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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

失くしものへの祈り

作者: 水辺ほとり

人魚をその身にとり込めば、不老長寿になると言う。しかし……

 人魚と知り合ったのは、森の奥の小さな浜辺だった。はじかれものの末っ子同士、不思議と気が合い、種族を超えて私たちは友人となった。人魚は人間でいけば10歳くらいで、私は14。鈴の鳴る様な声で、おにいさん、といつも呼ばれていた。


「王様も愚かですねえ。人魚の肉なんて食べても不老不死なんかなりませんのに」病気が少ないから寿命で死ねるだけなのです、とため息をついてから、海の中で病気が少ない訳を人魚は滔々と語っている。


 ここ数十年、近海の人魚は乱獲されていた。私の父王は戦をなくし、外交に長けて、安定した国政を誇っている。そのために、狂信的な臣下が永遠に王の治世であるようにと祈って、人魚を乱獲しては王に食べることを無理強いしているのだ。嫌がりながらも、王はいただいた命は食べねば、これ以外は優秀な臣下だしなと諦めているという。

 私と同じ言葉を持つこの人魚もいずれ捕らえられ、父に捧げられてしまうのだろうか。海と同じエメラルドグリーンの髪が夕陽に照らされてきらきらと光るのをぼんやりと眺める。

「おにいさんの髪は夕雲と同じ蜜色ですね」こちらを見ていたでしょう、わかってますよと笑顔を向けてきた。お前は海の色じゃないか、と言い返すのも照れ臭い。ふん、と鼻を鳴らして無愛想にする。そんな私にも、にこにこと笑顔を変わらずに向けてくる。

 そうこうしているうちに、夕日が波の近くまで落ちてきた。天辺は淡い紺とエメラルドグリーンがせめぎ合い、一番星が早くも顔を出している。別れの時間だった。

「また」

「ええ。また逢えますように」祈りを込めて、私の薬指のない手に人魚は唇を落とした。


 私の薬指は幼い頃の事故で完全に根元から失われている。

「気持ち悪くないのか。薬指がないんだぞ」と以前伝えたが、

「いいえ、欠けているものこそ愛おしいのです」と蕩けた顔をして見せた。この恍惚とした顔は見たことのない妖しい気配を放っていた。おぞましい気持ちと惹かれる気持ちの両方が湧き出した。

「触れても、いいですか?」と怯え半分、恍惚半分の顔でこちらを伺われ、見知らぬ動物を相手にするときのように、そっと手を出した。

 それから、手に口付けをされるようになったのだった。

 


 今日の短い逢瀬が終わった。これからも毎日逢えるものだと思っていた。



 翌日。いつもの約束の時間になっても、人魚は来なかった。嫌な胸騒ぎがして、王宮へと戻ると、王と臣下が珍しく言い争っていたと聞いた。

 控えていたメイドに声をかける。

「何故、父君は言い争っていたのだ?」

「王は憐み深くていらっしゃいますので、今日の食材の人魚が幼いことを嘆き悲しんでいらっしゃったのです」

 ヒュッ、と喉を締めつける。鼻の奥がしょっぱい。

 メイドはハンカチを差し出しながら、優しい笑顔で言った。

「王は憐み深くていらっしゃいますので、人魚を食べるが生かしておくとおっしゃいました。今ほど"治療"が終わり、人魚は王の命で、後宮にて看病されています」

 走って後宮に向かった。メイドから走るなんて、はしたないですよ!と叱られたが構うものか。私は、私の人魚を必死で探した。

「おにいさん?」

 いつもの、鈴の鳴るような声が私を呼んだ。細く開いた扉を勢いよく開けて、愕然とした。

 そこにいたのは、脚と呼ぶべき尾鰭を失くし、包帯で巻かれ、憔悴した顔の人魚だった。父君は、魚の部分を召し上がったのだろう。

「お前、こんな姿に……」

 涙と吐瀉物と怒りが一緒にこみ上げてくる。痛かっただろう、苦しかっただろう、どんなにか屈辱を感じただろう。こらえて下を向いていると、おにいさん、と呼びかけられた。

「おにいさん、きらいになりますか。欠けているわたしを」

 人魚は恍惚としていた。その顔でもう一度、おにいさん、と私を呼んだ。

「おにいさんと、おそろい。ね?」

 寝かされている人魚が、懸命に体を起こして、手を伸ばしてくる。何を求めているか分かって、薬指のない手を差し出した。

 薬指のない手にやわらかく口付けたあと、かりりと噛みつかれた。甘美な震えが襲ってきて、手のひらからは血があふれ出た。

「おそろいだ」とつぶやいた。自然と口元が緩む。

「お顔もおそろいですね」


「てのひらも、薬指とおんなじお味です、とろけるような美味でした」

 人魚は、鋭い歯を晒して、にっこりと笑った。

人魚をその身にとり込めば、不老長寿になると言う。しかし、彼は心を人魚にとらわれて、人の範疇を超えた悦びに堕ちてしまったのでした。めでたしめでたし?


それぞれ失くしたものをお互いに求めて、歪つでも幸せになれる話が書きたかったのですが、なんせ暗い。

 

手の甲のキスは敬愛の証らしいです。

脚へのキスは隷属。

薬指は結婚の証。


人魚は、脚を失くして、これからずっと王子に隷属できると喜んでいます。

傷物で薬指のない縁起の悪い王子は、きっと人魚を王妃として招き入れます。なおのこと政や社交から遠ざけられるのでしょう。

決してハッピーエンドではないかもしれないけれど、私なりの昔話でした。

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