1.下準備 ★
※(21/7/4)一部改稿しましたが、今話は登場人物紹介とさほど内容が変わりません。挿絵と名前だけ軽くチェックいただければ、あとは読み飛ばしていただいてもかまいません。
小森一花の記憶を得てから一夜明け、クラリスは校内をくまなく調べまわっていた。まずはこのゲームの登場人物と、ストーリー進行の舞台になり得そうな場所を把握しようと考えたからだ。
一花の記憶のおかげでそれらしい場所はすぐに見当がついた。中庭、屋上、生徒会室など、なるほど確かに目ぼしい場所はどこも僅かに豪華な作りになっている。壁の装飾が凝っていたり、床やカーテンの色が少し鮮やかだったり、飾り家具が他より多めだったり……とはいえ、余程意識しない限りそれに気付くものは少ないだろう。
このごく僅かなさりげなさはかえってクラリスの不安を煽った。何の変哲も無いようで、しかし確実にヒロインにおあつらえ向きな舞台を作り出しているこの世界が、とてつもなく不気味に思えたのだ。まるで自分すらその一部であるような感覚に襲われた。
(もしあの時記憶を取り戻さなかったら、私は一体どうなってたのかしら…)
実際、クラリスは世界の一部なのだろう。それはこの物語の役者、つまりは攻略対象とライバルを洗い出す際に気がついたことだ。(最も自分の異様なスペックの高さから早い段階で感づいていたわけではあるが。)
ここでも一花の記憶が役立ち、登場人物の割り出しにもさほど時間はかからなかった。彼女が何百何千とプレイした様々な乙女ゲームのおかげで、攻略キャラのパターンにあらかた予想がついたからである。
皇子様から始まり騎士見習い、インテリ眼鏡に軟派な色男等、女が好きなツボさえ押さえれば大体の目星がついた。一度攻略キャラが分かってしまえばライバルをあぶり出すことは容易い。近しい関係で家柄や能力に特筆するものがある女性を見つければいいだけだ。
とはいえ生徒だけで約五百名、教員や事務員、果ては学園お抱えの庭師やお手伝いなど含めるとゆうに六百名を超える人間のの中から捜し出すのには流石に骨が折れたが。
ご丁寧に、この物語では攻略対象各々にライバル令嬢が付いているようだった。
(使い回しだったり、ライバル自体居なかったりするゲームも多い中これはちょっと意外ね。)
このゲームの製作陣は当て馬にも愛を注ぐタイプなのだろうか。先日のカミラの扱いを見る限りそうは思えないのだが…
さて、この二日でクラリスが目星をつけた人間についてざっと説明しよう。攻略対象とライバルはそれぞれ四名ずつ、計八名の人物が候補に上がった。
①皇子ルート
攻略対象:エリオット=フィリップス
ライバル令嬢:カミラ:ローゼンヴァルド
まずは先日の騒動でお馴染みの二人だ。
エリオットは我らがフランシール王国の第二皇子である。
金髪碧眼の絵に描いたような王子様。おそらくこのゲームのメインヒーローで、攻略対象の中でも一際目立つ存在だ。
カミラはこの国の宰相の一人娘で、エリオットの婚約者でもある。
ワインレッドの髪とアメジストの瞳が印象的なお嬢様だ。
文武両道・眉目秀麗・才色兼備な彼女だが、自信家で嫌みっぽい性格の為、そのステータスはは却って悪目立ちしてしまっている。典型的な悪役令嬢というわけだ。
婚約者同士の二人は、しかしながらその仲はあまりよろしくなかった。正確にはカミラの一方通行状態というのが現状だ。エリオットの方では、完璧すぎる彼女に気後れし、また性格のキツさもあいまって、カミラのことをいささか敬遠気味である。
険悪な二人と対象的に、騎士ルートの二人は非常に良好な関係であった。
②騎士ルート
攻略対象:ルーク=アルバーン
ライバル令嬢:マーゴット=バーキン
ルークは騎士団長を務めるアルバーン家の三男だ。
鳶色の髪に、琥珀色の三白眼。明るい性格で周りにはいつも人が絶えない。クラスで人気者のやんちゃっ子タイプである。
騎士家の生まれということもあり、武術の腕前は抜群。将来は騎士団に入ることが夢であり、日々練習を欠かさない努力家の少年だ。
マーゴットは貴族界において珍しいショートヘアのご令嬢だ。オリーブ色のボブヘアーに、くりっとした若草の猫目がよく映える。
少し勝ち気で喧嘩っ早いところもあるが、元気溌剌な明るい少女である。
周りには隠しているようだが実は結構な読書家であり、クラリスは彼女を図書室で幾度か目撃している。典型的な乙女小説を好むことから、案外ロマンチストなのかもしれない。
マーゴットとルークはいわゆる幼馴染というやつだ。貿易商で栄えたバーキン家は主に布と武器を中心に取り扱っており、騎士一家のアルバーン家とは顔を合わせることが多い。同い年だったこともありすぐに打ち解けた二人は、いまだにお互いの家を行き来するほどの仲らしい。どうやらマーゴットの方はルークに懸想しており、またルークも恋愛感情こそなけれど、彼女のことは可愛い妹のように思っている。
(稀に見る、主人公より応援したくなるタイプのライバルね)
お次は色男ルート。
③色男ルート
攻略対象:カーティス=マードック
ライバル令嬢:アンジェ=デュシェーヌ
三人もの姉を持つカーティスは女性の扱いがとても上手く、プレイボーイとして有名である。
襟足長めの柑子髪に垂れ目がかった青の瞳、そしてご丁寧に左目の下には泣きぼくろ。焼けて少し赤い肌はまるで夏の海を思わせた。
不真面目であまり授業に出ていない割に、要領が良いので成績は悪くない。教師や一部の生徒から反感を買うタイプの生徒である。
アンジェは有名な音楽一家デュシェーヌ家の四女である。指揮者の父とピアニストの母の間に生まれ、姉三人もそれぞれ楽器で名を馳せる中、唯一彼女だけが才能に恵まれてこなかった。大きなコンプレックスを抱えた彼女は、今では開き直って不良に仲間入りしている。
ブロンドの長髪に垂れ目がちなエメラルドの瞳、卵型の整った輪郭といい元々は結構な美人なのだが、馬鹿みたいに濃い化粧のせいでイマイチ美貌を活かしきれていない。服装も目が痛くなるような派手なものを好む為、マナーにうるさい貴族学園では非常に浮いた存在である。
このルートは、なんと攻略対象がライバルに懸想しているという乙女ゲームでは非常に珍しいパターンである。カーティスはアンジェに首ったけであり、常に複数の女子を周りに侍らせていながらも視線の先はいつもアンジェを捉えている。また、アンジェもそのことに気づいているようだった。
(主人公はカーティスの攻略が一番難しいんじゃないかしら)
そもそも愛され願望ありきの乙女ゲームで他の女に惚れている男をプレイヤーは選ぶのだろうか。クラリスはどうでもいい心配をしてしまった。
最後のルートは、まさに自分自身がライバル令嬢である。
④インテリ眼鏡ルート
攻略対象:ハワード=スタンフォード
ライバル令嬢:クラリス=アインカイザー
ハワードの実家スタンフォード家はいわゆるエリート一族であり、代々医者や学者を多く輩出している。
藍色の髪に、眼鏡越しに見える浅葱色の切れ長な瞳。彼の風貌はいかにもインテリキャラそのものである。
定期テストでは毎度学年五位以内と優れた成績を打ち出しているものの、彼が一位というものが無く、攻略キャラにしては少し不遇である。
大家族の長男であることから、面倒見がよく頼り甲斐のある性格である。一年の頃から学年委員長を任されており、秋に控える生徒会総選挙にも推薦されているようだ。彼の隠れファンである女子生徒も多く、なかなか隅に置けない男である。
クラリス=アインカイザー、つまりは自分自身なので少し話すのが気恥ずかしいが、彼女もまた秀才枠の一人だ。
魔導師を多く輩出するアインカイザー家の一人娘であり、五属性全てを自在に操れる魔力は歴代で一番優れていると言われる。
白い肌に白銀のまっすぐな髪、やや釣った紅紫の瞳はアルビノのウサギを思わせた。
読書好きの物静かな性格で、表情が乏しいことも相まって、なんとなく近寄りがたい存在になっている。
ハワードとクラリスは同じインテリ同士気があうのか、放課後よく図書室で一緒に勉強をすることが多い。恋愛感情こそなけれどお互いが好感を持っており、関係は良好である。また、クラリスに友達が少ないことから学年行事の際は彼女がクラスを超えてハワードの横にくっついていることがほとんどである。
(ああ、我ながら情けない…懸想こそしてなけれど攻略対象にべったりじゃない)
クラリスはあらためて自らを省みた。
さて、この計八名とフローラ=ミアーで一体どんな物語が織りなされるのであろうか。今の自分の立ち位置を見るとなんとも言えない気持ちにはなるが、せっかく準備を揃えたのだ、ゲームは楽しまなくては損である。とりあえず、まず誰と接触を図ろうか、と教室で思案していると後ろから声をかけられた。
「失礼、ちょっといいかしら?」
「貴方は…カミラ様。」
顔を向ければ、カミラが不遜な態度で立っている。
「急で悪いけど、今日の放課後空いているかしら?」
「え?ええ…大丈夫ですけれども…」
「そう。では四階の一番隅の空き教室で待ってるわ。ではまた。」
それだけ言うと、カミラはもう用は済んだと言わんばかりに踵を返しその場を去っていった。
改めて登場人物紹介です。主人公ちゃんの髪飾りが先日投稿分と違いますがわざとです。今後少ししたらここについての描写もアップしますのでもう少々お待ちください。