初めての拒絶
「ごめんなさい、ロイド。今日はちょっと……」
「あ……いや、俺の方こそごめん」
深夜までユウジの看病をして帰ってきたセリアを労い、良い雰囲気になったので彼女にキスをしようとしたロイドだったが、ふいっとセリアは顔を逸らしてソレを拒絶した。
「何だか疲れてるみたいなの……だからまた今度、ね?」
「ああ、わかったよ。おやすみ、セリア」
「おやすみなさい、ロイド」
電気を消してロイドが先に寝ると、彼の姿を見つめていたセリアは小さな声で呟いた。
「……ごめんね」
あの日からセリアは、深夜遅くまでユウジと看護行為に励んでいた。初めてキスをした日から、彼女自身ハマってしまったのか毎日のようにお互いの唇を貪っている。
これは、ユウジを助けるためだから仕方のない事なんだ。
ユウジが早く治れば、3人でまた冒険出来るからロイドもきっと喜んでくれる。
だから……これはロイドの為でもあるの。
彼女の言い訳は日に日に歪んでいき、今では自分のしている事はロイドのためだと信じて疑わないようになる。
ユウジと唾液を交換しながら、彼女はロイドの事を深く想っていた。
とはいえ、ロイドに話してしまうとユウジとの関係を誤解してしまう可能性があると分かっていたため、彼には嘘を話した。
嘘だらけの彼女の言葉をロイドは、心から信じていたのだ……。
そんな生活を繰り返していたのだが、この日は少し違った。いつも通りユウジにご飯を食べさせる看護をしている最中、突然ユウジが深刻そうな顔でセリアにこう言ったのだ。
「セリアってさ、ひょっとして、キス下手なんじゃないのかな?」
「えっ……? ユウジ、いきなり何言ってるのよ……」
「いや、セリアと毎日キスしてて思ってさ」
「ユウジとしてるのはキスじゃないでしょ‼ わたしはロイドとしか、キスはしないから‼」
キスしてるとユウジが言うと、セリアは激しく怒りそれを否定した。
セリアからしてみれば、毎日ユウジとしている行為はあくまで看護であって、キスなどという不貞行為とは違うのだ。
「ごめんごめん、言われなくてもわかってるよ。だけど看護での口移しとかでも、大体わかっちゃうんだよね。セリアはキスが下手だってさ」
「で、でも‼ ロイドはそんなの一言だって……」
「そりゃロイド君は君の事を愛してるからね。思ってても言わないよ。なにより、彼は僕と違って優しいからさ」
――今まで、無理していたんだろうね。可哀想に。
ユウジの言葉で、セリアの顔色は途端に悪くなる。
もしかしたら、わたしは今までロイドに下手くそなキスをしていたのではないか?
彼も内心、そんな自分に対して不満を持っていたのではないか。
小さな不安はどんどんと膨らんでいき、やがてセリアの瞳からは涙が零れ出す。
「わたし、そんなの知らなくてッ……! ロイドがずっと無理してたなんて!」
「落ち着いて、セリア」
「ひっぐ……! どうしようユウジ! ロイドから失望されてたら……‼」
「大丈夫、大丈夫さ。これから上手くなるように練習して行けば」
恐慌状態となり震えているセリアを、ユウジは優しく包み込むように後ろから抱き締める。
ユウジに抱き締められた瞬間、不思議とセリアは心が安らぐ気分となった。
(なんだろう、ユウジからこうされると……凄く安心する)
密着している所為か、ユウジの逞しい身体の感触と彼の匂いをセリアが感じると、心が溶かされるような甘い幸福感が襲ってくる。やがて彼女の目は虚ろとなり、そこにはユウジの姿しか映らない。
「セリア」
「ふぇ……?」
心と頭が蕩けている彼女に、ユウジはゆっくりと提案をする。
「僕は、セリアとロイド君が上手くいくように助けたいんだ」
偽りの真摯な瞳に、セリアは魅入られていく。
そこに悪意がある事も知らずに、恍惚の表情で彼女はユウジに見入っていた。
「だからさ、これからは看護じゃなく。僕とちゃんとしたキスの練習をしないか?」
ユウジの口から飛び出したのは、セリアにとっては絶対にダメだったもの。
断らないといけない、提案だった。
看護行為として唇を合わせるのではなく、キスという行為だと分かった上でユウジと唇を合わせようというのだ。
魅了されているとはいえ、不貞行為に強い嫌悪感があったセリアにとっては受け入れる事などできるはずもない言葉だった。
しかし、ユウジに抱き締められ、幸福感で頭が上手く働かない彼女は、彼の提案をとても素晴らしいものだと思うようになっていた。
「ユウジは……優しいね♡ わたし達の事を、そこまで想ってくれてたなんて」
「そんなの当たり前さ。2人共、僕の大事な仲間だからね。2人の幸せのためなら、なんでも協力したいと思っているよ」
「ありがと、ユウジ」
ユウジと見つめ合ったセリアは、自分から彼の唇に自らの唇を重ねる。
看護の時とは違い、今のセリアの口には食べ物など入っていない。
だが、彼女はそのままユウジの唇を愛おしそうに貪った。
これは練習だから。
浮気じゃないから。
全部、ロイドのためだから。
そう思いながら、彼女は更に激しくユウジの口を吸った。
そんなセリアの髪を優しく撫でながら、ユウジは満足そうな笑みを見せる。
「あっ……はぁはぁ。ユウジ、わたしのキス……どうでしたか?」
疲れた様子でセリアが、自身の胸に埋まりながら休憩しているユウジに聞いた。
ユウジとのキスが気持ち良すぎた所為で、何度も痙攣した彼女の呼吸は乱れ、息も絶え絶えの様子であった。
「全然ダメだね。こんなんじゃ、絶対にロイド君から失望されるよ」
「……っ‼ そう、ですか……」
ダメ出しされ、一気に暗い顔になる彼女をユウジは明るく励ます。
「最初はこんなもんさ。セリアなら、きっとすぐに上手くなるから、2人で頑張っていこう」
「ユウジ……うん! わたし、頑張る。頑張って……ロイドを幸せにしたい」
「ロイド君はこんな素敵な恋人がいて、ホントに幸せ者だね」
ユウジとセリアは笑顔となり、お互いに笑い合った。
その後、ロイドとの事を軽くユウジに相談したセリアは、そろそろ時間だとユウジの部屋を出ようとした。
すると、部屋を出るセリアの背中に向かってユウジは一言だけ。
「ああ、分かってると思うけど――キスが上手くなるまでロイド君とは今後キスしないように。いいね? セリア」
「うん。ロイドには少し悪いけど……仕方ないよね」
「大丈夫さ、僕がOK出すまでの辛抱だから……きっとすぐだよ」
ユウジの言葉に頷いたセリアは、そのままロイドのいる宿へと戻った。
そして、彼にキスを求められてもユウジの言う通りソレを拒絶したのだ。
残念な顔をするロイドに対して、罪悪感はあった。
しかし、彼女は今後もロイドに唇を許す事は無い。
――なぜなら。
「……ごめんね。だけどこれは――全部ロイドとの未来のためだから」
この行動の全ては、愛する幼馴染のためにしていると。
セリアは心から疑っていなかったからだ。




