4.カミラ=ローゼンヴァルド(Ⅱ) ★
「一体、なんのつもりかしらフローラ様。」
「か、カミラ様…」
フローラの顔が青ざめる。エリオットもこれはまずいと言いたげな苦い顔だ。
「エリオット皇子には婚約者がいるのですが…もしかしてご存知なくて?」
皮肉を込めて自分の名前は出さない。いや、情けなかったからかもしれない。
「ご、ごめんなさい私……えっと、カミラ様が婚約者であることは重々承知しておりましたのに…」
「あら、ご存知でしたの。てっきり庶民は学がないから仕方ないのかと思いましたわ……分かっていながら皇子を誘うとは、随分ご自分に自信があるようね。宣戦布告と受け取ってよろしいかしら。」
「い、いえ、そんなつもりではなかったんです……本当に。」
「ではどんなつもりでしたの?ああ、一度でいいからエリオット皇子と並んでみたかったとか?……素敵よね、王子様って。そばにいるだけで自分の価値が上がったと勘違いする女はごまんといるわ。」
「ち、ちが……そんなんじゃ……」
「あら、ではどんなつもりでして?言いたいことがあるならはっきり述べてくださいまし!」
エリオットに近づく女にはあくまで冷静な対応をしてきた。自分だけでなく彼の株も落とす恐れがあるからだ。なのになんだ、今日はまるで上手くできない。それどころか、自分でも驚くような罵詈雑言をフローラに浴びせている。嫌だ、こんな自分、見苦しい。これではまるで自分が悪者ではないか。怒りより自己嫌悪の気持ちが上回りかけた時、
「やめるんだカミラ!!」
急にエリオットが割って入ったのでカミラは驚いた。何故この女を庇う。今まで女に口説かれた時は、自分が駆けつけるのを待っていた癖に、何故この女は違うのだ。またマグマのように濁った怒りがむくむくと膨れ上がる。
「僕から誘ったんだ。」
思わず目を見開いた。思いがけない言葉に頭が追いつかない。
「一般庶民の食事を食べてみたいと思ったんだ。……第二とはいえ皇子として国を統べる家系に生まれし者なら、貴族以外の世界のことも学ばなければと思って。」
それならばお忍びで街にでも出ればいい話だろう。という言葉をぐっと飲み込む。綺麗にまとまっているようで穴だらけの理屈に余計苛立ちが増す。聡明なカミラがこんなちんけな嘘で騙されると思っているのだろうか。
「フローラ様は平民生まれだから料理もできるときいて、僕が無理を言って頼んだんだよ。だから彼女に非はない。……とはいえ、君という婚約者がありながら軽率な真似をした。どうか大目に見て欲しい。」
全く気持ちがこもっていない謝罪と分かったが、それでもカミラの溜飲は多少下がった。
「では、皇子に免じて。しかしフローラ様、あなたも頼まれたとはいえ、この国の皇子が口に入るものに自分の手料理を持ってくるなんて随分非常識だわ。食あたりでも起きたらどうするのかしら?…今後はもっと自分の立場をわきまえなさい。」
そういうと、踵を返し教室へ向かった。また余計な一言を言ってしまった。自分はこんなに底の浅い女だったのだろうか。フローラに、エリオットに、そしてカミラ自身に…なにもかにも反吐が出そうな気持ちだった。
(あの一件で終わると思っていたのに―!!)
カミラの予想に反して、エリオットとフローラはあれからも度々逢瀬を重ねているようだった。やれ屋上で、校舎裏で、渡り廊下の片隅で……悪趣味な野次馬達が聞いてもないのにわざわざ教えにきてくれた。
フローラもエリオットも、一体どういうつもりなのだろう。頭にきて何度か各々に話を聞きに言ったが、先日のような見え透いた嘘を並べるエリオットとただただごめんなさいを繰り返すフローラに余計怒りが増すばかりであった。
「たまたま遭遇したんだ。」「ごめんなさい、カミラ様。」、「編入時の学園案内で漏れていたらしいから連れて行った。」「カミラ様、本当にごめんなさい。」、「お互い雨宿りした場所がここで話してるうちに盛り上がってしまった。」「ごめんなさい。本当にごめんなさい。」……流石に目撃時刻から二時間も前に止んだ雨を言い訳にされた時は、二人の首を絞めてやりたくなった。エリオットも馬鹿じゃなかろうか。
確かに両者に怒りを覚えているのに、何故だか矛先はフローラに向けがちだった。女のさがというやつだろうか。最初はエリオットとの逢瀬の度に、その不敬をたしなめる程度にとどめていたが、徐々にエスカレートし、今や彼女の姿を見かけるだけで嫌味をぶつけるようになっていた。内心自己嫌悪でいっぱいだったが、どうしてもやめられないのだ。彼女を見ると憎しみと嫉妬が渦を巻き、平静を保っていられない。まるで何かに取り憑かれたかのような気分だった。
そしてついに、あの忌まわしい食堂での一件が起こる。
フローラはいつも手作り弁当の為食堂に来ることはほとんどない。なのでカミラも安心して食事をとることができた。しかし、あの日は何故か彼女がきたのだ、しかもエリオットと二人で。
白昼堂々、人を馬鹿にしているのだろうか。自分の怒りが頂点に達するのが分かった。気がついたら手元のコップを持って、フローラの方に向かっていた。今はエリオットが注文を取りに行っているので彼女一人だ。「流石にダメだ。」と頭の中で警鐘がなるにもかかわらず、足を止めることができなかった。
「本当に、人を小馬鹿にするのがお好きなのね。」
「えっ…」
フローラが振り返った時にはもう遅かった。カミラは持っていたコップの中身を彼女の頭上からぶちまけていた。水がぱしゃん、と小気味よい音を立ててフローラの頭を濡らす。束の間の沈黙。その場にいた者は皆何が起きたかわからないようだった。フローラも茫然と立ち尽くしている。
「……いい加減にしてよ…貴女の軽率な行動で私がどれだけ惨めな気持ちになるか分かる…?」
情けない本音が小さく漏れた。これはいかん、と直ちに態勢を立て直す。
「あら、失礼。害虫と見間違えましたわ。」
食堂に自分の声が響き渡る。ざわざわと野次馬たちが湧いてきた。さあ、これでもう後戻りはできない。
(こんなことしなければ、この子が悪者で済んだのにね。)
思わず自嘲が漏れる。きっとこれも悪役令嬢のしたり顔と受け取られるのだろう。
実際、フローラ達の行動は目に余ると学園でも顰蹙を買っていたし、最初のうちはカミラの味方をする者がほとんどだった。しかし行動がどんどんエスカレートするうちに、いつの間にか悪役は自分にすり替わっていた。
エリオットが急いでこちらに駆けてくる。フローラからしたら、彼はきっと王子様に見えるに違いない。まあ実際、皇子様なのだが。きっとここで私は彼から非難の言葉を浴びせられるのだろう、元々の責任はあちら側にあるというのに。とはいえ、水をかけるのはやりすぎたかな。
さてどうしたものか。遣る瀬無い気持ちを押し込めて、カミラは次の言葉を考えていた。
悪役令嬢も大変だよね。。
私事ですが、作者は昔から悪役に感情移入しがちな人間なので、悪役令嬢モノが流行ってると知った時(ちなみに半年前。気づくのおっそ…)嬉々としてここの素敵小説読み漁ってました。ありがとう、なろう…