37話 実地訓練前半戦(3)
班長として呼ばれなかった蒼が暇を持て余し、手慰みに氷を出したりしまったりしていると、いつの間にか近づいてきた琥珀に声をかけられた。隣にはフィリップも付いている。
「姉さま、今日からよろしくお願いします」
そう言いながらスカートの端をつまみ礼をする琥珀。その姿は聖女そのものだった。
聖女様が一介の訓練生に話しかけるのはあまり好ましくはないのだろう、一歩後ろでこちらを伺っている聖女様付きの護衛騎士たちの視線が蒼に刺さる。
「琥珀、いや聖女様。ここは公的な場ですので姉としてではなく、一般騎士と同じ扱いをしていただきたく存じます」
地面に膝をつかない簡易式の騎士の礼をする蒼を見て、琥珀が困った顔でフィリップを見上げる。
「顔をお上げください、アオイ殿。初めての遠征で緊張されているコハク様に、アオイ殿と話されてはどうかと提案したのは私です。本格的に遠征が始まれば態度は改めた方が良いと思いますが、緊張を解すためにも、今だけはお役目をお忘れになって姉妹水入らずの時をお過ごしください。ただし、あまり多くの時間は取れないのですが」
フィリップはそこまで話すと護衛騎士たちに指示を出し数歩離れた場所まで下がった。
少しばかり強引な印象を蒼は受けたが、すぐさま思い直す。琥珀も頑固な部分が少なからずあるのでそれに合わせているのだろう。蒼がジークやヴェンツェルと仲良くなったのと同じように、琥珀もフィリップと関係を築けているようだ。
「姉さまは何をしていたの」
「私は友人二人が班長として呼ばれてしまって暇だったから、魔法の初歩訓練でやった魔力の出し入れをしていたよ」
「そうなんだ。琥珀も移動中暇だったらやってみようかな」
「琥珀は魔力をかなり使う予定なのだから無理をしては駄目だよ」
「うん、ほどほどにする。姉さまは班長ではなかったんだね」
「どうやらそうらしい。まあ、そこに関しては何も思うところはないよ。元々、リーダーより補佐の方が向いていると自分でも思うしな。琥珀は今回の実地訓練で大変そうなことはないか?」
「琥珀はね……」
いつも通り、お互いのことを確認するような他愛ない会話を5分ほど続けていると、フィリップに声をかけられ、琥珀は去って行った。本当にあまり時間がなかったようで、忙しい合間を縫って会いに来てくれた琥珀に感謝する。
再び暇になった蒼が琥珀の来る前と同じ行為に勤しんでいると、話し合いを終えたヴェンツェルが戻ってくる。
「ジークは?」
「話し合いの後そのまま別れたよ。このまま班で集まることになっているからね。アオイ嬢は私の班員だよ。もう一人は……」
「私だ」
蒼が声のした方へ顔を向ければ、そこに立っていたのは不機嫌そうなハルトマンだった。
「ハルトマンか」
「なんだ、私じゃ不服か」
「いや、これからよろしく頼む」
「早速、仲が良さそうで助かるよ」
ハルトマンは顔を顰めたものの、それ以上は反論してこない。それを気にもとめずにヴェンツェルは話し始める。表情はいつも通り軽い笑顔のままだが、口調はいつもより鋭く、リーダーの威厳が現れているようだった。
「今回の実地訓練、魔獣討伐作戦及び国境近辺巡回作戦は基本的にこの3人で行動する。訓練生は全部で5班に分かれており、我が班は第5班だ。教会騎士団及び第5騎士団の主要小隊は常に行動を共にしているが、訓練生に関してはその限りではない。1日2回の定例と緊急時を除き、小隊とは別行動を取る。班毎に別れ、一定距離を保ちながら扇状に広がる。このとき左から第1班、第2班と並ぶので、我が班は一番右を担当することとなる。訓練生部隊は魔獣討伐作戦では主要部隊の後方、国境近辺巡回作戦は前方を担当するので覚えておくように。兵糧については各自でそれぞれ一定量を持ってもらうが、基本的には班長である私の持っている空間収納袋に格納してある。この空間収納袋には宿泊用品も入っている。多少は余裕があるので、他の消耗品等があれば申告してくれ。ここまでで質問はあるだろうか?」
「第1騎士団の方々はどこに配備されるのでしょうか」
「彼らは特殊部隊としてどこの部隊にも所属せず、個人で行動する。基本的には訓練生の各班を見回る事となる予定だ。他は大丈夫だろうか」
「「問題ありません」」
「では続ける。班内のそれぞれの役割だが、前衛2人、後衛1人の構成とする。ハルトマンは常に前衛を担当して貰う。私とアオイに関してはどちらの立ち回りもできるが、今回は経験を積むということも加味し、交代で役割を果たしていく。説明は以上となる」
ハルトマンはあまり魔力量が多くないものの身体強化の魔法に長けているということもあり、このような立ち回りとなるようだ。
蒼もハルトマンも特に異論はなかったため、声は上げない。
「では、出発まで自由時間とする。何か聞きたいことがあれば、私のところまで来るように」
「「了解!」」
解散の旨が伝えられるとハルトマンは準備をするためか、馬が繋がれている方へ向かう。蒼とヴェンツェルもそれに続いた。




