破滅の足音
だが、ユウジの歪んだ目的は早々に頓挫する事となった。
セリアにどれだけ魅了魔法を仕掛けても、効かなかったのだ。
ユウジが魅了を使う方法は、相手の瞳と自分の瞳を合わせる……いわゆる見つめ合う事が条件であった。仲間になってから、ユウジは早い段階でロイドからセリアを奪ってやろうと偶然を装って彼女と何度も見つめ合った。
しかし。
「え、えーと……ユウジさん? わたしの顔に何か付いてますか……?」
「……いや、すまない。ちょっと疲れていて呆けていたようだ」
「もう、無理はダメですよ。クエストの報告はわたしとロイドが行きますから、ユウジさんは宿で休んだほうがいいですよ! ね、ロイド?」
「セリアの言う通りですよ。後は俺達がやっておきますから」
「ありがとう、セリアちゃん、ロイド君。それじゃ、少し休ませてもらうよ」
かろうじて笑顔を作ったユウジは2人に礼を言い、すぐに自分が泊っている宿へと戻った。そして――部屋に着くと狂ったように癇癪をおこし、部屋にある椅子やテーブルを無造作に蹴り上げ始めた。
「クソッ‼ クソが‼ あのアマ、なんで魅了が効かねーんだよ‼ さっさと僕のモノになってりゃいいものを、ああ……めんどくせぇ、マジでイライラするわ‼ いっそ無理矢理犯してやろうか、あぁん!?」
ひときしり物に八つ当たりした後、冷静になったユウジは深呼吸して原因を考える。
ユウジの魅了は、少しでも警戒心のある者や、彼の事を信用していない……簡単に言えば心が無防備ではない人間には全く効かない程弱い魔法だ。
つまり、考えられることは1つであった。
セリアはユウジの事を、警戒しているという事だ。
もちろん、数日前にメンバーとなった良く分からない素性の男を信用しないなど当たり前の事である。
けれど、今回の場合はセリア本人にその自覚はないとユウジは考えた。
そう思うのには理由があった。
あれは、パーティを組んでからすぐに受けた魔物退治でハプニングが起き、少しの間ロイドと逸れてしまった時の事だ。
その間、セリアはユウジと2人きりだったのだが、彼女は完全にユウジの事を仲間だと信じており、終始隙だらけの姿を彼に晒していたのだ。
そのことから、少なくともセリア本人はユウジが自分に対し醜悪な欲望を向けている事に全く気付いておらず。おそらく、無意識に彼女は自分の心を守っているのだろうとユウジは結論を出した。
「ちっ、神官スキルの所為か知らないが、面倒だな」
予想以上に心のガードが堅かったセリアに舌打ちをしつつ、ユウジは次の手を考えることにした。
このままセリアの若く瑞々しい身体を諦めるなどという選択肢など、ユウジの頭にはなかった。
そして……しばらく悩んだ末に、遂に彼は思いついた。
無意識に警戒する彼女の心を開き、2人を絶望の底に落とす方法を思いついてしまったのだ。
セリアを堕とし、自分よりも劣っているであろうロイドから何もかも奪ってやるというユウジの執念が、ソレを導き出した。
「ひ、ひひひ……そうだ。これなら、きっと」
歪んだ笑みを作ったユウジは、ひたすら気味悪く笑い続ける。
今もユウジの事を心配している2人が破滅する姿を、強く望みながら。
***
それはある日、いつも通り森でクエストをこなした帰り道のことだった。
「危ない、セリアちゃんッ‼ ぐっ……‼」
「えっ……ユウジ、さん? あ、ああ……そ、そんな……わたしを、庇って……」
突然、数匹の魔物から不意打ちされたロイド達の陣形が崩れ、無防備となってしまったセリアに獣のような姿の魔物が襲い掛かった。するどい爪がセリアに接触しそうになった瞬間、ユウジが彼女を庇い、右腕を深く切り裂かれてしまう。
「この、よくもユウジさんをッ!!」
「グギャアアアアアア!!」
駆けつけたロイドがすぐに魔物を倒したものの、ユウジは相当な深手を負ったのか血だらけの腕を抑えながら苦痛の声を上げ始めた。
「ぐぅ、うううぅ……」
「ユウジさんッ!? セリア‼ 早く回復魔法を‼」
「す、すぐに治しますからッ‼ 癒しの光‼」
セリアは癒しの呪文を唱え、傷ついたユウジの腕の治療を始める。
彼女が覚えている魔法の中でも、もっとも怪我に効果のある魔法のはずだった。
――ところが。
「な、なんで!? どうして、傷が塞がらないの……!?」
「セリアの治療魔法が効かないなんて……一体どうなってんだよ‼」
普段なら、たちまち血を止め傷を癒してくれるはずのセリアの癒しの魔法が機能しなかったのだ。
初めての事態にセリアは大粒の涙を流しながらパニックとなり、ロイドは言葉を失ってしまう。
「ねぇ、ロイド‼ どうしよう……このままじゃユウジさんが、ユウジさんが‼」
「だい、じょうぶ……だよ、セリア、ちゃん」
どうしたらいいのか分からず、セリアは泣きじゃくりながらロイドに救いを求めた。そんな時、彼女の声に応えたのは怪我をした張本人であるユウジだった。
「ユウジさん……‼」
「はは、このくらいで、死にはしないさ……ぐっ‼ げほっごほっ」
「ごっ、ごめんなさい。わたしの所為で、ホントにごめんなさい……」
その後。ロイドがギルドに救援要請を出し、救助隊が来るまでセリアは倒れているユウジの手を握り、ずっと謝り続けていた。そこには普段の明るくほんわかとした彼女の姿はなく、ただただ自分の所為で大怪我を負わせてしまったユウジに対する罪悪感に圧し潰されそうな儚い少女がいるのみだった。
――だが、彼女は知らない。
傷つき倒れているはずのユウジが、一瞬だけ邪悪な笑みを浮かべたことを。
そして、この出来事の全てが。
……セリアとロイドを地獄に落とすための茶番だという事を。
彼女は、知らなかった。




