルトは無茶苦茶なことを要求してきた。
「そんなご無体な!」
あたしは悲痛に叫ぶ。
「読めって言ったって! そんな高度なことをわたしは学んでないです、アルト先生」
ミリアムの言うことはもっともだ。一応、今の姿は花もうらやむ十四歳の学生の身分。普通はミリアムの言うとおり、論文を読む年齢ではない。そもそも魔導術の論文なんて読む機会こと自体久しぶりだ。
「ミリアム、どうせオマエは大学進学希望だろ? 少しは予習しとけ」
アルトは鍵を持つ。
「ウィズとジャスは、読んだことありませんとか、うそぶくなよ。オマエらが書いた論文は今も残っているんだからな!」
「は? それって一体どういうこと?」
あたしのはてなマークは、
「代筆ありがとなってヤツだ! 今から図書館へ行くぞ。さっさと出てった出てった!」
アルトの面倒くさそうな声でかき消された。
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