幼馴染との決別
洞窟でのクエストも何事もなく終わり、俺達は街へと戻っていた。
帰りは誰もしゃべらず、みんなが無言だった。
セリアは何か言いたそうな様子で終始こちらを見つめていたが、俺は見て見ぬ振りをした。
別れる決心をしたとはいえ、未だに胸の中には小さな頃から育んできた彼女に対する愛がある。
何か話してしまえば、この気持ちが揺らいでしまうかも知れない。
そうなると、セリアと別れるのも難しくなるだろう。
一緒に居たら、またユウジとセリアが愛し合う姿を見ることになる。
そんなのは、絶対に御免だ。
あんなおぞましい光景など、俺は……二度と見たくない。
***
街に着いた頃には時間は既に深夜となっており、ギルドで報酬を受け取った時点で俺達は解散する事となった。
ユウジが自分の泊っている宿へと戻っていき、セリアは俺に付いて一緒の宿へと入ろうとする。
今ではユウジの傍にべったりと付き添っているセリアとの、数少ない2人きりになる時間だ。いつもの俺なら、彼女と2人になれるこの時間を喜んだと思う。
……たとえ彼女が顔を綻ばせて話す話題が全てユウジの事だったとしても、それでも嬉しかったんだ。
だけど。
後ろから付いてくるセリアに向かって、俺は振り向きもせずに声を掛けた。
「今日は、1人で休みたいんだ。だから、無理して俺と一緒にいなくてもいいよ」
「ロ、ロイド? 別に、わたしは……そんな」
「頼む。今日は、ユウジさんの所へ行ってくれないか……」
「……うん、わかった」
セリアの足音が遠ざかり、俺は軽くため息を付いた。
ああ、本当に惨めな男だ。
よりによって、自分から恋人を他の男の元へと行かせることになるなんてな。
でも、セリアにとっては俺と居るよりもユウジといた方が何倍も楽しいだろうから、これで良かったのかも知れない。
冒険をしている最中、彼女がユウジを見ている表情は、まさに愛する者を見るようなものだった。
少し前なら、そんな表情を俺に向けてくれていたんだ。
だからこそ、わかった。
彼女はとっくに俺の事なんて好きなんじゃないと……分かってしまったんだ。
「ぐっ、うぅ……」
1人になった途端、涙が止まらなくなる。
……幼少期から、ずっとずっと一緒に過ごしてきた幼馴染だった。
一緒に笑ったり泣いたりして、大変な時でも協力して、手を取り合って生活してきた、大切な存在だった。
常に隣にいたセリアと別れることなんか、想像したことすらなかった。
なのに。
「う、あぁぁ……セリア……セリア」
本当は、別れたくなんかない。
出来る事なら、俺の所へと戻ってきてほしい。
今からでも、ユウジの元へと行かせた彼女を連れ戻したい気持ちになる。
でも、それは出来ない。
そんなことをしても、意味が無いから。
だって愛されてない俺がそんなことをしても、セリアに嫌われるだけだから。
どんなことをしたって、俺の方を振り向いてくれる事などもうないのだから。
だから……これしか選択肢はなかった。
俺は今日、2人の前から消えようと決意していた。
それしか、この苦しみから逃れる方法を思いつかなかった。
***
宿に戻り、自分の部屋へと入った俺はすぐに荷造りをする。
パーティを抜けるにしても、本来ならちゃんとした別れ方をするべきなのは分かってる。
でも、これ以上2人の事を見ていられないくらい俺は限界だった。
一応抜けることは伝えたのだ。それで勘弁してもらいたい。
それに、普段から足手まといと言われている俺がすぐに消えたとしてもそんなに支障は出ないだろう。
あの2人も心の底では俺が抜ける事を喜んでいたことも十分考えられる。
セリアだって抜ける時は動揺していたが、俺がユウジの足を引っ張っている事を普段から嫌悪していた。
ユウジに怪我をさせてしまった時など、憎悪の目を向けられたことすらある。
『ユウジの足しか引っ張らないなら、魔物の的にでもなって注意でも引いたら?』
『ロイドさえ消えてくれれば、わたし達のパーティもBランクくらいいけそうなんだけどなぁ……。そういうの、自覚してる? 恋人がこんな役立たずで、ホント恥ずかしいよ』
いつからなのか、セリアの事を思い出す度に優しい思い出ではなく、辛い思い出ばかりが蘇ってくるようになったのは。
実際、俺が足を引っ張っていたのは事実だ。
彼女があんなに俺を責めるようになってしまったのも、もしかすると当然の事なのかも知れない。
俺が至らない所為で、彼女を失望させてしまったから。
だから――彼女はユウジと。
……もうやめよう。
自分の無力さにも、セリアの事についても、充分苦しんだ。
これ以上は、何も考えたくない。
荷物を纏め終わった俺は、最後に手紙を書いてテーブルへと置いた。
臆病なやり方ではあるが、せめて彼女に対しての気持ちだけは伝えたかった。
「はは、我ながら未練がましいよな……」
明かりを消し、誰もいない部屋に向かって呟く。
もう二度と彼女と会う事はないかもしれない。
だからこそ、伝えたかった。
最近は辛くて、苦しくて……死にたくなるような嫌な事も沢山あったけど。
それでも、恋人になってから過ごした日々はとても暖かく楽しい思い出もあった。彼女の優しい笑顔に救われたことも、数えきれないくらいあったんだ。
なら、そんな彼女に伝える言葉は一つだけだ。
――今まで一緒に過ごしてくれて、ありがとう。
こんな形で別れる事になったのは、やっぱり悲しいけど。
それでもお前と一緒に居られて、俺は幸せだったよ。
ユウジと、幸せにな……。
さよなら、セリア。




