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33話 蒼の焦り(3)

「じゃあ、今日はこのくらいで終わりにして、もう帰りな」


 ギルベルトは服に付いたほこりを払いながら立ち上がる。


「はい。今日はありがとうございました」


「うんうん。また何かあったらおいでよね」


 ギルベルトは蒼に背を向け、宿舎の方へと歩き出す。

 その後ろ姿を見ながら蒼も帰り支度を始めようとしたところで、ギルベルトがこちらを振り返り「最後にもう一つ」と声を掛けてくる。


「守るべきものは見誤らないようにね」


 ギルベルトはそれだけ言うと、今度こそ立ち去った。



――――――――――――――――――――――


「ただいま戻りました」


「おかえりなさい、姉さま」


 ギルベルトと別れた後、まっすぐヴァイデンライヒ邸に帰ってきた。

 玄関のドアを潜り抜けると、待ってましたと言わんばかりに琥珀が近寄ってくる。


「今日はいつもより早く帰って来られたんだね。最近はずっと遅かったでしょ」

 

「ああ、心配かけてすまない。明日からはもう少し早く帰って来れると思う」


「それはよかった」


 心底ほっとしている琥珀の顔を見れば、自分は周りが見えていなかったのだと改めて認識した。



 まだ夕食を取っていなかった蒼は、琥珀を伴ったまま食堂へと向かう。

 食堂の中に入れば、テオバルト、クリスティアーネ、ユーリの3人が同じ卓を囲んでおり、ヴァイデンライヒの面々が勢ぞろいしていた。どうやら食後にそのままくつろいでいたようだ。テーブルの上には4人分の食器があることから、蒼が帰ってくるまで琥珀もここでゆっくりしていたのだろう。


「おお、帰ってきたのか! アオイもこちらにおいで」


 テオバルトに促され、二人も同じ卓につく。

 蒼が帰ってきた時点で声を掛けてくれていたのだろう、席に着くとすぐに蒼の前に軽食と酒が用意された。


 訓練に明け暮れ、殆ど寝に帰っている状態だったため、こうして卓を囲みゆっくり話をするのが随分久しぶりに感じる。


「アオイの噂は聞いているぞ。訓練生の中でも優秀な成績を収めているそうじゃないか。誇らしい限りだ」


 テオバルトの言葉に、横にいたクリスティアーネも賛同するように頷く。

 昨日までの蒼では素直に喜べなかったが、ギルベルトに話を聞いてもらった今では、自分は成長できているのだと素直に受け止められた。


「まだまだではありますが、だいぶ良くなってきたと自分でも思います。ようやく実践で使える程度にはなってきたかと」


「それは良いことです。ただ、あまり無理はいけませんよ。身体を壊しては元も子もないですからね」


「義母上のおっしゃる通りです。少し根を詰めすぎていました。今後は気をつけます」



 その後も褒められたり、心配の声をかけられたりしながら話が進む。

 軽食を食べ終え、蒼も酒に手を付け始めたところで話題は実地訓練の話へ移る。


「今度、開催される実地訓練には俺も参加しようと思っている」


「義兄上がですか」


 蒼が疑問を抱きながらユーリに聞き返せば、コクリと頷き理由を説明してくれる。


「今回の実地訓練は琥珀が参加する事になっているため、かなり大がかりになる予定だ。第5師団だけでは心もとないとのことなので、第1師団からも人を出すことになった。まあそれは建前で、実際のところは訓練生の中から優秀なものを探し、第1師団にスカウトするという意味合いが強い。第1、第2師団は直接訓練生を見る機会は殆どないからな。だが、それだけの理由なら俺も参加しないんだが……」


 語尾を濁したユーリの代わりに、珍しく真面目な表情をしたテオバルトが教えてくれる。


「公表されていないんで大きな声で言えないんだが、連邦国家との情勢が悪化していてな。そのせいか国境付近も賊による犯罪が増えていたりと治安が良くない。なので第1師団からも優秀な人材を派遣する事にした結果、ユーリに行ってもらうことにした」


 琥珀は事前に聞いていたようであまり驚いた様子はない。

 どうやらユーリは公表されていない部分を自分の口からは言い出せず、語尾を濁したらしい。幾分か話しやすくなったのだろう、追加の説明をしてくれる。

 

「ただし、俺はあくまで訓練生の監督という名目で行くので、基本的には手出しはしない。実地訓練中は訓練生に対応してもらう。どうしても訓練生だけでは手に負えなくなったと判断した場合のみ俺が出ることになる」


「義兄上のお手は煩わせません」

 

 蒼の言葉を聞いたユーリは少し困った顔をしながら、蒼を諭すように話す。

 

「自分だけの力でどうしようも出来ない時は上官に、周りを頼ることも必要だぞ。完璧な人間なんていないのだからな。それに訓練とは銘打ってはいるが、実際のところは実戦だ。訓練と実戦は違うということをよく覚えておくように」


「はい。分かっています」


 ならいいのだがと言いつつ、腑に落ちない顔をしたユーリに蒼は少し不満を感じた。

 だが、この時の蒼は分かっているつもりになっているだけだったのだと、のちに痛感する事となる。

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