天国と地獄の日
「来てくれて嬉しいよ」
「ちょっと迷ったけど……これもロイドの為だから」
明かりのついてないテントの中で言葉を交わした後、わたし達はキスをする。
ユウジに言われてから、ロイドとするのを止めて、もうどれくらいの時が経ったのだろう。
今ではロイドとのキスがどんなだったのか忘れてしまったけど。
それでもこれはあくまで練習なのだ。
いつか、とびきり素敵なキスをロイドとするための。
静かなテントの中で、しばらくお互いの口を貪る水音が響き渡った。
ユウジとのキスは何度しても気持ち良くて、頭がふわふわとしてくる。
「そろそろシたくなった?」
わたしの身体を知り尽くしているといった彼の笑顔が、暗がりの中でもうっすらと見えた。
火照ってしまった身体は、ユウジを求めているのが自分でも分かる。
実際、彼の言う通りなんだけど……知ってて焦らされるのは正直好きじゃない。
「分かってる癖に……ユウジのいじわる」
「はは、悪かったよ。セリアの反応が毎回可愛くて、ついね」
「またそうやって、調子の良い事言うんだから……」
「嫌だった?」
「……嫌じゃ、ないですけど」
意地悪の後に、すぐさまフォローしてくるのも何時もの事だ。
それで、わたしの機嫌がすぐに良くなるのも。
「それじゃ、今日もいっぱい練習しようか」
「うん……♡」
覆いかぶさってくるユウジの首の後ろに手を回し、わたしはいつものように彼を受け入れた。
***
初めてを失ったあの日――せめてこれは練習であるという証明として行為の最中でも、今後名前を呼ぶのはユウジではなく、ロイドにしようと話し合って決めた。
『罪悪感がどうしても残るなら、僕じゃなくロイド君とシていると思えばいいんだよ。セリアがそれで安心できるなら、僕は全然構わないからさ』
ロイドとわたしのため、親切にそう言ってくれたユウジには、感謝してもし切れなかった。
なのに――この日、わたしはロイドの名前ではなく、ユウジの名前を叫んだ。
ユウジと身体を重ねていると、時々怖くなってくることがある。
身体の相性が良いのか分からないけど、彼としていると異常なほどの快楽が襲ってくるのだ。
声を上げないように我慢しようとしても、いつも最後には我を失って快楽に狂い、自分とは思えないようなはしたない声を上げて、ユウジを求めてしまう。
そんな時、ユウジは気持ち良くなってくれて嬉しいとか、可愛い声が聞けて良かったとわたしを褒めてくれる。
彼に褒められるのはとても嬉しかった。
頭を撫でられると罪悪感は薄まり、これで良かったのだと思えて来る。
だけど。
何だかロイドを裏切ってしまっているようで、行為が終わった後はいつも自己嫌悪が止まらなくなる。
そんな必要ないのに。
これは、ロイドの為にしている事なのに……どうして?
「まだ味わい足りないよ。少し休んだら、もっとしよう」
「でも、明日に響くし……そろそろ」
ユウジに耳元で甘く囁かれると、再び下腹部が疼く。
気が進まないような事を言ったけど、わたしの身体はまだまだ彼を求めていた。
「大丈夫だって。あの程度の魔物、すぐに僕が倒すからさ。それに、セリアの可愛い姿をもっと見たいんだ」
「そんな事言われたら、わたし――あっ」
迫ってくる彼を振り切れないまま。
結局この日は外が明るくなる頃まで、わたしはユウジと……しました。
いつの間にかテントの明かりが付いていたけど、ユウジに夢中となっていたわたしは、その事をさして気にすることはなかった。
***
ユウジのテントから出た頃には明け方となり、暗かった空もすっかり明るくなっていた。朝の冷たい風が、火照った身体を冷ましてくれる。
テントから出る直前まで放してくれず、いつもより激しく求められた所為で、足がふらふらする。
あんなユウジは、久しぶりに見た気がした。
何か嬉しい事でもあったのかな?
それとも、魔物と戦う前日という事で気が高ぶっていたのかも知れない。
ユウジはカッコ良くて、強くて。
逞しいあの身体は、何度見ても――
……なんだか。
最近は、気が付けばユウジの事ばかり考えている気がする。
おかしいよね。だってあれはあくまで練習で。
ユウジに対しては、感謝以上の気持ちなんてないはずなのに。
そう自覚すると、気持ちが沈む。
これじゃ、まるで本当に浮気してるみたいだった。
なにしてるんだろう、わたし。
ロイドじゃなく、他の人にこんな気持ちを抱くなんて……。
暗い気持ちで歩いていると、気が付けば自分のテント近くまで着いていた。
すぐ近くには、ロイドのテントもある。
ロイドはちゃんと眠れたかな……?
明かりの消えているテントを見ながら、愛する幼馴染の事をわたしは思い出す。
……いつか。
魔物討伐とか抜きにして、ロイドと2人きりでこういう場所でデートするのも悪くないと思った。2人でおしゃべりして、美味しいものを食べて、一緒のテントで寝て……そして、愛し合うの。
そんな幸せな未来を想像すると、自然と頬が緩んでしまう。
やっぱり、わたしが好きなのはロイドだけなのだと、改めて感じる事が出来た。
「大好き」
ロイドのテントに向かって小さく気持ちを伝えた後、わたしは自分のテントへと戻り、眠りにつく。
彼のおかげで、この日は幸せな気持ちのまま眠ることができた。
ホントにありがとね、ロイド。




