物理将棋
「本日は物理将棋 第32回筋肉王戦準決勝、佐藤四段 対 鈴木五段の模様をお伝えします。実況解説は私、高橋聡子と伊藤善治永世筋肉王名人でお送りします。伊藤名人、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。今回は全く戦法が異なる二人の戦いなので、僕もどんな展開になるのかとても楽しみです」
「早速、先手の佐藤四段が指すようですね」
佐藤四段は右手の親指、人差し指、中指でしっかりと固定した歩を思い切り盤面に叩きつけました。耳をつんざくような轟音と共に、とてつもない衝撃波が空気中を伝わり、盤上の駒はふわりと宙を舞います。
「先手佐藤四段、2六歩! いやあ、強烈ですねえ……初手で鈴木五段の金1枚と銀1枚を場外に吹き飛ばしました」
「佐藤四段は御覧の通りのパワープレイが得意技なんですが、もちろん敵の王将を直接落とすのは反則ですし、自分の駒は落とさないようにしなければならないので、その辺の匙加減も見事なんですよ」
「たしかに、ご自身の駒はほとんど動いていませんね。開幕からいきなり差を付けられてしまった鈴木五段。どう挽回するのでしょうか」
鈴木五段は全く動揺を見せず、静かに人差し指と中指で挟むようにして駒を持ち上げ、振り下ろしました。将棋盤は揺れ動き、数枚の駒は僅かに移動したものの、盤外へ転がり落ちはしませんでした。
「……ええっと、これは攻めが不発だったのでしょうか?」
「いえ、よく盤面を見て下さい」
「……あっ……これはっ!? 鈴木五段の角、飛車、桂馬によるトリプル王手!!」
「ええ、通常の将棋では絶対に見られない光景ですね。これが物理将棋の醍醐味です。鈴木五段は、この繊細かつ正確な駒運びが持ち味の棋士なんですよ。さて、ここで全ての王手を躱すのは、なかなか難しそうです。かなり早い段階での決着となるかもしれませんね」
たらりと冷や汗をかく佐藤四段。刻一刻と時間は流れ、無情にも「30秒~」という秒読みが告げられます。
「佐藤四段、かなり長考しているようですね。持ち時間3分が経過するごとに相手からの肩パンが加えられますが、覚悟しているということでしょうか?」
「おそらくそうでしょう。自身の鍛え上げた三角筋であれば、1,2発は耐えられると見込んでいるのではないかと思います。僕が現役の頃は腹パン、いわゆるボディブローだったんですが、女流棋士の方が増えてきて規約が見直されました」
「最近では、アマチュアで用いられている指立て伏せ30回というルールをプロにも導入すべきではないかという声も上がっているようですが、伊藤名人はどのようにお考えですか?」
「そうですねえ……実際プロ同士の場合、指立て伏せを100回やったところで、そう簡単に指の力が弱まったりしないんですよね。だから結局ただ時間の無駄になってしまうんじゃないかなってのが僕の意見です」
「なるほど……おっ、動きが見られました」
佐藤四段は先ほどとは異なり親指と人差し指で駒の左右を挟み、手首のスナップを利かせて駒を叩き込みました。
「あああっ! 出ましたっ! 三枚同時駒 NTR!!」
「これも佐藤四段の得技ですね。駒を浮かすだけでなく回転を加えて、敵の駒を己のものにする。アマチュア時代から『NTRの佐藤』として有名でした……しかし、これは悪手かもしれませんね」
「えっ? どうしてですか?」
「鈴木五段はNTRに興奮して、攻め方に鋭さが増す性癖の持ち主ですから」
「えぇ……」
まるで人が変わったかのように肉食獣のような眼光で盤上を睨む鈴木五段。目にも留まらぬ速さで駒を掴み、勢いよく打ち付けました。
「なっ……さ、三枚同時駒NTR返し王手!! さらに三枚とも空中で裏返ることで成っています!!」
「完全に詰みですね。やはり敗因は不用意に鈴木五段の性癖を刺激してしまったことでしょう。実力伯仲する二人ですから、千日手からのP K対決も期待していたのですが、少しあっけない幕引きでしたね」
「……今回も非常に手に汗握る刺激的な対局でした。対局時間12分25秒、鈴木五段の4手目トリプル王手により詰み。第32回筋肉王戦準決勝は鈴木五段の勝利です。実況解説は私、高橋聡子と伊藤善治永世筋肉王名人でお送りしました」
「皆様お疲れさまでした。次の盤面でまたお会いしましょう!」