40話 実地訓練前半戦(6)
結局、蒼はヴェンツェルが戻ってくるまで動くことができず、その場にとどまっていた。
定例から戻ってきたヴェンツェルはユーリを連れて戻ってくる。ユーリは昼の現場を確認したついでに、蒼の顔を見に来てくれたらしい。
「ずいぶん落ち込んでいるようだね、アオイ嬢」
「いや……そうだな、落ち込んでいる。この世界に来てからうまくいかないことだらけだ。前はこんなことなかったのにって」
蒼は二人にハルトマンから言われたことを素直に話した。彼の言うとおりだと付け加えて。
魔法でつまづき、実戦でつまづき、蒼は今までにないほど挫折感に見舞われていた。
「私だけが咄嗟に動くことができなかった。私は騎士に向いていないのかな」
いつもなら強がって何も言わない蒼が珍しく素直に弱音を吐くのを見て、ユーリは驚きつつもなるべく強くならないように言葉を選びながら語る。
「アオイに限らず、騎士団に入る新人なんてそんなものだ。特に帝都出身の貴族子息は、初めての実戦で怖じけずくものは多い。田舎の出だと、狩りなどで慣れていたりするから、ここでつまづくのは大抵帝都出身の者だ。ハルトマンは地方出身だから慣れていたのではないか。こればかりは正直、慣れと割り切りだ」
蒼にもユーリの言っていることが正しいのは理解している。こればかりは魔法がうまく使えなかったときとは違い、努力でどうこうできるものではないということが頭で分かっていても、気持ちがついていかない。
なかなか言葉を発さない蒼を見かねて、ユーリは更に言葉を続ける。
「騎士になることが嫌になってしまったのなら、騎士にこだわらなくてもいい。母上と家を守ってくれてもいいし、騎士以外の魔法を使う職に着いてもいい。良い人がいれば嫁いでもいい。何を選んでもヴァイデンライヒ家はアオイを支えていく。アオイはアオイが選びたいものを選べ」
「私が……選びたいもの」
思えば、この世界に来る前もちゃんと将来を考えたことはなかった。高校を出て、父に大学に行けと言われたら行って、その後は道場を継いで……そんなことを漠然と思うことはあっても明確に考えた事はなかった。
この世界に来た時点でそんな漠然としたライフプランも全てなかったことになったのだが、それはともかく。有耶無耶にしていた将来の選択を今迫られている。
「まぁ、ゆっくり考えるといい。訓練生のまま騎士団配属前に辞めるものも多くいる。その選択を選んでも誰もアオイを責めることはしない。だから、好きに選べばいい。そもそも、今までが急に事を運びすぎていたんだ。ゆっくり悩め」
そう言いながらユーリは、ぎこちない手つきで蒼をなでる。
「兄妹仲睦まじいのは良いが、そろそろ戻ったほうがいいと思いますよ」
「ああ、そうだな。じゃあ、俺は戻る。あまり思い悩まないように」
「アオイ嬢も今日はもう休みなさい。気持ちが決まったら、一応私に話して欲しい。待っているよ」
ヴェンツェルはやはりいつもと同じ笑顔をしていたが、魔獣と遭遇したときと同じで蒼を試しているように見えた。
次で前半戦は終わりです。




