トタバタ劇
ジャスの部屋は、本屋の二階だった。正確には屋根裏部屋。
彼曰く、本屋の店主である魔導術師が、あたしたちの上司から命を受け、ジャスを息子として扱っているとのこと。で、地元の一般の中学校に通っているらしい。
今時の魔導術が学べるなんて、うらやましいと、お茶を持ってきながらぼやいていたので、今度、教科書とノートを貸すことにした。一応、あたしの片割れなのだし、すぐに覚えるだろう。ノートを取るのには自信あるしね。
ミリアムをベッドに寝かせてから、一時間経った。外はもう真っ暗だ。下宿先では、あたしたちが帰ってきていないことで、何か騒ぎになっていないだろうか。少々不安だが、ミリアムが本屋で倒れて看病してました、って言えば、なんとかなるだろう。実際、そうだし。
「いいかげん、起きてくれてもいいのになあ」
黒子の服を脱いだジャスは、ほつれた長い黒髪を後ろに三つ編みにし始めた。
「あんたの邪眼が効き過ぎたんじゃないの?」
あたしはお茶を飲む。
「その効果が切れてていいはずなんだけど」
いつの間にか、ジャスはワイシャツとスラックスをキッチリ着ていた。
「熱でもあるのかな」
ジャスはミリアムのおでこに手を当てた。それにしても、革の手袋で体温などわかるのだろうか?
「きゃあああああああ!」
目を開け、ジャスを突き飛ばしたミリアムの絶叫で、変なあたしの疑問は宙へ消えた。
「び……びっくりさせないでよ、ミリアム!」
「そうだよ、大丈夫かな、って熱を測っていただけなのに。人の心配をなんだと思っているの?」
あたしたちはミリアムに文句を言う。
「い……いや……。ウィズ! あなた、何者なの? どうして、闇使いと仲がいいの? 光使いってウソをついてたの?」
ミリアムはベッドの隅で子犬のように震え始めた。
あたしは深くため息をつく。
「ウソをつくつもりはなかったわ。ただ言わなかっただけ。そもそも闇使いがすべて悪いだなんて、誰が言ったの? 光使いが全員善人のはずがないでしょ。それと同じで闇使いが全員悪人だなんて、それこそ極論だわ」
「そんな言い訳、通じると思う?」
「思うわよ。だって事実だし。魔導術を学んでいるあたしたちは、その力をどう使うかを最初に学ぶでしょ。それは光の力だって闇の力だって同じ。ただ『力の素』が違うだけよ。ようは、その力をどう使うかというだけ。悪いことに魔導術を使えば、それは光だろうと闇だろうと悪だし、良いことに使えば、善になるわ」
反論するミリアムに、あたしは強くその反論をする。
「そして、これから話すことはすべて本当のコトよ。疑うなら、あたしとの縁はこれまでだと思いなさい」
真剣にあたしはミリアムのビリジアンの目を見た。
「あたし、ウィズ・ラピスラズリは、こいつ、ジャスと双子の兄妹なの。そして、あたしたちは人間じゃないわ」
「え……? 人間じゃ……ない……?」
ミリアムは大きく深呼吸する。
「ボクたち兄妹は、『常闇の人々』と呼ばれる存在。まあ、正確には末裔ってヤツかな? そんなのは今はどうでもいいのだけど」
ジャスはまるでゴシップ記事を読み上げるような軽い調子だ。
「どうでも良いって……」
ミリアムの顔は引きつる。
「続けるわよ」
ミリアムの反応を無視し、
「あたしたちは、このサルビアシティで、ある人物の観察を行っているの。『観察』だから、本来は接触するつもりはなかった。でも、あんな風に事件に巻き込まれた結果、接触せざる得なくなったのよね。マジで最悪だわ!」
あたしはあの大男への怒りに、思わず床を強く踏む。ぎしりと木の鈍い音がする。
「え……? 整理させて。そこにいる闇使いはウィズの双子の兄で、そして二人は人間じゃなくて、常闇人で……。で、世界の裏側から世界にやってきたのは……。もしかして、レイモンド先生の観察のため?」
「ああ、察しがいいね。観察といっても、監視じゃないから、そんなに大変じゃないんだけどね。ウィズ。良い子とルームシェアしているだけあるよ。大変運が良い」
それは運が良いというのか……? 昨日の事件でプラマイゼロのような気がする。それはともかく、
「そうよ。実は入学当初から、ミリアムにはバラす予定だったの。巻き込む可能性があるから。でも、なかなか良い機会が見当たらなくて。今さらになっちゃって、ごめんなさい」
頭を下げるあたしに、ミリアムは弱々しく頷くと、
「分かった。ウィズがウソを言う人じゃないのは分かっているから、信じる。でも、わからないのが、ウィズは光使いではないのか? 少なくても、授業では光の魔導術を習っているし、使っているよな。常闇の人々って、いうなれば、闇そのものだろう? どうして、光の力が使えるのか?」
当然の質問をしてきた。ああ、それを聞くか。
「ウィズは『フリークス』なんだよ。常闇の存在の中でもただ一人、光を扱えるんだ」
「フリークスって言い方、本気でやめて。それでどれだけ嫌がらせを受けたと思っているの? ジャス、あなたなら知っているでしょ」
あたしは自分がキライな属性を簡単に説明するジャスを強く睨み付ける。
少し表情が穏やかになったミリアムは、
「もう一つ、疑問なんだけど、光源の人々とか、常闇の人々ってさ、伝説じゃ肉体はないはずよね? 光や闇そのものなのだから。でも、あなたたち兄妹にはどう見たって、身体があるようにしか見えないわ。それに、兄妹って概念はどこから来ているの? 常闇の人々にも血縁関係みたいなのがあるの?」
こう質問してきた。当然の質問だ。
「簡単に説明すると、ボクたちは生まれついての常闇の人々ではないんだ。いわゆる『元・人間』ってヤツ。人間の時に兄妹だったんだ。だから、今もそんな関係なんだよ。なんか色々あって、常闇人にならざる得なかったんだ。んで、この身体……有機体は、上司から命令を受け、世界に来るときに貸与されるんだけど、この姿は生前を模したものでね。これ以上、詳しいことは聞かないでよ。ボクらだって知らないんだから」
ジャスは結露した瓶のお茶をミリアムに渡すと、
「で、ボクらは常闇の長の命でドクター・レイモンドの観察にこの街にやってきた。光使いの学校にいるレイモンドを直接観察できるのは光が扱えるウィズがうってつけだったんだ。基本常闇人は二人一組で動くから、ついでにボクも来たってこと。片方に危機が起きたとき、昨日みたいなサポートもできるしね」
ニッコリ笑った。
瓶を受け取り、お茶を一口飲んだミリアムはだいぶ落ち着いたようで、
「急にこんなことを言われて、すべて理解できないが……。でも、わたしはとんでもないことに巻き込まれそうになっているのは理解した」
「ありがとう」
「褒めたつもりは毛頭ない」
微笑むジャスにミリアムはジトッとした目で見る。
「ジャス。あたしたちは今日はもう帰るわね。下宿先はきっと大騒ぎになっているわ」
「あっ! もうこんな時間! 夕飯の時間も終わっちゃう!」
時計は良い子供なら眠る時間をとうに過ぎている時刻をさしていた。ミリアムは慌てた様子でベッドから降りる。
「送るよ。今度こそ悪い闇使いに襲われるかも知れないけどね」
「ねえ、ジャス。あたし、光使いでもあるけど、闇使いでもあるの、忘れている?」
あたしのツッコミに、ジャスは、
「ああ! そうだったそうだった! ウィズが一緒なら、逆に倒してしまうかもね!」
大爆笑をした。
「へえ……。どっちも使えるんだ。ウィズって不思議だ」
ミリアムの表情はどこかたおやかだ。
「不思議って?」
あたしは首をかしげる。
「ん、とね。そのままの意味。どっちの属性にもいるって不思議だなって。大変じゃないか?」
「そうね、大変って言ったら大変ね。自分自身、まだ、受け入れられていないわ」
ミリアムのやさしさに心を打たれていた瞬間だった。
天井が突然、強く光った。
まぶしい!
常闇人たるあたしの存在が消えてしまうぐらい強い光だ。
「闇使いの気配がすると思ったら、ウィズ・ラピスラズリにたどり着くとは……。お前らは一体何者だ?」
光はしゃべる。レイモンド先生は光源人ですって? 信じられない! しかも、まさか直々に来るなんて!
あまりに強い光に、息が詰まる。有機体で身を守っているおかげで、直接的なダメージは受けないものの、冷や汗をかくほど、この光の力はつらい。
「光源人だって? そんなバカな!」
ミリアムは驚いた様子で頬を手でおおう。強い光に当てられたためか、光使いであるはずのミリアムも息が荒い。
「ミリアム、落ち着いて!」
あたしはミリアムの背をさする。
その瞬間、バシィと闇の魔動力が込められた弾丸の音がした。同時に光は少し収まる。
「んな、よそ見はいけないよ」
ジャスは魔動力で動くピストルを持っていた。
「もしかして、キミがドクター・レイモンド? はじめまして。ボクはジャス・ラピスラズリ。妹のウィズがお世話になっているよ」
おいおいおいおい。今、そう言う状況じゃないでしょ!
光のレイモンドも怒ったのか、
「てめえ、今、おれに襲われているって自覚はないのか? おれは光源人だぞ? ビビらないのか? たかが人間のくせに楯突きやがって!」
と怒声を上げる。どうやら、あたしたちが常闇人のくだりは聞いていないようだ。
「ああ、非常に怯えている。襲われているって自覚している。だから、今からここから逃げる」
ジャスは腰に拳銃をしまい、革の手袋をした手であたしとミリアムの腕を掴むと、
「えいやっ!」
と、気合いを入れた。
ぐるぐるとめまいが起きる。
同時に、ジャスが何をしたのか、一瞬で理解した。
テレポーテーションだ。
あたしも一応使えるんだけど、酔うから、ぶっちゃけキライなのよね。この場から逃げる最適解はこれしかないから、仕方がない。
着いた場所で吐こう。
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