8話 手でちぎって作れる料理
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俺は生が好きだった。
俺は生が大好きだった。
生が1番生きてる意味が体感できた。
当然の結果である。
モヨコの妊娠検査薬も意気揚々と現場の生の声を聞かせてくれた。
話し合った結果モヨコは俺をパパと呼ぶことになった。
俺はモヨコをママと呼ぶのにまだなれない。
モヨコとは話し合った上でシンプルな設定を作り込んだ。
タイミングを見計らって俺は行政にモヨコの存在を公式化するよう投げた。
行政はモヨコの世話と沢山の書類と窓口を俺に投げた。
伝統芸たらい回しも見ることができた。
なんとか余計な事を言わないだけで手続きが済んだ。
賭けだったが強制病院送りも強制施設送りも避けることができた。
産婦人科の先生や看護婦さんから随分お説教をされてしまった。
赤ちゃんのために最善の選択が出来たが怪しい。
しかし俺は行政を盲信していない。
安定期が来た。
小さな結婚式を上げた。
手でちぎって作れる料理のレパートリーも少しずつ増えた。
精神的にも不安定なモヨコ。
美しいモヨコ。
だいぶふっくらしたモヨコ。
もう俺に対する興味がなくなったモヨコ。
赤ちゃんのことだけを考えるモヨコ。
これでいいんだと思う。
モヨコがお腹を撫でている。
身体に赤ちゃんを宿した女は一種の神々しさがある。
出会った時も美しかった。
今は絵画に描かれるようなあたたかな美しさがあった。
赤ちゃんがお腹をポコっと蹴る。
「痛い?」
「痛くない」
モヨコは普段はいつも言葉が少ない。
そんなモヨコが珍しく長文を喋った。
「赤ちゃんはどうしてお腹を蹴るんだと思う?」
「わからない」
モヨコといると短文で話す癖がつく。
モヨコが言う。
「気持ちいいからよ」
確かに気持ちいいは全ての行動原理になるかもなあ。
俺も色々気持ちいい事に逆らえなかった。
それでいいんだと思う。
窓から青い空が見える。
モヨコを見る。
少し汗ばんでいる。
もう少ししたらエアコンのある広い部屋に引っ越ししたいな。
モヨコから少し離れた場所に置いて首振りモードにする。
よく整えられた部屋に古い扇風機の音が鳴りはじめた。




