初めて裏切った日
セリアがユウジの看病をして1ヵ月ほど経った頃。
彼女の常識や価値観は、もはや当初とは比べ物にならない程に酷く歪んでしまっていた。
弱い魅了とは言え、10回、20回……何度も掛けられていく内に心に刺さった歪みはシミの様に広がっていく。元々セリアは、小さな頃からロイド以外の男性から身体を触られる事を極端に嫌っていた。
それはユウジとて例外ではなく、傷ついた腕の包帯を取り変える時以外はけして彼に触れようとはせず、常に一定の距離を保っていたのだ。
ところが、今ではユウジに手を握られても彼女は嫌だと思わなくなっていた。
それどころか、自分の手を握らせることでユウジの役に立てているのだと喜びの感情すら示すようになる。
そんなセリアを堕とす事など、もはやユウジにとっては造作もない事だった。
***
「えっ、口移し……ですか?」
「いきなり腕の怪我が酷く痛みだしてね、普通に食べる力すら湧かないんだ」
「だ、だけど……それは、ちょっと」
「ダメなのかい?」
部屋にいつものように食事を持ってきたセリアに、ユウジは真剣な表情である事を頼んでいた。
今ではユウジの言う事ならば大半は聞いてしまうようになったセリアだが、流石にこの提案には抵抗するような態度を見せた。
「だって……それってキス――」
「ううん、ちがうよ」
「えっ?」
「セリアちゃんは弱った僕の為に食事を口移しで食べさせてくれるんだから、これはキスじゃなく立派な看護行為だろう?」
「キスじゃなくて、看護……?」
「ああ、怪我をしてる僕を助けるためなのだから。これは看護だよ」
「そう、なのかな」
「君は僕を助けてくれるんだろう? だったら、やらなくちゃ」
「そっか。看護なら、仕方ない……よね」
最初は嫌がっていたセリアも、これがユウジを助けるための治療行為であると説明されると納得してしまう。
少量のおかゆを口に含んだセリアの唇が、ユウジへと近づいていった。
ユウジの唇と触れ合う直前、彼女の脳裏にはロイドの姿が浮かんだ。
(ごめんね、ロイド。でもこれは看護の為だから……きっと許してくれるよね)
そう心の中で恋人に謝罪した後、セリアはユウジと唇を重ね合った。
「んっ、ちゅっ、どうれすかぁ、ユウジふぁん」
「ちゅ、うん。とっても、美味しいよ」
じゅるじゅると唇を吸い、彼女の口内をユウジは蹂躙する。
セリアの口内から食べ物が無くなっても、当然ユウジは口を離そうとせず。それどころか彼女の舌に自らの舌を絡め始める。
おかしいと感じたセリアがユウジから離れようとしても、身体はガッチリとユウジに押さえつけられていて、身動きが取れなくなっていた。
「んんっ……‼ もう、たべものないれすからぁ……や、やめっ――」
止めるよう言葉を発しようとしたが、ユウジがセリアの口を激しく吸った瞬間。
ビクンと、彼女の身体が大きく痙攣した。
やがてセリアは脱力し、トロンとした目でユウジを見つめる。
ソレを確認したユウジは、ゆっくりと彼女を解放した。
口を離すと唾液のアーチが2人の間に架かり、てらてらと垂れていた。
「あっ、ん。はぁ、はぁ……ユウジ、さん」
「『ユウジ』でいいよ。だって僕達はもう、こんなに仲良くなったんだから」
「……ユウジ」
「ありがとう、とっても美味しかったよ。『セリア』」
「ユウジを助ける事が出来たのなら、嬉しい……」
「でも――まだ、お腹空いてるんだ。だからさ、もう一回いいかな?」
「……はい」
こうして、2人は再び唇を重ね合った。
ロイドとは全く違う、全てを蹂躙するようなユウジのキスに、セリアは夢中となった。
そして、ソレが終わる頃には。
恋人であるロイドとしたキスの回数よりも……。
ユウジとした回数の方が多くなっていたのだ。
彼女がユウジのいる宿から帰る頃には、既に外は明るく。
朝帰りしたセリアの事を心配したロイドは、徹夜で彼女の事を待っていた。
こんな遅くに帰ってきた姿を見て、きっとユウジの事で気を病んでいると思った彼は、セリアにあまり無理をしないように言った。
「セリアは優しいから、あの時の責任を感じてるんだろうけど。俺もユウジさんも、お前が悪いなんて思ってないからさ。お願いだから、無理だけはしないでくれよ」
「心配かけてごめんね。今度から、無理はしないようにするから……」
「まあ、そういう頑張り屋なところも、俺は、その……す、好き、だけどな!」
「……えへへ、ありがと。わたしもロイドの事、大好きだよ」
笑い合った二人はキスをする。
ロイドとのキスは相変わらず幸せで、温かいものだとセリアは思った。
――だが。
(あれ、だけど……なんだか)
同時に彼とのキスはユウジと比べて、物足りないと感じるようになっていた。




