54話 報告と深まる溝
テオバルトのもとに蒼が大怪我を負ったという連絡が来たのは、そろそろ実地訓練も終わるだろうと思っていた矢先のことだった。
城にある第1師団長の執務室で書類仕事を片付けていると、専用の小窓から緊急連絡用の鳥の魔物が入ってきた。
鳥が持っていた手紙を確認し、テオバルトは予想が当たってしまったことを知る。
国境付近の不穏な噂は今に始まったことではなく、いつもなら気にしないのだが、今回の実地訓練には何故か妙な胸騒ぎを感じていた。
私情を抜きにしても訓練生に何かあってはならないということで、念には念をとユーリを始めとした第1師団員を複数名行かせたのだが、その包囲網をくぐり抜け恐れていた結果をもたらしてしまったようだ。
ユーリからの手紙によれば、蒼を含む二人の訓練生が負傷。蒼は雷属性の強力な魔法を受けたが一度意識は取り戻しており、派手な火傷と魔力の使い過ぎによる肉体の損傷があるものの、命に別状はないようだ。もう一人の方が深刻で、雷属性の魔法を受けた上に全身のいたるところに刺し傷があり、かなり重症のようだ。蒼の応急処置で出血こそ止まったものの、予断を許さない状況には変わりない。
ユーリを含む第1師団員と第5師団員で周辺調査に当たっているが、派手に動いてしまったために相手も警戒して潜んでしまったとのことで、その手の事が得意な追加の要員を送って欲しいと手紙は締めくくられていた。
確かに潜んだ相手を探すのには第5師団は向かないだろう。あそこは少々荒っぽい気質で魔獣狩りや活性化している盗賊狩りには向いているが、隠れてやり過ごそうとするような周到な者に対しては向かない。副団長が変わったことで少し落ち着きを見せてはいたが、元ある性質をすべて抑えるにはあの青年一人では荷が重い。
どちらかというとテオバルトも人の事は言えないのだが、あそこまでは酷くないと自負している。
手紙を読み終え状況を把握したテオバルトは、思っていたよりも自体は深刻だと考え、報告と許可をもらうべく、皇帝陛下の執務室へと足早に向かった。
執務室に入ると重々しい圧がかかる。鍛えているテオバルトのような騎士でなければ立っているだけでやっとだろう。
文官が声を掛け返事も貰って通されているはずなのに、目の前の人物はこちらには目もくれず、淡々と作業を続けている。
相変わらず人を置くのは好んでいないようで、部屋の中には二人の他誰もいない。
「エル、その魔法をやめてくれないか」
帝国の最上位のみに許された白い騎士服を身にまとい、長い銀髪を軽く結わえた長身細身の男性――皇帝エンゲルベルト=ツィフ=マオ=アイヒベルクはようやく顔を上げた。
恐ろしく薄い藤色の瞳と目が合う。
「なんだ、テオバルトか」
エンゲルベルトが手を払うと、テオバルトにかかっていた圧が和らぐ。
護衛騎士すら部屋に入れたがらないエンゲルベルトは、自らがいる部屋全体に重圧をかける魔法を常に発動している。皇帝を守る第1師団長としては護衛騎士ぐらい置かせて欲しいものなのだが、エンゲルベルト自身がテオバルト以上に強いとあってはなかなか強く言えない。剣の腕はほぼ互角でも、その身に宿す魔力が桁違いなのだから。
「その呼び方はやめろって言っている」
「どうせ二人しかいないんだからいいじゃないか。俺だって公の場ではちゃんと陛下って呼ぶ」
「それで、要件はなんだ」
無表情のまま淡々と要件を催促してくる。冷たい態度に不満を感じながらも、第1師団長としてここに来た要件を伝える。
「国境沿いで行っている騎士団訓練生の実地訓練で、訓練生が襲われて重傷を負った」
「その程度で倒れるような、なりそこないの騎士の話をわざわざしに来たのか」
表情こそ変わらないものの、あからさまに気分を害したようで、弱まっていた圧が再び強まる。
蒼を侮辱されテオバルトは怒りが沸いたが、エンゲルベルトが他人に辛辣なのは今に始まったことではない。怒りを飲み込み、話を続けた。
「その程度であれば報告せず、そのまま第5師団に鎮圧を任せる。ただ、訓練生を襲ったやつが皇族並みの魔力を持っていたらしい」
その言葉に興味が引かれたのか、わずかに目を細め無言で続きを促す。
「裏で貴族が手を引いているのか、はたまた連邦国家から来たものか。それとも魔力が高いもの同士で交わった結果か。何にしろ、ろくなことは無い。身内がやられてあっさり身を潜めるようなところも、ただの盗賊とは思えない。藪をつついて蛇を出すようなことはしたくはないが、放置した結果、肥大して脅威になる事も避けたい。禍根を残さない為にも、第1師団から調査隊を送る許可が欲しい」
皇族並みの魔力を持つ者に対抗できる戦力は限られている。そのようなものを移動すれば必然的に帝都の守りが薄くなるため、テオバルトは皇帝の許可を取りに来た。当然、自分の意見が通ると思っていたテオバルトにエンゲルベルトは冷たく言い放つ。
「その調査と殲滅にはこちらで人をよこす。お前は関わらなくていい」
「なんだと。これは騎士団で当たるべき問題のはずだ」
「私にも考えがあるからだ。とりあえず、今現地で出来る事だけやっておけばいい。本格的な対応は私が直接人を送ろう」
そう言うや否や、手をひらひらとさせ退出を促してくる。
諦めきれず、口を開こうとしたテオバルトの口を魔法で塞ぎ、物理的に反論を許さない。
「異論は認めない。報告が終わったのなら去れ」
口を塞いでいた魔法を解き再び部屋の圧を強めた後は、興味を失ったように再び手元の書類に目を通し始める。
これ以上は何を言っても無駄だと、テオバルトは無言で部屋を後にする。
変わってしまった幼馴染にやるせなさを感じながらも、ユーリに返事を書くべく足早に自分の執務室へと戻った。
この章の小話は次の話で終わる予定です。もう少しお付き合いください。




