止まらない崩壊
テントでの一件以来、俺とセリアの気持ちは離れていく一方だった。
正確に言えば、俺がセリアを無意識に避けてしまっていたのだが。
それに、最近じゃ俺と2人きりの時でも時折ユウジについて話してくる。
『ユウジって本当に優しくて――』
『傍に居ると、彼の素敵な所が沢山分かってくるの!』
何故、恋人の俺の前でそんな話をするのか理解に苦しんだが、セリアの笑顔を見るに悪い意図はなさそうに見えた。それでもユウジの事を褒め称えるような話を聞くたび、気持ちが沈んでいく。
そんな俺の様子を見ると慌てたように、「あっ……で、でも! ロイドの方が素敵だよ? わたしが好きなのはあなただけだから勘違いしないでね!」などとフォローしてくる。そういう所は相変わらず優しいんだな。
だが、俺は知っている。
お前らが俺に隠れてあんな事をしていたという事を。
そして、それが今も継続中だという事も。
……週に一度、夜になるとセリアは俺達の泊っている宿から抜け出し、ユウジの泊っている宿へと行っている。
テントの一件があってからセリアの動向に気を配っていた俺は夜中に彼女が部屋を出て、どこかへと向かう様子に気づいたんだ。後をつけて見れば案の定、行き先はユウジの所だった。
部屋で2人が何をしているのかまでは分からないが、あの時の事を思い出せば、何をしているかなど明白だ。
何とかしなければと、頭では分かっていても、解決策が見えないままズルズルと時は過ぎていった。結局、セリアやユウジを問い詰める事は出来なかった。
怖かったんだ、今の関係が崩れてしまう事が……。
パーティが崩壊してしまう事が怖くて、俺は見て見ぬ振りをしてしまった。恋人が他の男に抱かれているのに、何も行動できない愚かな自分に一番腹が立った。
そして、俺が何も出来ない間に状況はどんどん悪い方向へと変わって行く。
久しぶりに2人でデートしていた時、ふとセリアの方を見ると彼女はいつの間にかピアスを両耳にしていた。
「え、セリア……それって?」
「ああ、これ? ユウジから貰ったんだよ♪ 似合ってるかな?」
そう屈託のない笑顔で俺に告げてくるが、俺が言いたいのはそういう事ではない。彼女は村に居た頃から、こういう身体に穴を開けるようなものは嫌っていたはずなのだ。
この街で初めて買い物をした時も。
『セリアは、こういうアクセサリーには興味ないのか?』
『ええっ、嫌だよ……自分の身体に穴を開けるような物を着けるなんて……お母さんが聞いたら悲しんじゃう』
『そうか。まあ、俺もあんまり好きじゃないなこういうのは』
『うん、わたしも! えへへ、ロイドがこういうの好きだって言ったらどうしようかなと思っちゃった』
『いやいや、なんでだよ』
『だって、好きな人の趣味には合わせたいじゃない』
あの時の会話を思い出した俺は、心臓が激しく高鳴るのを感じた。
――好きな人の趣味には合わせたいじゃない。
もしかして、ユウジはこういうのが好きなのだろうか? セリアが両耳に穴まであけて、ピアスを身に着けているのはそういう事なのではないのか?
「なあ、セリア……」
「ん、なぁに?」
「俺の事、好きか……?」
不安が大きくなった俺は、ついこんな事を聞いてしまう。
明らかに不自然な流れでの質問だった。
そんな質問に彼女は。
「え……うん。好きだよ……? それがどうしたの?」
「い、いや。何でもない」
「ふふっ、変なロイド」
やはり、相変わらずの答えをくれる。
好き……そう言われているはずなのに。
何で心はこんなにも乾いていくのか。
俺が好きなら、何故……未だにユウジのいる宿に隠れて行っているんだ?
彼女が、あいつに段々と染められていく気がして怖くなった。
***
そんな生活が続く中、俺達は突然ギルドから依頼された仕事を受けてダンジョンへと入っていた。途中で魔物に襲われるも、何とか力を合わせて撃退したのだが。
「ちょっと、ロイド! ちゃんと援護してよッ! あなたの所為でユウジが怪我しちゃったじゃない!」
「あ、ああ……ごめん、ユウジさん」
「いいさ、ロイド君は良く頑張ってると思うよ。セリアもそんなに彼を怒らないでやってくれ」
「でも‼ ロイドの所為で怪我しちゃったんだよ?」
「ははは、こんなのかすり傷だよ。それに、セリアの回復魔法ですっかり良くなったからね」
俺が不甲斐ないばかりに、魔物の攻撃がユウジに集中してしまい右手に少し怪我をさせてしまったのだ。その結果、俺はセリアに怒られて険悪な空気となる。
「ロイドってさ……」
「ん?」
「前から思ってたんだけど、わたし達の足を引っ張ってるよね? わたしとユウジはこんなに頑張ってるのに、あなただけ何もしてないじゃない」
そんな中で、セリアがポツリと俺に対して呟いてきた。
確かに事実かも知れない。だけど、今までこんなにキツくストレートな物言いを彼女が俺にして来た事など無かったため、俺は動揺してしまう。
「えっ……でも、俺だって頑張って――」
「はぁ? なに言い訳してるのよ? あ~あ、あなたってそういう人だったんだ。なんだか、失望しちゃった」
「セ、セリア……俺は」
「悪いけど、しばらく話しかけないでくれない? 今の情けないロイドとは話したくないから」
俺に吐き捨てるように告げると、セリアは先頭に居るユウジの元へと行ってしまう。
……冷たい拒絶の言葉を吐かれショックで呆然としていると、すぐに2人の楽しそうな会話が前から聞こえて来る。
その様子を見ていた俺は、居場所を失ったような気持ちで2人の後ろを付いて行く事しか出来なかった。
そして、この日を境にセリアの俺に対する態度が酷くなり始めた。
***
「はい、これ」
「……え?」
ある日、別の依頼を受けて集合場所であるギルドに集まり、いざ出発しようとした瞬間――いきなり、セリアとユウジが自分の荷物を俺に寄越してきた。
一体どういう事なのか理解できない俺は、固まってしまう。
「え? じゃないでしょ。最近のロイドってさぁ、唯でさえ役立たずなんだから、わたし達の荷物くらい持つのは当然だよね?」
「あ、あぁ……そう、だな」
「すまないねロイド君。そういう事だから、僕たちの分の荷物も頼むよ」
ユウジも済まなさそうな顔こそしているが、俺が全員分の荷物を背負うのが当然のような態度を見せていき、そのまま歩いてギルドを出て行ってしまった。
「あぁん! 待ってよユウジ~。ほら、あなたもボサっとしてないでさっさと荷物持って付いて来てよ」
俺にそう言うと、セリアもユウジと同じようにさっさと外に出て行ってしまう。
残された俺は、渋々荷物を背負って2人の後を追いかけた。
外に出ると、セリアとユウジが肩を並べて歩いている姿が見えた。
その様子はまるで恋人同士のように見えて――そんな2人の姿を見るのが、どうしようもなく辛く、悲しくなった。
自身に対する情けなさと、嫉妬心。それに加え、少し前までどんな時でも俺に対して優しくしてくれたセリアのあの豹変ぶり。
言いようのない不安に俺は襲われる。
もしかしたら、俺は……このパーティに必要のない存在なんじゃないのか?




