34話 彼の思うところ
帝都のとある居酒屋。店内は狭くお世辞にもきれいとは言い難いが、料理の評判が良いので平民によく利用されているその店内で、男二人は酒を飲み交わしていた。
「アオイちゃんが最近全然かまってくれない」
「アオイ嬢にはアオイ嬢で思うところがあるのだよ。今はそっとしておきなさい」
大げさにため息をつきながらジークは机に突っ伏す。この光景を見たヴェンツェルは、行儀が悪いとは思ったものの、このような安居酒屋では気にとめるものもいないだろうと注意することはない。
確かにジークの言うとおり、最近の蒼は切羽詰まっているのか、ヴェンツェルの目から見ても余裕が無いように感じられた。第4師団の訓練に入ってからというものの、彼女は今まで以上に訓練に時間を費やすようになった。
この世界とは違う世界の記憶も持つヴェンツェルは、蒼のような状況に陥る人間を何人も見てきた。自信の実力不足を嘆き、それを補うために努力を惜しまない者たちを。自分がやりたいようにやっているのだから、そのまま放っておけば良いのにと思う。
「百歩譲ってかまってくれないのはいいけど、訓練を手伝わせてくれてもいいじゃないか。俺もアオイちゃんの力になりたいのにい」
「アオイ嬢本人から断られたのだから諦めなさい」
「うー……」
不満そうな目線をヴェンツェルに向けながら、ジークはグラスに残っていた酒を一気に飲み干す。
ジークのこの絡み酒は迷惑極まりないが、自分に対して臆さない、対等に振る舞う部分には好感を持っており、前世界から考えてもヴェンツェルにとって唯一無二の友人だと思う。
「ヴェン的には、今のアオイちゃんをどう思う?」
「どうって言われても、特に何も思わないが」
「何も思わないことないでしょ」
「いや、特に思うところはないよ。ああいう状態になる人間はよく見てきたし。アオイ嬢は何でもそつなくこなしているように見えたから、最初に魔法がうまく扱えなかったことがよほど堪えたのだろう。あの打ち込み具合はその反動だと思うよ。まあ、あの年頃ではよくあることだろう」
「年頃って。ヴェンもあんまり俺と年変わらないじゃん」
「今でこそ、このような姿をしているが、実はこちらに流れ着く前は40過ぎていたんだ」
「まじかっ!?」
「いいや、嘘だ」
ジークをあしらいつつ、ヴェンツェルは蒼に思いをはせる。あまり他人に興味を持つことはなかったが、彼女は別だった。
女神様から直接力を授けられたという彼女は、ヴェンツェルにとって羨ましくあると同時に妬ましくもある存在だった。というのも、元々信心深いヴェンツェルは前世界と現世界の女神様が同一神だということに気づいてから、前世界と同様に女神様を崇拝してきた。その崇拝対象に直接会うことが叶った蒼に、多少なりとも嫉妬していた。しかし彼女は、大きな力にあぐらをかくことはなく、努力を惜しまなかった。その姿勢に、今では好感を持っている。
元の世界では蒼はただの学生であったにも関わらず、あれだけの力を持っているという部分には感嘆するが、経験不足や精神面では不安を覚える。経験不足という点ではジークも同様ではあるが、こちらに関しては脳天気そうに見えて冷静に物事を見据え判断できる男だとヴェンツェルは思っているので、特に心配はしていない。
ヴェンツェル自身も蒼と同じ異世界人ではあるが、形は違えど魔法は存在していたし、時間をかけて学んだ上で騎士団に入団している。そもそも前世界でも軍属で、少年のみで構成された小規模の隊とはいえ、隊長を任されていたほどの実力はある。
「今回の実地訓練で何もなければいいが」
「ヴェン、何か言った?」
「なんでもない」
まあなるようになるだろうと、ヴェンツェルは考えることを止め、冷めてしまったつまみに手を伸ばした。




