裏切りのシルエット
――幼馴染のセリアが、好きだ。
俺とセリアは小さな頃から一緒に過ごしており、とても仲が良い関係だ。
幼馴染というのもあってか、俺とセリアは常に一緒に行動していた。
ウェーブのかかった亜麻色の長い髪、可愛らしい顔立ちを綻ばせ、綺麗なエメラルド色の瞳で俺を優しく見つめるセリアは村でも1番の美少女だ。
性格も良く、誰にでも屈託なく笑顔を見せるそんな彼女と長い間一緒に過ごしている内に、俺は自然と彼女を好きになっていた。
セリアの方も、俺の事を少なからず思っているような言動を見せたりと嫌われていないのは分かっていたが居心地の良いこの関係が壊れるのが嫌で、結局告白は出来なかった。
15歳になった頃、『女神の祝福』というスキルを授かる儀式を受け、俺は『戦士』、セリアは『神官』のスキルを授かった。
スキルを授かってから少し経ち、冒険者になろうとお互いに話し合って2人で故郷の村を出た。街に着いて冒険者となって様々なクエストをこなし、危機を乗り越えていくうちに村に居た頃には出来なかった自信というものが付き、俺はセリアに思い切って告白した。
それを聞いたセリアは二つ返事でOKしてくれた。俺達は晴れて幼馴染の関係から恋人というものへと変わることに成功したんだ。
恋人になった瞬間は、間違いなく人生で一番嬉しかった。俺が好きだと告白したらセリアが急に泣き出して俺が慌てて、どうしたんだ! とか、そんな嫌だったか? と聞いたら。
「ううん、嬉しいの……わたしも、ずっと前からロイドの事が好きだったから……」
涙ながらにそう答える彼女に、愛しさが湧き上がった。俺達は村に居た時からお互いを好き合っていたのだと、この時理解したからだ。そして告白後に、俺は彼女と人生初めてのキスをした。
恋人になってからの俺達は、より一層仲睦まじく過ごしていたと思う。冒険者の仕事の合間にデートをしたり、村に居た頃の昔話をして笑い合ったり、お互いを好き好き言い合って後で恥ずかしくなったり……甘く、楽しい日々だった。
このまま順調に愛を育んでいき、やがてはセリアと結婚することを疑っていなかった。
それから少し時は経ち、そろそろ2人じゃクエストもキツくなって来たことを彼女と話し合い、メンバーを増やそうと募集をした。
そして、募集して来たのが『騎士』のスキルを持つユウジというこの辺ではあまり聞かない名前をした男性だった。
スラリとした長身で珍しい黒髪の青年で、更には非常に整った顔立ち……まるで、物語にいる主人公のような男だ。
「募集を見て来ました。僕で良ければぜひパーティに加えて貰えませんか? ずっとソロでやってきて腕には多少の自信はあるので、足を引っ張らない事はお約束しますよ‼」
さわやかな笑顔で俺達にそう言ってくる姿はとても紳士的な男に見えたので、俺とセリアは二つ返事でパーティへの参加を認めた。
彼があまりに美男子だったのでちょっと俺が劣等感でイジけてしまった場面もあったけど、隣に居たセリアが俺の手を握り励ましてくれたおかげで、彼のパーティ参加の話も円滑に進めることが出来たんだと思う。
それと同時に、ユウジ程の色男よりも俺を褒めてくれたセリアは、この先どんな男性が現れても俺の事を一途に想ってくれるのだという自信にもなった。
……そう、自信になっていたんだ。
――だけど、この選択が俺にとって悪夢の始まりだった。
ユウジはパーティに加わってから獅子奮迅の働きをした。同じ前衛である俺なんか、何かするまでもなく終わってしまう事が多々ある程に凄まじい強さで。
何も出来ずに眺めてるだけの俺は、「凄い」とか「ユウジさんには敵わない」やら、苦笑いを浮かべながら彼を褒めることしか出来なくて、内心では情けなくて仕方がなかった。
意気消沈してる俺をセリアは優しく慰めてくれていたけど、ある日、魔物が不意を突いてセリアに襲い掛かった際に、ユウジが彼女を庇って怪我をしてから状況は一変した。
「わたしの所為で、ホントにごめんなさい……」
怪我をしたユウジに対して、そう涙を流して呟いたセリアはその日を境に、常にユウジの傍に寄り添い、甲斐甲斐しく世話をし始めた。彼女は彼に助けてもらったので、付きっきりになるのも仕方ないなと俺も納得していた。
本来であれば、多少の怪我などセリアの回復魔法で治るはずだったのだが、襲ってきた魔物は毒でも持っていたのか、何故かユウジの怪我に対して何の効果もなかった。そういう事もあってか、余計にセリアは彼の心配をしていたのだと思う。
幸いユウジの怪我は2ヵ月ほどで完治したようで、治ったと聞いた時は俺も安心した。純粋に良かったという気持ちも勿論あったが、これでセリアとまた前みたいに一緒に過ごせるという意味での良かったという想いも含まれていた。
けれど、彼の怪我が治った後もセリアはユウジにベッタリと寄り添うようになる。俺が声を掛けると、一応気にしたようにこっちを見て返事はするものの、俺の元へ来ようとはしなかった。
(怪我をさせた負い目がまだあって、その影響で親密に接しているだけだ。セリアは優しいから……きっとそうに違いない!)
俺はそう思う事で無理やり自分を納得させる。
でもその一件以来、俺とセリアの距離が少し遠くなった気がした。
***
ユウジが怪我をした事件から、半年が経とうとして居た頃。
俺達は森の魔獣討伐の依頼を受け、3人で森の奥深くへと入っていた。
その日は街へ戻るのが困難ということで野宿という事になり、俺達は安全確保の準備をする。魔獣が襲ってこれない様に、休憩場所の周辺に結界石というアイテムを置いた。このアイテムは魔物を近づけない効果があり、これによって最近は交代で夜の見張りをする必要も無くなったのだ。
石を置いた俺達は簡易テントを3つ立てて、食事を取り夜になった時点で一旦解散し、それぞれ寝るためにテントへと入って行った。
そう、本当にそれは、偶々だった。妙に寝付けなかった俺は深夜の夜風にでも当たろうかと、テントから外へ出ようとしていたのだが、その時――セリアが自分のテントから出て来るところを目撃してしまったのだ。
こんな深夜にどこへ? 俺と同じように寝付けなかったのか? そんな事を思いつつも、俺は彼女の後を追いかけた。尾行するような真似はしたくなかったのだが、どうしても気になったんだ。
……セリアが向かった先は、少し離れた場所に設置していたユウジの簡易テントだった。
――こんな夜更けに何の用が? 彼女の不可解な行動に困惑した。大事な話があるにしても、このような時間に尋ねる必要などないからだ。
セリアはテントの前で立ち止まり、少しの間、躊躇したような様子を見せていたが、やがてユウジのテントへと入って行った。
俺はセリアが出て来るのを待った。
10分……20分……正確な時間は分からないが、しばらく待っても彼女は出てこない。
流石にこれ以上、恋人を監視する様な真似をするのはみっともなさ過ぎると自分に嫌気が差し、俺がその場を離れようとした――その時、テント内の明かりがついたのだ。そして、俺はソレを見た。
……見てしまった。
セリアとユウジ、2人のシルエット姿が映し出され――シルエットの彼女がユウジの上に跨り、そして……。
呆然とした俺がテントへと近付いて行くと、2人の声が聞こえて来た。
「すき、好きなの♡ ユウジ‼」
「僕もだよセリアッ‼」
聞えたのは、興奮した様子のユウジの声と。
甘く蕩けたように彼の名前を呼ぶ、セリアの声だった。
頭が、真っ白になる。
俺は、何を見ているんだ……? あれは、何だ?
俺とセリアは……お互いの事が大好きで……恋人になったんだよな?
それなのに、何故あんな事を……?
気付けば、俺の口からは吐瀉物が漏れ出していた。どうやら無意識の内に吐いてしまったらしい。
そんな事を冷静に考えている間にも、シルエット越しに見える2人の動きは激しさを増していく。
「――……うっぷ! おえ゛えぇっ!」
その悍ましい光景を見て、俺はその場で再び嘔吐した。
信じられない、俺は何も見てない、これは夢だ。
いくつもの現実逃避の言葉が思いついては、目の前の光景がそれらを全て無情にも砕いていく。
これ以上、こんな光景を見たくなかった。俺はフラフラになりながら、自分のテントへと帰った。結局一睡も出来なかったけど、眠気など微塵も沸いてこない。
あれからどれくらい経ったのか曖昧な中、セリアが帰って来る足音が聞こえる。彼女が自分のテントへと帰って来たのは、もう夜が明けるような時間になってからだった。
こんな時間まで、ユウジと――
頭がおかしくなりそうだ。最愛の恋人が……小さな頃からずっと一緒だった幼馴染が、他の男とあんな事をしていたなんて、そんな事実は認めたくなかった。
ただ、あの時見た光景は――二度と忘れることは出来ないだろう。